23 妻と鳥と別の島
再び一同に沈黙が訪れた。
レウスは腕にいた大きい鳥をヘカテーの空いている肩に乗せ、王とイオの鳥の前に跪く。
「国王陛下、イオポッサと結婚させてください。」
鳥になったイオとの婚姻を願われ、国王は狼狽する。
「いや、それは……。しかし、さすがに……。だが、そうか……。ありがとう、アイギアレウス。国王の名において、そなたらの結婚を認めよう。」
娘が結婚する淋しさ、レウスが役ではなく真実娘婿と呼べるうれしさ、役とはいえ王子が鳥を伴侶にする懸念、花の精の希望を叶えられる安堵。それでも王として、父として願いを聞き入れた。
「はっ、ありがたき幸せ!」
「お父様、ありがとう!」
祝福していいのかどうか分からない、元スパルトイの使用人たちを尻目に、薬草汁をグビグビ飲みながらメデイアが言った。
「仕方がないから認めてあげるわ。兄弟子で、血のつながらない兄で、義理の弟になったアイギアレウス! もうお兄様とは呼ばなくってよ。」
「ああ、ありがとう。……それよりメデイア、何飲んでるの?」
「これ? 美肌用の薬草よ。私が可愛い妹に、危ない物を飲ませるわけがないでしょ。」
メデイアの衝撃発言に、人々は愕然とした。イオの鳥はさえずった後に人語で言う。
「まあ! 危なくなかったんですね。良かった。メデイア様、ありがとうございます!」
嬉しそうに礼を言ったイオポッサに対し、メデイアに怒り心頭な様子で食ってかかったのはカルオキペーだ。
「良くなんかないわよ。もっと早く……。直ぐに言わないから、無駄にイオポッサが鳥になっちゃったじゃないの! どうしてくれるのよ!」
「これだから茶髪の素人さんは困りものね。そもそも……」
メデイアとカルオキペーの喧嘩が再開しても、皆困惑するばかりで身動きもできなかった。
そんな中、沈黙も混乱もものともせずに、ヘカテーが茫然自失のペルセースに歩み寄った。
「私があなたの子供を産んであげましょうか?」
「……」
「あなた、自分の子供が欲しいんでしょ? 私が産んであげましょうか?」
全員がペルセースと同じようなポカンとした顔をする中、なんとかレウスだけが声を上げた。
「し、師匠?」
「国王陛下、いいわよね?」
「……」
いくら寛大な国王でも、王位と娘を奪おうとした弟と、側妃とはいえ自分の妻が子作りするのを許可するわけがなかった。大魔女相手に渋い顔で黙っている。
「う〜ん、駄目? アプシュルトスの子でもよかったんだけど、いなくなっちゃったし。あなた達みたいな業の深い人間は、少し厄払いが必要なのよ。」
「お母様、ゲス男には少しお仕置きが必要じゃありませんこと?」
口喧嘩を終え、美容薬も飲み終えたメデイアが、何でもないことのように母に提案する。
「ああ、それもそうね! じゃあ、ペルセースには、キルケーの島で少し反省してもらいましょう! 大魔女ヘカテーの名において。ペルセースよ、ロバになりなさい!」
ヘカテーがペルセースの目を見て指を鳴らすと、座り込んだペルセースが両手をついて立ち上がり、そのまま四つん這いになった。
イオにはそう見えたので、ペルセースを見ながら鳥の顔を傾けると、フッと笑ったヘカテーがパンと手を叩いた。
「さすがはお母様。わたしにもロバに見えるわ。」
メデイアの言う通り、イオの目にもペルセースがロバに見えるようになった。
王の肩からロバの背に飛び移り、くちばしでたてがみをつつくとちゃんと毛の感触がした。さすが大魔女の魔法だった。
「いいわよ、イオ。そのゲス男をもっと突いてやりなさい。」
「だめよ、イオポッサ。ばっちいわ。ペッなさい!」
また喧嘩を始めそうだったカルオキペーとメデイアに、ヘカテーが話しかける。
「メデイア。この島にお節介男のヘルメスの気配がするわ。ひ孫のイアソンを迎えに来たのかもしれない。あなたの太刀打ちできる相手じゃないから、ちゃんと素直な気持ちを伝えてお引き取り願いなさい。」
「なんですって!? ……わ、分かりました。イアソンが寂しがるから、島に残れるようにヘルメス様にお願いしてあげますわ。仕方のない夫ね、もう!」
プリプリしながらメデイアは足早に館へと戻っていった。
「さあ、他のみんなも館に入りなさい! プリクソスとカルオキペーは本館に寄っていきなさい。多分ヘルメスからアルゴスの話が聞けるわよ。」
使用人を含めたみんなを館へ押しやるヘカテーに、レウスが小声で訪ねた。
「やはりヘルメス様とお知り合いですか? あの方は……」
「昔なじみよ。深く聞いちゃだめ。年齢がバレるでしょ。マナーよ、マナー。さて! あなた達は私の塔に来なさいね。」
「あの、師匠? それより肩の……」
「ああ、そうだった。内輪もめをお見せして申し訳ありません。……え? 楽しかった? それはよかったです。私の根城にお寄りになりますか? ……そうですか、では次の機会にでも。」
「先生たち! また会いに来てくださいね。」
以前のように先生たち、鳥神たちの声が聞き取れなくなってしまったイオは、人の言葉で挨拶する。
ヘカテーの肩からロバの背に降り立った二羽の鳥神たちは、イオの鳥にジャレつき、さえずってから西の空へと消えていった。
「では行きましょう!」
「あの、師匠? このロバは……」
「ああ、そうだった。面倒ね。輸送の手配をしてくるから、あなた達は先に塔に行っておいて!」
ヘカテーが首を掴んでロバを港へ進ませると、悲しい鳴き声が響き渡った。
「イオ、こっちにおいで。」
頭上を飛んでいたイオに、レウスが声を掛けた。だがレウスに近づく決心がつかなかったイオは、近くの木に降り立った。
「あの、レウス様。……相談もせずに勝手なことをして、申し訳ありませんでした。」
「いいんだよ、そんなこと。イオのしたいように生きればいいんだ。」
「あの時は……いるかもしれないお腹の赤ちゃんのことしか考えられなくて。だからお母さんに助けを求めたんです。そしたら声がして……」
「うん。メデイアのことだから大丈夫だろうとは思ってたけど。それでも天の邪鬼のすることは絶対じゃないしね。……それに、鳥神様のことを先生って呼んでたろ? だからその鳥の姿にも意味があるんじゃないかい?」
「そうです。そうなんです! 私、やっと思い出しました! 私は、鳥でした。」
「前世が……鳥?」
イオが鳥になった時には相当に驚いた顔をしていたレウスも、その後はあまり表情が変わらない。いつもの笑顔は鳴りを潜め、ずっと真剣な顔をしている。
「いいえ。私は転移者です。花の精霊のお母さんと王であるお父様の間に、私は鳥として生まれたんです。鳥として育ち、人間のことを先生たちと勉強したんです。」
「花の精霊の子が鳥……。鳥の姿で人間の勉強を?」
「はい。あちこち飛び回り、窓から眺めて。中には肩に乗せて色々説明してくれる人間もいました。それに質問すれば先生たちも教えてくれました。お母さんの花が咲いていない時期には、ヘカテー様の森の塔にいたこともあります。」
「師匠の塔に?」
「はい。だからヘカテー様の顔に見覚えがあったんです。お母さんと住んでいた別の島は日本でした。」
「そうだったのか……。不思議なこともあるもんだね。……イオは鳥のまま転移してきたの?」
「よく……わかりませんが、お母さんが花から花の精霊に変身して世界を渡った時、私も人の子になったようです。人の身は幼くて、あまりはっきりとは覚えていません。」
「そうか……。じゃあ大分小さくなっちゃったけど、今の姿には違和感はないんだね?」
イオは羽を広げて自分をよく見た。
「以前は……もっと小さかったと思います。色も、もっと青かったと思います。お母さんは、あの人の色と言っていましたし、肩に乗せてくれた人間が、幸せの青い鳥と言っていました。」
「そうか……。イオが日本で人間に可愛がられてたと聞くとちょっと妬けるな。」
イオの止まる木に寄りかかっていたレウスは、姿勢を正し、イオを正面から見つめて話しだした。
「……イオ。俺もイオに、言わなきゃいけないことがあるんだ。」
次回最終話。土曜ですが、明日の朝投稿です。