第一話 雪片くん、鈴蘭ちゃんと出会う
本編開始です。
高校進学を機に一人暮らしを始め、苦戦しながらも半年が経った十月の休日。俺こと千島雪片は食糧を買いに駅近くの繁華街を訪れたのだが、今どき珍しい状況に遭遇した。
「なあキミ一人だよネ? これから飯いかナイ?」
「見ず知らずの人とご飯食べるのはちょっと」
「そう言わずにサ、話してみたら合うかもしれないジャン」
「そもそも買い物の途中で、急いでますから」
「なら荷物持ちするカラ、一緒に行こうカ」
「一人で出来ますから」
いわゆるナンパである。それもかなりしつこく、声をかけられている少女が迷惑そうにしていた。しかし男がいかにも怪しい風体だからか誰も止めに入ろうとしない。正直俺も積極的に関わりたくないのだが、無視出来ない事情もあった。ナンパされている少女が同じ学校の生徒だったからだ。
(仕方ない、気付いた以上はどうにか助けるか)
顔見知りですらない相手だが、何かあった場合寝覚めが悪いので俺は助け船を出すことに決めた。ただし実力行使はせず穏便に済ませるつもりで、さも親しい友人であるかのようにナンパされている少女、佐藤鈴蘭へと声をかけた。
「悪い鈴蘭、ちょっと遅れた」
「えっ? あっ、うん」
「そういうわけで、コイツは俺の連れなんで」
「チッ!」
いきなり介入してきた俺を見て、男は露骨に舌打ちし去って行った。身長と体格で負けているだけで引いていくとは、根性の無いやつだ。それはそれとして、ナンパ男もいなくなったのでもう用は無い。佐藤とは特に話も無いしな。
「あの、助けてくれてありがとう」
「いいって。同級生だから助けただけだ。じゃあ俺はこれで」
「待って!」
感謝の言葉を受け取り去ろうとした俺を佐藤が引き留めた。その眼差しは不安げだが、真っ直ぐ俺を見ている。やがて根負けした俺は両手を挙げて降参の意を示した。
(可愛いってのはそれだけで武器になるよな。ズルいぞ)
異性に興味の薄い俺でも見とれるくらいには、佐藤鈴蘭という少女は美少女だ。顔立ちは少々童顔で中学生っぽいが大きく優しげな瞳や形のいい唇など造形が非常に整っていて、背中まで流れる髪に緩いパーマがかかっているためか、傍にいるだけで癒される感じがしてくる。さらに女子の平均を割り込む小柄な身長に細身な肢体。それでいて胸だけは平均より少し大きいという、ある意味恵まれた肉体の持ち主だ。
(まあ、ナンパされるのも納得だよな)
その上成績も優秀で人当たりもいいため、学校でも男女を問わず人気がある。だが度々告白されているものの、すべて断っていて誰かと付き合ったという話は聞かない。噂では歳の離れた妹を溺愛しているため、男子に興味がないのではと言われている――と、そこまで考えたところで目の前の佐藤が不満げに口を尖らせていることに気付いた。
「ねえ、無視してないでせめて名前くらい教えてよ。何度か学校で見たことはあるけど、別のクラスだからわからなくて」
「俺は千島雪片だ。千島列島の千島に、雪に片方の片と書く」
「千島雪片くんだね。覚えたから絶対に忘れないよ」
俺が名前を教えると、佐藤は満足そうに何度も頷いていた。ちなみに名前の由来だが俺が生まれたときにふと窓の外を見たら、季節外れの雪が一片舞っていたからだそうだ。この名前だけが、今は亡き母親から俺に遺された唯一のものだ。
「それで、佐藤はどうして俺の名前を聞きたかったんだ?」
「助けてくれた恩人の名前も知らないのは失礼だし、お礼も出来ないからだよ」
「恩人ってほど大したことはしてない。それに助けた礼ならさっきの言葉で充分だぞ?」
「いやいや充分大したことだし、言葉だけのお礼じゃわたしの気が済まないから」
別に見返りを求めて助けたわけじゃないから、そう言われても困る。大体、佐藤はかなり可愛いから、ナンパされるくらい珍しいことでもないだろうに。
「確かにナンパは割とされるけど、大体は普通に断って終わってたし、しつこいのは幼馴染が助けに入ってたから」
「ならその幼馴染にいつもしてることで構わない」
「わかったよ。じゃあ千島くん、お昼に食べたいもの教えて?」
おかしい。助けた礼の話をしていたはずなのに何故か昼メシの話になっていた。首をかしげている俺に、説明不足だと気付いた佐藤が順を追って話し始めた。
「ごめんね。その、幼馴染に助けて貰ってた頃は、お礼にいつもリクエストされた料理を振る舞っていたから。同じでいいって言われてつい」
「なるほど」
微妙に過去形が混ざった発言に、コイツもコイツで色々あるのだろうと感じた。とはいえわざわざ聞いて地雷を踏み抜くつもりはない。しかし食べたいものか。パンの耳に慣れすぎてこれといって思い付かないんだよな。
「それで、千島くんのリクエストは何かな?」
「佐藤の得意料理でいいか? 食べたいものも特に考えつかないからな」
「わかったよ。腕によりをかけて作るからね」
自炊しないため料理に詳しくない俺の、ある意味無茶振りに近い返しを普通に受け入れた佐藤。多分幼馴染とやらに言われ慣れているのだろう。このあとに続いた発言に、むしろ逆に俺が困惑することになった。
「じゃあ千島くん、うちでご馳走するから着いてきてね」
「おい、お前の家で作るのか?」
「だって千島くんの家知らないし。案内してくれたらそっちでもいいけど」
「......佐藤の家でいい」
女子の家に向かうことに抵抗はあったものの、考えてみれば部屋の調理器具は埃を被っているので初めから選択肢は決まっていた。どこか楽しそうな佐藤のあとを着いていきながら、俺は佐藤の手料理の味を想像していた。
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