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紫陽の女神と生命の円環  作者: 小澤ゆめみ
コルキス島の館
6/26

6 侍女と魅了とぶんぶんゴマ




【 とある転生者の手記 】



 この世界にも聖闘士が、いや英雄がいた。ペルセウスという人物が、怪物を退治しアンドロメダ姫を救ったという。惜しいのは、役だったという点。



 この世界では、降臨した異世界の神とここの人間との間に生まれた半神や、転生した元神などが多大な魔力を持って民の厄を集め、代わりに試練に挑む英雄となるらしい。


 ただし誰が降臨した神なのかは明かされないため、誰が真の英雄かも分からないのが現状。それ故、王族は色のあるものや魔法を持つものを英雄候補として役にあてがうのだ。



 異世界の神話の中でも、王に試練を与えられた英雄は多くいる。そんな英雄たち、アルゴナウタイを乗せたという船が神話にあった。アルゴー船だ。


 神話をなぞれば興味を持った神が降臨することもあるらしい。アルゴー船は私の憧れの女神、アテナの祝福を受けた船だ。……その船、是非私の島にも滞在してほしいものだ。




* * * * *







「イオには手を出さないで! 魔女は私よ!」


「そんな! メデイア様、お下がりください! あんなぶんぶんゴマ持った人なんか、私怖くありません!」


 イオを守ろうとするメデイアと、メデイアを庇おうとするイオの攻防に、男は混乱する。


「えっと、つまりは……金髪が魔女メデイアだな! これをくらえ! 僕に惚れるのだ!」


 そう言うと男はメデイアに向かって、ぶんぶんゴマをぶんぶんいわせ始めた。立派な体格の美男子が、必死にブンブンごまを持った手を前に突き出している様は、非常に滑稽だった。


「……あなたどういうつもりなんですか? そんな子供のおもちゃを持ち出して何がくらえ、ですか。恥ずかしい。メデイア様、もう行きましょう! メデイア様?」


 唖然とした顔で男を見つめて動かないメデイアと見つめ合ったまま、男が勝ち誇ったように高らかにおもちゃの説明を始める。


「これはおもちゃではない! 呪具イユンクスといって、相手を惚れさせることができるのだ!」


「うふふふふふふ……あはははははは! ええ、私はあなたに惚れたわ! ……そしてあなたも私に惚れるのよ!」


 そう言って、メデイアは男の手からぶんぶんゴマを奪い取って、さっきの倍の回転数でコマをぶんぶんいわせて、男の目前に手を突き出した。


「これであなたは私の虜よ! おーほっほっほっほっほ! パーシパエめ、ざまあみろ! これで私も結婚よ!」


 セリフとぶんぶんゴマとの落差に、言葉を無くすイオだったが、はたと動きを止めた。


 ――ぶんぶんゴマってなんだろう。




 そんな収集がつかない現場に、馬で駆けつけてきた人物がいた。


「イオ!」


 馬から飛び降りる勢いでイオのもとに駆け寄ったのは、レウスだった。


「よかった! 何もされてない? あの手記にあった船が、もうこの島にやって来てるって聞いたからさ。」


 そういってレウスはイオを抱きしめた。




「あら、アイギアレウス。お兄様? 私のイオに何してるの?」


「師匠から船が来たから早く行けってフクロウが飛んできたんだよ。」


「母上から? 何でかしら?」


「そいつだよ。俺の、いや私のイオがならず者に拐われるかもしれない流れだっていうからさ。」


「イオを? ちょっとあなた! どういうつもりなの?」


 メデイアはコマをぶんぶんさせながら男に尋問した。




「僕は神話どおり、魔女メデイアを自分に惚れさせて、金羊の毛皮を手に入れたかっただけだ。」


 男は催眠術にかかったみたいにペラペラとしゃべり始めた。


「英雄たちを船に待たせて、まず責任者の僕が斥候として上陸したんだ。先を越されたら困るしね。メデイアは姫だってことしか聞いてなかったけど、上陸して早々に身なりのいい女が二人見えたから、早速イユンクスを使っただけさ。」


「意味がわからないわ。アイギアレウス、お兄様。知ってることを話しなさい。」


 妹の高飛車な命令に怒るでもなく、レウスはこの男について知っていることを話した。


「そいつは自国の王になるための試練をこなすために、プリクソス義兄上の金羊の毛皮を奪いに来たんだ。そして神話ではメデイアは呪術にかかってそいつに惚れて、国を裏切りそいつと島を出る。」


「まあ素敵! こんな島、おさらばできるのね。」


「古代の神話ではね。でも一つ違うのは、ここには奪うべき金羊の毛皮がないってことだ。」


「何だって?! 金羊の毛皮がない?!」


 男はようやくぶんぶんゴマから目を離してレウスを見た。


「当たり前だろ。ここは神話の世界じゃない。空飛ぶ羊なんているわけないだろ。プリクソス義兄上は羊の船首像の船で、何とかコルキスまでやって来たんだ。」


「そんなぁ……。あ! あの港にあったかわいい船か! 観光船じゃなかったのか……。じゃあアルゴナウタイたちになんて説明すればいいんだ……」


 男はうなだれてしゃがみ込んだ。




 観光船と聞いて、また何かをうっかり言いそうになったイオは、慌てて男に言い返す。


「解散! って言えばいいんじゃありませんか?」


「そんな……。プリクソスの息子にわざわざ船を造ってもらったのに……」


「えっ? もしかしてアルゴス様も帰還されたのですか?」


 配置換えになったとはいえ、自分が世話をしていた主が帰還したとあっては、のんびりしてはいられない。


「いや……今回の目的は宝探しとしか言ってないから、アルゴスは乗船してないよ。さすがに、あいつの父親がもたらした宝を奪うために、あいつの祖父を襲撃するとは言えなくて……」


 うなだれた男に語りかけるようにレオスが声をかける。


「いいヤツなのか、だめなヤツなのか……それは問題じゃない。いいから早く解散と言ってこい!」


 レウスが男の肩をバンと叩くと沖の船を指差した。するとその手を下ろさせてメデイアが言う。


「いいえ、お兄様、私が行きますわ。愛する旦那様のためですもの。あの船に行って暴れてくればいいのでしょ?」


「やめて〜! やめてください! 僕行きます! 襲撃中止してきます!」


「早くなさい。」




 メデイアは「今日中に戻らないと死ぬ呪いを掛けた」と言って、その男にすぐに戻るように脅しをかけて船に行かせた。どうやらメデイアにイユンクスの呪いは掛かっていないようだった。







「結局あれは誰だったんでしょうか?」


 イオがレウスに問い掛けた。


「神話をなぞっているとすれば、イアソンだろう。本人か役かはわからないけど。」


「その……役、というのはどういうことなのでしょうか?」


 大広間での会話を聞いてから、イオの頭の中はハテナが一杯だった。周囲の人たちより知識が足りていないのかもしれない。


「うーん……メデイア、説明して。」


 腕組みをして沖を見つめるメデイアに、レウスが頼んだ。


「使えないお兄様ね。兄弟子じゃなかったら、アンタなんてダメ男よ。……いい? イオ、よく聞きなさい。この辺りの大きい島は、異世界の古代ギリシャという国に侵略されているの。」


「侵略……ですか?」


「極端だな……」


「アンタは黙って! ……前世持ちと転移者のことは、イオも知ってるでしょ? 王のいる島は、古代ギリシャの前世持ちと転移者がはびこってるのよ。」


「はびこる……」


「……」


「しかもこの世界にはね、その古代ギリシャの神がちょっかいを掛けに来るの。子供を作りまくったり、魔法を教えたり、神話を流行らせたりもするわね。」


「「……」」


「神と交わって魔力を得たり、半神の子供を得たりしたい王たちは、神の気を引くためにギリシャ神話劇場をずっと昔から繰り返してるの。中にはもう転生したくないとか、自分が神になりたいとか寝言を言ってるヤツもいるみたいだけどね。」




「……まあ、概ね合ってるよ。」


 ため息をつきながらでもレウスがそう言うからには、大げさではなく事実なのだろう。


「それで、生まれた時からギリシャ神話の系図どおりの名前で生きてるヤツが、本人ってことになってるの。いい感じに生まれなかった時に、良さそうなのを町から拾ってきたのが役なのよ。」


「……それでパーシパエ様は、叔母役の町娘ということなのですね。」


「そうよ。分かった?」


「はい。ありがとうございます。」


「ちなみに……」


 メデイアが何かを言おうとした時に、レウスが声を発した。


「あ、もう戻ってきたぞ!」




 レウスが指差す先には、息を切らせたさっきの男、イアソンがいた。


「魔法で加速して、言い逃げしてきました〜。だけど彼らが今後のことを決めるのに、寄港の許可をください。許可なんかなくてももう船が動き出してるので、勝手に接岸しちゃいます。なんとか僕が許可を取ったってことにしてくださ〜い!」


「仕方がないわね。今後もちゃんと私の言うことを聞きなさいよ?」


 そう言ってメデイアは手の上に鳥を出した。


「オカメインコ?」


 イオの口がまた勝手に言葉を発した。


「あらイオ、知ってるの? 輸入した図鑑に載ってたのよ。フクロウとかタカとかじゃ可愛くないものね。」


 イオに説明した後に、メデイアは鳥に言葉を吹き込む。


「私は王女メデイア。イアソンの進言により、そなたらの船の寄港を許可します。島に迷惑をかけないようになさい。」


 メデイアがインコに話しかけるようにしてから、手を上に振ると、インコは沖の船を目指して飛び去った。






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