プロローグ 雪片くんと鈴蘭ちゃん
初めての方は初めまして、前作からの読者様はお久しぶりです。今回のこれが新作となります。何とか期待に応えられたでしょうか?
夏が過ぎ、秋の気配がしてくる十月中旬のある日。俺、千島雪片は自宅でテスト勉強をしていた。先ほどまで世界史の勉強をしていたが今は数学の時間で、ひたすら問題を解き続けている。
「終わったぞ。答え合わせ頼む」
「わかったよ」
目の前にいるゆるふわ髪の小柄で可愛らしい少女に、解答の書かれたノートを渡す。この少女の名前は佐藤鈴蘭。俺と同学年で、学年トップの成績を誇っている優等生だ。解答を一通り確かめた佐藤は満足そうな顔で俺にノートを返却した。
「最後の問題の答えが間違ってるけど他は合ってたよ。その間違いもただのケアレスミスだから、アドバイスは必要ないね」
「手間かけてすまんな」
「このくらい、別にいいって。でも千島くん、これだけ出来るなら今回のテスト範囲は心配ないんじゃないかな?」
「いや、もうちょっと頼む。もしかしたら抜けがあるかもしれない」
「わかったよ。じゃあ次の問題は教科書の――」
佐藤が指定するページにある問題を解いていく。順調にシャーペンを動かしていた俺だったが、途中で手が止まる。まずい、この問題の解き方がわからない。そんな俺の様子を見ていた佐藤が、何かを察した表情を浮かべていた。
「千島くんとはクラスが違うからハッキリと言えないんだけど、これ先週くらいの授業で習った公式使うんだよ。覚えてない?」
「ああ」
「そっか。まあ先週って体育祭の練習で体力削られてたもんね。特に千島くんはキツかったんだっけ?」
「そうだな。雑用ばかりでヘトヘトになってた時期だ」
九月頭にあったHRの時間、ボンヤリしていたらいつの間にか体育祭実行委員に選ばれていた。その上実行委員の話し合いの日、バイトがあったため参加できず、気付けば雑用係を任されたのだった。しかも一人で。
「実行委員の人達ちょっと酷いよね」
「佐藤も救護班で実行委員だったろうが」
「わたしは保健の先生から指名されて選ばれたから、その話し合いには参加してないよ」
「そうか。まあせめてもう一人手伝いが欲しかった」
俺自身大柄でそれなりに鍛えていたから結果的に一人でどうにかなったがな。問題はその雑用で疲労が溜まったせいで意識が朦朧として、授業内容が抜け落ちている点だ。ちなみに体育祭の翌日までその疲労を引きずることになったがそれは別の話だ。
「学生の本分は勉強なんだから、それが疎かになったら駄目だよね。とりあえず、解説しようか?」
「頼む。他の教科もこの辺の時期が怪しいから、頼めるか?」
「もちろんだよ」
教科書を広げて解説を行う佐藤。わかりやすく、かつ丁寧な説明に俺は舌を巻いた。同じ事をやれと言われて、出来る人間は少ないだろう。全ての教科の解説が終わったところで、佐藤を賞賛した。
「佐藤って教え方上手いよな。慣れてたりするのか?」
「上手かどうかはともかく、桔梗ちゃんに教えてるからかも。あの子体弱いから、体調不良で学校行けない時期なんかはわたしが勉強見てたんだ」
「そうか」
佐藤は本当に優しい姉だよな。そう思った俺は自然と伸ばした手を佐藤の頭の上に置き、そのまま撫でた。すると佐藤はプルプルと震えだし、顔が真っ赤に染まっていた。
「はぅぅ! ち、千島くん!?」
「友達として、頑張ったことを褒めるのは普通だろう?」
「あ、の、ね! 普通そういうのは言葉で言うもので、こんな風に撫でたりしないんだよ!!」
「そうか」
「あっ......」
撫でられて怒られたので手を止めたのだが、何故か寂しそうな顔をする佐藤。しょうがないので撫でてやると、安らかな表情へと変わった。
「はぅぅ~」
「これでいいか?」
「うん♪」
露骨に嬉しそうだったため、結局佐藤が満足するまで撫で続けることになった。終わったあと佐藤はとても上機嫌そうだった。
「千島くん、ありがとう♪」
「このくらいならいつでもするぞ?」
「じゃあまたリクエストするね。さあ、今日の仕上げに小テストをしようか。大丈夫、そんなに難しくないから」
「おう、受けて立つぞ」
佐藤からの挑戦状である小テストに挑み、どうにか全教科満点を取ったところで今日の勉強会のまとめに入った。
「今日勉強を見た感じなら、もうちょっと頑張れば多分上位三十番以内も狙えるんじゃないかな? 君元々成績悪くないし、注意力も上がってきてるし」
「それに関しては、佐藤のおかげだな。いつも美味いメシ作ってくれて、ありがとうな」
「あのとき助けてくれたお礼だから、気にしないでよ。今日もお夕飯作るからね」
俺は一人暮らしをしているんだが、紆余曲折あって佐藤に食事だけでなく生活の世話を焼かれている。朝は起こされ、一緒に登下校もしている。今は違うが一時は掃除や洗濯までされていたのだから、まるで漫画や恋愛小説に出て来る幼馴染のような甲斐甲斐しさだ。
「もういい加減、恩返しは済んでると思うが」
「恩返しは、わたしの気が済むまでだよ♪」
だがしかし、実は俺と佐藤は出会ってから一年も経っていないし、関わるようになったのもここ一週間ほどの話だ。それこそ、佐藤のいうあのときから関係が始まっている。
(思えばそこからいろんなことがあったよな)
俺は夕飯を待ちながら、佐藤と関わることになったある一件から今に至るまでの出来事を思い返していた。
お読みいただきありがとうございます。本日、あと二回投稿予定です。