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第三話 雪片くん、お腹が空く

 佐藤の妹に出されたお茶を飲み湯飲みを置くと、炬燵の向かい側に座っていた姉妹が揃って俺の方を向いた。その構図がバイトの面接を連想させ俺は思わず身構えてしまう。


「あらためて、ごめんね千島くん」

「お兄さんすみません」


 だが、二人から発された言葉は謝罪だった。いや、その件はさっきお前ら謝ったよな?


「別にいい。というか俺やお前含めてまだ子供だろう? さすがに気にしすぎだ」

「そうだけど、恩人相手にこれはないなって思ったから」

「鈴蘭お姉ちゃん。こちらのお兄さんが恩人って、何かありましたか?」

「桔梗ちゃん、それはね――」

「しつこいナンパされてた佐藤を助けただけだ」


 佐藤が説明するのに被せて、俺は端的に事実のみを伝えた。すると、佐藤の妹はただでさえ大きな目をさらに見開き驚愕していた。


「えっ!? 鈴蘭お姉ちゃん、ナンパされてたって雛菊お姉さんや桐矢お兄さんと一緒じゃ無かったんですか?」

「わたしの方が遠慮したんだよ。進学先を別にしたから、いい機会だと思ってね。でも半年くらい問題なかったんだよ? 今日はたまたま運悪く」

「むしろ半年問題なかったのは運がよかったと思うぞ?」


 妹さんの挙げた名前は誰だかわからなかったが、流れ的に佐藤の友達か、幼馴染だと思われる。コイツらの話を聞いていると自然に深入りすることになりそうなので、無理矢理話題を変えた。


「それより、昼食は佐藤一人で準備するのか?」

「そのつもりだけど、どうかしたの?」

「あのな、お前相手ですら会話に苦労してるのに、小学生女子を相手に話せるわけ無いだろう」

「はぅぅ! 小学生......」


 どういうわけか妹さんは激しく落ち込んでいた。目線で佐藤に尋ねると、非難と同情が半々の眼差しを向けてきて、衝撃の一言を放った。


「あのさ、桔梗ちゃんはわたしの一つ下なんだけど」

「嘘だろ!?」

「本当だよ」


 年齢一桁すら考えられる幼さにも関わらず、実際は中学三年生という事実に驚愕し、同時に自身のやらかしに気付き土下座で妹さんに謝罪した。


「すまん妹さん!」

「はぅぅ、慣れてますからいいですよ。それに、先程の失礼もありましたから、おあいこです。ですので、お顔を上げてください」


 許しを得て頭を上げ、目が合い優しく微笑んだ妹さんの笑顔は、助けたときからずっと向けられている佐藤のそれとよく似ていた。見た目はそこまで似てないのだが、こういうところは姉妹なのだと感じた。


「でも確かに考えてみれば招いたお客様の相手を、わたしがしないのもどうかと思うよね」

「気にしなくていいぞ。何もせずに待ってるから」

「千島くんがそう言うのなら......桔梗ちゃん、手伝ってくれない?」

「わかりました♪」


 そうして二人は和室から出て、ダイニングに向かった。残された俺は目を閉じて自らの将来について考えていた。


(早いとこ一人で生きていけるようにしないとな)


 俺の両親は俺が生まれて数年で他界し、その後は親戚の家を転々として、中学時代にようやく一つところに落ち着いた。だがそこに俺の居場所は無かった。当然だ、父親がその家族へ多額の借金をしたまま死んだのだから。


(死んだから関係ないで済まないこともあるよな)


 だから俺はあの家を出て、学費は奨学金で、家賃、水道光熱費をバイトで補うという条件付きで一人暮らしを始めた。そして、借金返済として差し引いた後のバイト代をほとんど親族に送っている。


(もっとも、親父の借金に比べれば雀の涙だが。とにかく返すつもりだという意思は見せないとな)


 嫌われているのは自覚しているが、義理は果たさないと俺は俺の人生を歩めない。生活は苦しいがこれまで半年病気一つせず生きている以上、まだしばらくは大丈夫だろう。そう考えていると、微かに香る食事の匂いに、美味い食事を期待して、活動が活発になる胃に翻弄されながら待っていると、戸が開けられる。


「千島くん、出来たからこっちに――大丈夫!? さっきよりも顔色悪いよ!?」

「ああ......メシだったな。問題ない、腹減ってるだけだ」

「君がそう言うならいいけど。歩けなさそうなら肩貸すよ?」


 呼ばれて立ち上がった俺を、まるで病人がごとく心配する佐藤。妹が病弱だから仕方ないとは思うが、他人の世話焼きすぎだろ。それに、佐藤みたいな小柄で細っこい女子が、男子でも大柄な方の俺を支えたら潰れるだろ。


「別にいい。それよりいい匂いがするが何作った?」

「肉じゃがとおみそ汁だよ。ちょっと作り過ぎちゃったけど、わたし達の得意料理だから味は期待してよ」

「そうか」


 そのメニューは奇しくもあの家を出た日、餞別として最後に出された食事と同じだった。あちらはインスタントと冷凍食品だったが。その偶然に因縁を感じつつ俺は二人と食卓に着いたのだが、正面に座った佐藤と妹さんがどういうわけか酷くオロオロしていた。


「ねえ君、いきなりどうしたの!?」

「はぅぅ、お兄さんどうされました!?」

「「どうして泣いてるの(泣いてるんですか)!?」」

「は......ああ、通りで頬が濡れてるのか」


 どうも俺の頬から涙がこぼれたみたいで、二人がやたら心配していたのだが、何故泣いているのかまったくわからなかった。ただ一つ言えるのは、誰かとこうして食事するのは初めてだったということだけだ。

お読みいただきありがとうございます。


本日はあと一話投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして! なかなか甘々な感じなラブコメですね。 ヒロインの鈴蘭ちゃんも凄く可愛いです。 それにしても千島くん、苦労したのね。 誰かとご飯食べるだけで泣くとは…… これからは是非幸せに…
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