第十八話 雪片くん、鈴蘭ちゃんの料理を見る
買い物が終わって自宅に帰り、靴を脱ごうとしたところ佐藤に止められた。
「今日から、このわんちゃんのスリッパ使ってね♪」
「......おう」
そう、結局佐藤の希望を押し切られた。唯一の救いが、小型犬ではなく大型犬がモチーフなところだろう。スリッパを履くと、佐藤もうさぎのスリッパを履いていた。
「ようやくこれで準備が出来たよ」
「一つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「そのスリッパ、どこに置くつもりだ?」
「この家だけど、それがどうしたの?」
何もわかってない様子で首を傾げる佐藤に、俺が懸念していることを伝える。
「そんな可愛いもの置いてたら、来客があった場合誤解されるだろうが」
「大丈夫だよ。彼女さんが出来るまでには片付けるから」
「そういう問題じゃねえよ」
「でも一々持って帰るのも面倒だし、日々のご飯代だと思って受け入れてよ」
「安すぎねえか?」
まあ当人が言うなら別にいいか。考えてみればスリッパを持って出て行く佐藤の姿を目撃されたら、妙な誤解を招きかねない。同じく買ってきたエプロンを着け、佐藤が振り向く。
「じゃあお夕飯準備するから、今日のところは見ててね」
「見てないと駄目なのか?」
「あのね、わたしがお料理してるのは、千島くんに教えるためだって、忘れてない?」
「覚えてるが、それと見ることと何の関係がある」
「料理したこと無い人の中に、どうやっていいかすらわからないって人がたまにいるんだけど、千島くんもそういうタイプだよね?」
言われてみれば確かにそうだ。それどころかガスコンロや電気ポットの使い方すら怪しいところがある。
「やっぱりそうだ。だからこうして作るところを見せてからじゃないと、とんでもない事故が起きるんだよ。例えば茹で卵を作るとして、千島くんならどうする?」
「そんなの電子レンジで温めれば」
「ふ、せ、い、か、い!! 卵が爆発しちゃうからね!? 一応やり方次第で出来なくもないけど」
そうだったのか。ならば真剣に見ることにしよう。
「先が思いやられるよ......まずはポテトサラダから作るよ。じゃがいもの皮むきから」
佐藤はじゃがいもを一つ手にとって、包丁一本でするすると皮を剥いていき、芽の部分も器用にくり抜いてから水にさらした。
「こんな感じだよ」
「わかるか!」
手際がよすぎて何してたかわからなかった。それを真似しろとか初心者には厳しいぞ?
「まあこっちは慣れてからでいいよ。ピーラーって便利な道具もあることだし」
「最初からそっち出せよ」
「ピーラーの使い方は」
「さすがにわかる」
皮むきに挑戦してみたが、可も無く不可も無くといった評価だった。処理されたじゃがいもを茹でている佐藤。洗濯物を片付けていないことを思い出したので、一声かけた。
「そういえばまだ洗濯物干しっぱなしだった。畳んできていいか?」
「しょうがない、行っていいよ」
そんなわけで洗濯物を取り込み、畳んでタンスにしまったのだが、昨日指示された畳み方でやってたらかなり時間がかかった。これまでが適当だったのが悪いのだが。
「お疲れ様。ちゃんと畳んだ?」
「ああ。佐藤の方は、秋刀魚焼いてるのか」
「うん。サラダは作ったしスープも煮込んでるから」
「すごいな。佐藤はきっといい嫁さんになる」
「はぅぅ!?」
自分の家で調理しているような手際の良さに驚きつつ、素直に賞賛の言葉を口にしたつもりだが、どうしてだか佐藤は固まってしまった。
「お、お嫁さんって、まだ気が早いというかお友達になったばっかりなのに」
「誤解するな。あくまで一般論だ」
「......」
「佐藤?」
「もう、千島くんそういうの禁止だからね!!」
何故か怒られてしまった。そこからは会話無しで佐藤が料理を作る様子をただ見ていた。
「出来たよ。まだ夕ご飯には時間早いけど、食べる? それともラップしとく?」
「今食べるが、佐藤はどうするんだ?」
「わたしは家でご飯あるから。どうぞ、召し上がれ♪」
「そうか。いただきます」
一昨日は妹さんとの合作、昨日は雑炊と佐藤のまともな料理は今日が初めてだったが、どれも美味かった。秋刀魚はしっかり火が通っていて、ポテトサラダは爽やかな食感で、野菜スープは体全体に温かさが行き渡った。
「佐藤、今日も美味かった。ごちそうさま」
「お粗末様でした。さあ、後片付けをしようか」
「洗い物くらいなら出来るから、もう帰っていいぞ?」
「片付けまでが料理だから、やってから帰るよ」
結論として、二人で洗い物をすることになった。魚焼き用のグリルが一番の難敵で、そこだけは佐藤が一人で終わらせ何事も経験が大事だと痛感した。
「お疲れさん。やり方わかったから次から任せてくれ」
「なら任せるよ。力が強い千島くんの方が手際いいかもだし。ちょっと休んでいいかな?」
「いいぞ」
洗い物が終わって、佐藤はリビングで一休みする。せめてお茶でも出そうかと思ったのだが、それよりも聞きたいことがあるとのことなので俺も腰掛ける。
「それで、聞きたいことって何だ?」
「千島くんってお昼何食べてるの? まさかパンの耳とか言わないよね?」
「よくわかったな」
「やっぱり......もうちょっとまともなもの食べようよ」
そう言われても、毎日購買でパンを買ってたら金が無くなりそうだしな。学食なんてもってのほかだ。体調についても朝の米と夕飯で大分上向いたから大丈夫だろう。
「そういう問題じゃないから。しょうがない、わたしに考えがあるから明日から楽しみにしててよ」
「おい、何するつもりだ?」
「秘密だよ。それじゃ、準備もあるからそろそろおいとまするよ」
そう言いながら佐藤が立ち上がったので、俺も同じように立った。秋の日はつるべ落としというように暗くなるのが早いから、家まで送るためだ。
「家まで送るぞ」
「すぐそこなのに?」
「こういうのは気持ちの問題だ」
「......ありがとう」
秋の夕暮れの中、佐藤を家の前までエスコートして、お互いにまた明日と言って背を向け別れたのだった。
お読みいただきありがとうございます。




