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紫陽の女神と生命の円環  作者: 小澤ゆめみ
コルキス島の館
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4 侍女とツンデレと部屋




【 とある転生者の手記 】



 死が身近にあった私は、あの世への道筋と輪廻転生に興味があった。


 トロイの木馬によって敗走した英雄アエネアスは、冥府の分かれ道でクマエの巫女シュビラに教えを受ける。右は楽園、エリュシオンへの道、左は奈落の底、タルタロスへの道。


 右への道は記憶の水、ムネモシュネの水を飲むことで開く。そこは神聖なる草原。幸福の地へ導かれ、転生の円環から開放される。左へは忘却の水、レテの水を飲めば行ける。神的起源の魂の記憶を消し、再び苦難の転生へと送り出される。


 生きることに未練があった私は、左の道を進んだのだろうか。そしてレテの水を飲み忘れたのか、なぜか前世の記憶を持ったままに生まれ変わってしまった。


 しかしこれは本当に幸福なことだった。偉人にのみ許された楽園に行くよりも、平凡な生を営むことこそ私の望みだからだ。前世の記憶を持ったままの転生によって、私は望みが叶えられたという満足感を持って生きていける。




* * * * *







 レウスは、鍵を開けたままにしておいた物置部屋の窓から先にイオを室内に入れると、自分も窓枠を乗り越えて中に入った。再びレウスがドアに張り付き外の様子をうかがうと、再会の約束を交わし直して、イオだけを廊下の外へ出した。


 イオがレウスに促されてドアから出て、廊下の角を曲がると本当にメデイアの部屋の前だった。振り返るとドアにもたれてレウスがこちらを見ている。手を振って微笑んでくれたので、イオは頭を下げて自分の部屋と思しきドアの中に入った。




 こじんまりした部屋を見渡すと、見慣れた自分の私物が全て、箱に入って置いてあった。そう多くはない。一方タンスの中には、シンプルで地味な色だが良い生地の仕立ての、見慣れぬ新しい服や寝間着が沢山入っていた。


 ――メデイア様ってツンデレだよね。遅いから勝手に移動したとか、謹慎しろとか言っておきながら、こんなに素敵な衣服を用意してくださるなんて。……ん? ツンデレってなんだろう? ……まあいいか。色水も謹慎も、きっとメデイア様なりの親切だったんだろうな。




 少ない私物を並べながら、イオはさっきまでの出来事を思い起こしていた。


 ――最初に会った金の髪のレウス様は、側妃様のご子息だよね。栗色の髪のカルオキペー様は王妃様のご長女。金の髪、金の目のメデイア様は側妃様の姫。アプシュルトス様は末息子って言ってたな。カルオキペー様とカールの髪がそっくりだから、王妃様のご子息かな。


 家系図と髪の色を思い浮かべながら、イオは考える。


 ――あとはメデイア様の上にも側妃様の姫がいたはずだけど、どうしたんだっけ……。とりあえず王様の子供はこれで5人だ。


 ――色水をお気に召したのは、ペルセース叔父上って呼ばれてたから、王様の弟かな。……やっぱり色水みたいに、親の髪色を混ぜたのが子供の色になるってわけじゃなく、魔力の属性の方が強く影響するのかもな。プリクソス様もカルオキペー様も栗色の髪だけど、アルゴス様は緑の髪だし。


 ずっと閉じた世界で生活をし、アルゴスが成長してからはカルオキペーのそばで静かに暮らしていたイオは、魔法も含めてあまり知識が豊富ではなかった。読み書きや最低限の教育は受けていたが、館の外のことも他の島のことも、イオには分からなかった。


 しかしイオも一度だけ魔法を試したことがあった。物心がつく頃から、アルゴスが植物を成長させたり花を咲かせるようになったからだ。促されてイオもやってみたが、花を咲かせることはできなかった。それ以来、試してはいない。







 イオが自室でぼんやり座っていると、突然藍色の小鳥が壁を突き抜けて飛んできた。頭上を旋回しながらメデイアの声で、「藍色の服を着て部屋に来なさい」と言ってパッと消えた。


 初めて見る魔法に驚きながらも、イオは急いで着替えて隣の部屋へ行った。




「遅いわ! ああ、服はぴったりね。今後みすぼらしい服を着て私の部屋に来ることは許さないわ。下手くそな洗濯で生地を痛めることも許さない。私のものと一緒に、ベテランに頼みなさい。」


「え! でもそんな、使用人なのに……」


「使用人の分際で口答えする気?! 私の命令は絶対よ!」


「は、はい。かしこまりました。」


「……その髪も、なんとかならないかしら。邪魔くさいし、またあの邪魔男に触られちゃうわ。来なさい。」


 イオがメデイアのそばに寄ると、パチンと指がなった。その瞬間背を覆っていた髪がなくなった。


「え……」


「それでいいわ。じゃあちょっと早いけど、夕食を厨房から取ってらっしゃい。二人分よ。必ず冷める前に戻ってきなさい。」


「はい、かしこまりました。」




 イオは髪を気にしながらも廊下を急いだ。


 厨房に行くと、伝言されていたのか、二人分の夕食と食器が既にカートに用意されていた。それを押しながらイオはふと窓ガラスを見る。ガラスに映った自分を眺める前に、そこに映ったもう一人の人物が話しかけてくる。


「ああ、イオポッサ。その髪もいいですね。自分でやったのですか?」


 側にアプシュルトスが微笑みながら立っていた。本館では本当に沢山の人が行き来している。別棟ではこんなに頻繁に人と行き会うことはなかった。


「いいえ、メデイア様がやってくださいました。……あの、もう触られないようにと。」


「うわー。また私は姉上を怒らせちゃったのかな。……うん、でも編み込んであっても触れますよ。」


 そういってアプシュルトスはイオの頭を撫でた。人との触れ合いに慣れていないイオは、戸惑いながらもメデイアの言いつけを思い出す。


「あ、あの! 冷める前に戻るよう言われてますので……」


「ああ……。先手を打たれてしまったわけですね。分かりました。引き留めてすいません。」


 アプシュルトスはまたあの苦笑をイオに見せながら、両手のひらを顔の横に広げた。


「では、失礼します。」




 ――メデイア様は先見の力でもあるのかな。


 まるでメデイアに指し示されていたかのような展開に、イオは感嘆の息をもらした。その後は引き止められることも、夕食をこぼすこともなく、無事イオはメデイアの部屋に戻った。




「遅い! また邪魔男に捕まったんじゃないでしょうね。ゲス男の方かしら?」


「ゲス、ですか?」


「見境なしの叔父上よ。神話の世界は近親でも愛し合えた、とか言ってちょっかい出してくるの。あなたも気をつけなさいよ。」


「はい……」


「じゃあ、今から食事のマナーを教えるわ。まずは夕食をテーブルにセットして頂戴。」


「マナー、ですか?」


「そうよ。私の侍女として、連れ歩いて恥ずかしくないようにしつけなきゃ。早くなさい。私は厳しいわよ。」




 そうして、メデイアによるイオの夕食教育は、それから毎日続けられることになったのだった。









今作の参考文献です。


『オルフェウス教』レナル・ソレル 著

 脇本由佳 訳(白水社)2003年


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