第三十七話 雪片くん、担任と話す
昼休み、担任に進路指導室に呼び出された。呼び出されること自体はたまにあったが、大抵は職員室で進路指導室は初めてだった。
「よく来たな。とりあえず座れ」
入室してきた俺に、椅子に座るよう担任が促す。不審に思いながら腰掛けると早速話を切り出してきた。
「お前、最近顔色が妙にいいが、何かあったのか?」
「そうっすか? こんなもんだったはず」
「いいや、明らかによくなってる。何ならバイト禁止だったテスト期間中よりもいいくらいだ。今はバイトに加え文化祭の準備でこき使ってるにも関わらずにな。ほれ、キリキリ話せ」
机に肘をついて聞いてくる担任の姿はまるで取り調べをする警官のようだった。目線で圧をかけて来ているため、黙秘や下手に誤魔化しは通用しないだろう。ひとまず話せる範囲ではあるが、事実のみを伝えた。
「実は最近、まともな食事を取るようになったっす」
「そうか.......それだけか?」
担任は俺の返答が想定外だったからか、あっけにとられた顔をしていた。どんな答えを想像していたのだろうか?
「それだけって、他に何があると思ったっすか?」
「彼女でも出来たとか、そういうのだ」
それこそまさかだ。自身の校内での評判はわかっているつもりだ。こんな俺と付き合う以前に交友関係を築こうとする奇特な女子など、約一名しか思い付かない。
「彼女って、どうしてそう思ったんっすか?」
「昨日佐藤がお前のバイトの時間のことで直談判しに来たからに決まってるだろ。考えてみれば佐藤がお前の財布を拾った辺りで、顔色が少しずつマシになって来てたしな」
なるほど確かに鈴蘭の行動と俺の顔色を関連づければそう思うのは自然だろう。しかし、俺と鈴蘭の関係性はあくまでも友人同士でしかない。
「鈴蘭との出会いをきっかけに、俺の体調が上向いたのは当たってるっす。ナンパから助けた礼として食事をご馳走になって、それからお節介な鈴蘭にメシの世話焼かれてるっす」
「それで付き合ってないと言われて、信じると思うか?」
「事実っす。当人に確認してみてくれてもいいっすよ」
実際はメシどころか毎朝起こしてくれたり、家に泊めてくれたりしているわけだが。それをバカ正直に言うとどうなるかわかるので言わないが。
「まるで漫画に出て来る幼馴染くらいに甲斐甲斐しいな」
「俺もそう思うっす」
恋愛に関して、俺は鈍い方という自覚はある。そんな俺でも鈴蘭は自分に気があるのではと思うことがある。しかし、鈴蘭の行動は純粋な善意からのものだと、普通に友人を続けていればわかるのだ。多分そういうところが、桐矢との関係を誤解される一因になったのだろう。
「まあ付き合ってないなら特に言うことは無いが、メシの世話焼かれてるなら、ちゃんと恩返ししろよ?」
「考えてるっす。今は登下校を一緒にする程度っすけど」
「そうか。話は以上だから、もう行っていいぞ? 雑用は放課後また連絡する」
「わかったっす」
担任との話が終わったので進路指導室から退出した俺は、教室に一度戻り、弁当を片手に屋上へと向かうと、鈴蘭がそこで待っていた。食事を共にし、明日から屋上が使えなくなるため、今後しばらく空き教室で食事を取ることに決めた。
「空き教室に決めたけど、せっかく梅原先輩にルール教えて貰ったのに、ちょっと残念かも」
「文化祭の期間中だから仕方ない。むしろ問題はそのあと、寒くなってからだ」
冬になると屋外で食事を取るのは厳しいものがある。冷凍倉庫でバイトしてる俺でも遠慮したい。
「そういえばそうだったね。冬になると風も強くなるし、そうなったら危ないよね」
「だな。本格的に寒くなるまでは、朝の登校中でどうするか判断すればいいだろ」
「そうだね。それと飲み物だけど、温かいお茶にするのいつからにする?」
「お前が寒いと感じるようになってからでいい」
細かい内容も打ち合わせながら昼休みを過ごし、そうして放課後になり担任から雑用を申しつけられた。
「垂れ幕を屋上に運んでおくように。雨対策も忘れずにしておけよ? その次はステージ設営だ。時間が短い分しっかりと働けよ?」
「了解っす」
校内のあらゆる場所でかなりの重労働をさせられたが、その分準備が進んだのが見てとれた。時間になったので鈴蘭を伴って下校する運びとなった。
「なんかすごく活躍してたみたいだね? わたしのクラスにも噂が広まってたよ」
「休み無く動いてたからな。そういう鈴蘭は何してたんだ?」
「クラス発表のパネル作りだけど、みんなで分担してるからそこまで大変じゃないよ」
そう言った鈴蘭は、どこか物足りなさそうだった。恐らくこういう感情を一年生の間に抱かせることで、二年生になったとき精力的に文化祭に参加するようになるのだろう。俺としては裏方が充実しているので特に言うことは無いが。
「そうか。それで、今日は晩メシ作りに来るのか?」
「その、とと様が雪片くんも一緒に食べたらどうかって」
「わかった。なら今日も世話になるな」
秋の夕暮れの空の下、俺と鈴蘭は並んで歩いて家まで帰ったのだった。時間の都合で彩芽さんがいない夕食になったがそれはそれで悪くなかった。彩芽さんが心配になる理由も同時に理解してしまったが。
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