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紫陽の女神と生命の円環  作者: 小澤ゆめみ
コルキス島の館
8/26

8 侍女とリビングと義父




【 とある転生者の手記 】



 この世界には魔法がある。火の魔法、水の魔法、森の魔法、風の魔法、土の魔法。


 得られやすいのは風と土。既にあるものを動かす力であろう。火と水を出す魔法は稀だ。もっと希少なのが森の魔法。この世界の主神たる、鳥神様の御座所を整える力だと考えられている。



 しかし、この世界の大半の人間は魔力を持たず、瞳と髪とに大地の色たる茶色を持つ。人ならざるもの……神やその眷属、半神、そして転移者には別の色を持つものもいる。


 そして人のうち、魔法使いは属性の色を持つことが多いようだ。火は赤い髪、水は青い髪、森は緑の髪、風は黄土色、土は赤茶色。例外も多いが基本はこの色だと私は推測している。



 そういった、色を持つものに神話をなぞらせることで、王族は自らの支配力を誇示し、神性を示そうとするらしい。同時に、王族自体も色持ちが多い。神を招いて半神たる子孫を生むことが多いからだ。



 私は大地の色を得られなかった。この身はこの世界のものだが、魂が地球のものであったからだろうか。そのために私は、今ここにいる。この色のせいでここにいるのだ。




* * * * *







 イオは暇を持て余していた。あれからメデイアがずっと、イアソンにべったりだからだ。そのために翻訳作業を進めているのだが、中々手が進まない。


 ――私は一体何なのかな。


 その考えが頭から離れないからだ。誰を両親に持つか分からない。転生者らしいが前世が誰だか分からない。それに……。


 ――イオポッサの名は、ここでは私だけのものなのかな。……アプシュルトス様の妹さんは、どんな人だったんだろう。




 レウスはいない。師匠の指示で、あの船の監視に行っているからだ。島の王子に指示を出せるとは、師匠とはどんな人物なのだろうか。


 メデイアはレウスを兄弟子と言っていた。メデイアも師事しているということだ。


 ――あれ? でもメデイア様は確か、お師匠様のことをお母様って。……つまりレウスの母は側妃じゃない? でも王妃様の子供でもないって……。


 自分一人で考えていても答えは出ない。しかし聞いてしまうのも怖い気がする。聞ける相手もそばにはいない。考えが堂々巡りして、気ばかりが滅入っていく。







 昼食を、レウスの秘密の場所で一人で食べる。


 ――私、今まではどうしてたんだっけ。


 少し前はレウスがいた。もっと前はアルゴスと食べていた。アルゴスが大きくなって外出が増えてからは、カルオキペーとプリクソスと一緒に食べることもあった。


 だが、日々の使用人の食堂では、人が沢山いてもイオは一人だった。それは得体のしれないこの髪のせいだろう。




 普通の人は魔法使いを畏れる。獣人も妖精も畏れる。自分と違うもの、強い力を持ったものを畏れるのは当たり前だ。


 危害を加えられるかもしれない、そうなったら逆らいようがない。その気持ちはイオにも分かる。イオも魔法は使えないのだ。


 だが王族であるカルオキペーもプリクソスも穏やかな気性で、イオが失敗しても罰したりはしなかった。アルゴスは癇癪持ちで、魔法も使えたが、イオを故意に傷つけるようなことはなかった。メデイアは横暴に見えるが、口でいうほどのひどい真似は、実際にはしていない。


 魔法でも権力でも、使い方はその人による。人となりを知れば、むやみと怖がることはなくなるものだ。だがイオは……使用人棟ではいつまで経っても一人だった。


 ――私は知らないうちに、嫌われるようなことをしてしまったのかしら? 気づいたらもう一人だったし……。


 小さい頃に周りの使用人の大人に世話を焼いてもらった記憶はある。今も迫害を受けているわけではない。それでもさり気なく距離をおかれているのが、無性に寂しかった。


 その分、ヤンチャなアルゴスと兄弟のように過ごす時間は楽しかった。メデイアのきせかえ人形になるのも楽しかった。手記の翻訳も……レウスと一緒の時は楽しかった。




 夕食をアプシュルトスと共にとる時は、抱きしめられることこそもうないが、あの日以来よく頭を撫でられている。


 ――アプシュルトス様は、転移で妹さんと離れ離れになってお寂しいんでしょうね。同じ名前ってだけで私を代わりにするくらいに……。







 長い間イオはそこに座っていた。


 涙をこぼしたわけではないが、ずっと目に涙が溜まっていたせいか、秘密の場所から館に戻るイオの目は真っ赤だった。


 ――もう、ストレス物質が目に染みる! ……あ、また! 何なの、もう! 思い出すならスパっと全部思い出せばいいのに。そうすればこの魂が誰のものだったのかはっきりするのに……。




「イオポッサ? どうしたんだ?」


 声をかけられ顔を上げると、そこにはプリクソスがいた。


「プリクソス様……」


「泣いていたのかい? ……おいで。別棟でお茶を淹れてあげよう。」


「はい。」


 兄弟のような存在のアルゴスの父。イオにとっても密かに父のように思っている存在だった。


 落ち込んだ今、声を掛けられたのが嬉しくて、思わず顔がほころぶと、プリクソスが頭を撫でてくれた。







「そうか、メデイアにも恋人ができたのだね。イアソンか……。イオルコスの王子だったか。一度王に会わせる必要はあるだろうな。」


「神話のようにメデイア様は出て行ってしまうのでしょうか。」


「そうか、イオは寂しいんだね。……必ずしも神話と同じになるわけではないという話をしてあげようか。金羊の船首像の船の話を覚えてるかい?」


「はい、楽しいお話でした。船を作ってくださった親方のところに、今アルゴス様が修行に出てるのですよね?」


「そう。あの話には、実はまだ君に話していない逸話があるんだよ。……私には兄弟がいたんだ。前世ではね、妹と一緒に羊に乗って逃げたのだけど、彼女は途中で海に落下して死んでしまったんだ。」


「そんな……」


「だからこの世界に自分役として生まれ変わったと知った時、絶対に同じことを繰り返さないと決めたんだ。親である王に、妹役は必要ないと言って、一人でコルキスに旅立ったんだ。この世界の継母は、実際には良い人だったけどね。」


 ――妹。また妹だ……。プリクソス様の前世の妹。アプシュルトス様の元の世界の妹。メデイア様の妹役。……パーシパエ様も王の妹役だった。……私。兄弟がいる人を羨んでるのかな?


「イオ。そんな悲しい顔をしないで。ここからが面白いところだよ。この世界での私はね、あと少しでコルキスに着くというところで、なんと海に落ちたんだ。」


「えぇ?! 大丈夫だったんですか?」


「大丈夫だったみたいだね。私は今ここにいる。……それでね、砂浜に流れ着いた私を助けて介抱してくれたのが、カルオキペーだったんだよ。船も見つけて回収してくれたんだ。」


「まあ……。素敵! 人魚姫みたい!」


「人魚姫? 何だろうそれは?」


「あ……また。私……、私は転生者なんでしょうか? プリクソス様はいつからご自身が転生者だと自覚されましたか?」


「うん……5才くらいかな。イオは前世を思い出したのかい?」


「いいえ。……でも時々こうやって、知らない言葉が口をついて出るんです。もう、嫌だ……」


「泣かないで、イオ。ほら、こっちにおいで。」


 促されるまま、イオはプリクソスの隣に座り直した。


「イオ。君は君だよ。前世になんて惑わされなくてもいいんだ。思い出したいなら思い出せばいい。今の自分として生きたければ、思い出さなくてもいいんだよ。」


 そういって、プリクソスはイオの涙を拭った。


「何をしているの!?」


 その時急にドアが開き、カルオキペーが走り込んできた。


「イオ! 殿方の部屋には入ってはいけないと、あれほど教えたのに!」


「カルオキペー、ここは居間だよ。私が泣いていたイオをお茶に誘ったんだ。」


「お茶? ではなぜ頬に手を触れていたのですか? なぜ隣に座っているのですか?」


「涙を拭くために隣に呼んだからだよ。……カルオキペー、イオは私たちの娘のようなものじゃないか。ヤキモチを焼かずとも、私はカルオキペーしか愛していないよ。」


「そんな……そう、なのですか? てっきり私は……ついに神話のとおりにイオポッサが! と思って……」


「私は……カルオキペー様のご迷惑になっているのですか? 私は……私は役なのですか?」


「イオポッサ……ごめんなさい。私が嫉妬に狂っていただけなの。いい年をして恥ずかしいわ。」


「イオポッサ。夫婦喧嘩に巻き込んですまないね。許しておくれ。……今日は夕食を一緒に食べよう。そうだ、時間までさっきの人魚姫の話を聞きたいな。覚えているかい?」


「はい……。かしこまりました。」








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