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紫陽の女神と生命の円環  作者: ゆめみ
再びのコルキス
22/26

22 妻と魔法と変身




「待たせたな、メデイア。堕胎薬の準備はできているか?」


「ええ、美味しそうに煮えていてよ。……って遅れてきて偉そうに!」


 裏庭で大鍋を掻き混ぜながら魔女らしく返答したメデイアが、叔父であるペルセースに喰ってかかる。


「あ、あぁ。すまない。とんだ邪魔が入ったのだ。だがもう問題ない。」


「全く面倒な。私がいない間にイアソンが逃げたらどうするのよ! 早くイオをこっちに寄こして!」


 ペルセースが掴んだイオをメデイアの方へ押しやろうとしたその時、そばの別棟から何者かが走り出てきた。




「待ちなさ〜い!」


 叫びながら走るカルオキペーの後ろでは、プリクソスがスパルトイ兵を何とか押し留めている。


「その子は私が、赤の奥方から預かった、私の娘よっ! そんな薬、絶対に飲ませない。イオポッサとアイギアレウスを、私も応援するわ!」


 淑女であるはずのカルオキペーが叫びながら駆け寄って、メデイアとイオの間に立ちはだかった。


「カルオキペー様……。私、嬉しいです!」


 内心疎まれていると思っていたカルオキペーに、娘と言われてイオは本当に嬉しかった。するとなぜかメデイアがカルオキペーに食ってかかる。


「夫を取られないと分かった途端、手の平を返して節操がない。これだからお姉様は腹黒なのよ。私は妹をずっとちゃんと可愛がってますわ。」


「メデイア様……。私、嬉しいです!」


 ツンデレのメデイアがイオを妹と認め、可愛がっていると公言してくれたことがイオは本当に嬉しかった。だが、なぜイオが妹だと知っているかは分からない。色水のことを思えば、初めから知っていたのかもしれない。


「こんな薬作っておいて、一体何を言ってるの? 本当にあなたは極悪非道ね。」


「何ですって?! 私はイオを……」


 カルオキペーとメデイアの二人が罵り合いながら掴み合う、壮絶な兄弟喧嘩が始まってしまい、一同は唖然とした。スパルトイ兵に連れてこられたプリクソスも、どう止めていいのかオロオロしている。




「イオ!!」


 次に森から駆け込んできたのは、レウスだった。どれほどの間逃げ続けていたのか、後ろからスパルトイ兵が追いかけて来ている。


 途端に気を取り直したペルセースがイオの拘束を強め、その場にいる全てのスパルトイ兵に命令する。


「ものども! 全員であいつを仕留めろ! 殺してしまえ!!」


「レウス様!!」


 悲痛な叫びを上げたイオに、フッと微笑みを見せたレウスは、追い迫るスパルトイ兵を引き連れて、少し離れたところで立ち止まった。一方レウスを包囲したスパルトイ兵たちは、囲んだ円をじりじりと狭めて行く。


 するとレウスは、強力な風の魔法で自身を真上に浮かび上がらせた。そして布袋から、そこに入っていたとは思えないほど大きな岩を出し、真下に落とす。


 轟音を上げて地面に岩が突き刺さり、舞い上がった土埃が収まった時、高度な魔法を見せられて動揺していたペルセースが、嘲るような声を上げる。


「バカめ! 焦りおって。一人も潰されてはおらぬわ!」


 ピカピカに磨き上げられた様な、輝く黒い巨石の上に降り立ったレウスは、ペルセースには構わず、岩の周りに立つスパルトイ兵に言った。


「兵たちよ、岩に映った己の顔をよく見てみろ!」


 レウスを見上げていた兵たちが目を前に向けると、そこにはヘビを人にしたような、醜い化け物が映っていた。


「「「「「うわぁ〜〜!!」」」」」


 次々に叫び声を上げて戦意を喪失していくスパルトイ兵たち。何とか戦わせようと、狼狽えながらもペルセースが叱咤するが無駄だった。隣に立つ、同じスパルトイ兵に向かって攻撃し出す者までも出た。




「あれは館の使用人たちよ。」


 森からゆっくり歩み出てきたのは、イオが知らない女性だった。背が高く、長い長い栗色の髪を複雑に結い上げた、月のような金色の目の魔女。


「師匠!」

「お母様!」

「ヘカテー!」

「側妃!」

「「「「「「側妃様!」」」」」」


 何人もの声が重なって響いた。イオは女性の顔をよく見て、合点がいった。


 ――そっか。私の知らない女性なのに、見たことがある気がするのは、キルケー様に似ているからだ。でも、なんだか頭がもやもやする。


「魔法は終わり! あなたたち、元の姿に戻りなさい!」


 側妃ヘカテーがそういって指を鳴らすと、ヘビのようなスパルトイ兵たちは、見たことのある使用人たちに変身した。いや、元に戻ったのだ。そばには竜の歯のようなものが落ちていた。


 ――黄色い夾竹桃の種みたい。……食べたらだめ。スイセン、スズラン、アジサイも…………私、私は、どこでそれを習ったの?


 ヘカテーの顔を見てから、イオはいつもより酷い頭のもやもやに、吐き気さえ感じてきた。




 元の姿に戻って喜ぶ使用人たちを尻目に、ペルセースは歯ぎしりせんばかりに「なぜだ」と呟いている。


 イオを拘束するペルセースの手が少し緩んだと思ったその時、メデイアが器についでそのままにしていた薬草汁を掴んで、イオの口に押し当てた。


「まだだ! まだ終わっていない!」


「「イオ!!」」

「「「イオポッサ!!」」」


「うう〜っ!!」


 口内に流れてくる薬を飲まないようにしながら、イオは必死に願った。


 〈助けて! お母様!!〉




 ――私の可愛い小鳥ちゃん――




 脳裏に母の声が響き、イオは全てを思い出した。


 母のこと、自分が転生者ではなく転移者であること、ヘカテーを見たことがある理由、赤が散った訳……。


 そして願った。


 〈神様! 私をキルケー様の魔法で……〉




 閃光が走り、バチャっと薬草汁が地面に落ちた。


 ペルセースの腕は空を切り、こぼれた薬草の上に座り込む。カランカランと器が転がり、辺りに再び静寂が戻った。




 光が収まった時、イオの姿はそこにはなかった。


 身動きもできない王の肩にトンっと、一羽の鳥が降り立つ。羽の色は紫。しかし一色ではない。赤から青までグラデーションがかかっている。


「イオ、ポッサ?」


 国王が呼びかけると、イオの声で鳥が答えた。


「はい、お父様。」


「なんと……なんということを……」


 他には誰も声を上げない。凍りついたように動かない。




 沈黙を破るように、岩の上のレウスが声を上げた。


「鳥が来る。」


 レウスは土の魔法で巨石を消し、風の魔法でヘカテーの側に降り立った。


 ヘカテーが国王の側に歩みを進めるのに合わせて、彼女の肩に小さい鳥が、隣を歩くレウスが上げた腕に大きい鳥が降り立った。


 紫の鳥が、嬉しそうに二羽の鳥に話しかける。


「先生! 私、思い出しました! 日本で先生たちと勉強したこと!」


 イオの鳥を肩に乗せた国王が呟く。


「主神、様……。鳥神様……」


 イオが鳥になったことも、主神が降臨したことも、あまりにも衝撃的で、人々は愕然としていた。


 メデイアが人を動物に変える時は、実はカエルではなく、人とそれほど大きさの変わらない物に変身させていた。イオの鳥は明らかに小さい。


 まして鳥神を自らの目で間近に見る日が来ることなど、思いもよらないことだった。




 その静寂の中、ふらふらと鳥神に歩み寄る者がいた。


「神よ! この世界の主たる神よ! 私を元の世界に戻し給え!」


 その者、アプシュルトスは鳥神の前に跪き、額ずき、懇願した。


「戻っても、既に成った運命は変わりませんよ。」


 小さい鳥がさえずりで答えたのを、ヘカテーが通訳する。


「構いません! 細切れにされて死してのち、冥府より戻ったところでここに飛ばされたんです。そこからやり直させてください。早く妹に会いに行かなくては!」


 大きい鳥のさえずりも、ヘカテーが通訳する。


「戻ったからって、妹に会えるとは限らない。」


 鳥たちが忠告しても、アプシュルトスの決意は変わらなかった。


「どちらにしてもこの世界にはイオポッサはいないんだ! いいから戻してくれ!」


 膝立ちのまま、ヘカテーに掴み掛からんばかりに詰め寄ったアプシュルトスに、鳥が次々にさえずる。


「後悔しても知りませんよ。では。」


「急いては事を仕損じる。じゃあ。」


 ヘカテーが通訳を終えると、閃光どころか光りもせず、ほんの瞬きの間にアプシュルトスは消えた。


「戻ってもイオポッサはいないというのに……」


 呟いたヘカテーの言葉が、鳥神の言葉なのかヘカテー自身の言葉なのか、誰にも判断はつかなかった。







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