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紫陽の女神と生命の円環  作者: ゆめみ
再びのコルキス
21/26

21 妻と精霊と女神




 イオが父親である国王のいる監禁部屋に押し込められて三日が経った。室内はさすがに王族を閉じ込めるだけあって、それなりに整えられていたので、生活に不便はなかった。


 イオはレウスが心配だった。しかし大魔女の側妃がいるから大丈夫だと、王である父が自信を持って断言するので信じることにした。レウスも信じて待てと言っていたのだから。




 この三日間、父と娘で沢山語らい、世界のことも西の島のことも色々教えを受けた。ささやかながら、父の水の魔法も見せてもらえた。


 そしてイオは父から、不思議で重要な、昔の話を聞かせてもらった。







 ある夜、父王がふと目を覚ましてテラスに出ると、庭に紫色の髪を地につくほど伸ばした、背の高い女性が立っていた。女性は女神だと名乗り、夜が明けたらこの場所を掘り、出てきたものをスパルトイの種として大切に取っておくようにと言った。


 翌朝、王は言われたとおりにし、種を小箱に入れて保管した。


 その数日後、大魔女である側妃から、花の精霊の種づくりを手伝って欲しいと頼まれた。赤の髪と青の髪で、きっと紫の花が咲く種ができるだろうと言われたのだ。紫と聞いて、王はあの夜の女神との関係を感じ、了承することにした。


 現れた精霊は、美しく妖艶だった紫の女神とはまるで違う、小柄で儚い、可憐な赤い髪の女性だった。二人は夢のような一夜を過ごし、明け方に眠気を感じた王が、ふと目を閉じたその瞬間に女性は姿を消していた。




 花の精霊を忘れがたい王は、スパルトイの種を眺めては文献を調べた。ギリシャ神話では、竜の歯であるスパルトイの種をコルキスにもたらしたのは、女神アテナであることがわかった。あの背の高い紫の髪の女神が、戦いの女神アテナの役割りを果たしたということになる。


 しかし、神話のアテナの母メティスは、ゼウスと同化してしまっている。手掛かりは消えてしまった。大魔女は秘密を漏らさない。そこで王は花の精霊を探すことを諦めた。そういう話だった。







「ペルセース様は、お父様がゼウスになるためにアテナを産もうとし、紫のアテナを産むために赤い髪の女性を探してきたとおっしゃっていました。」


「まるで逆だ。紫のアテナは花の精の手掛かりにすぎん。……それにしても、秘密にしていたはずなのに、精霊のこともイオポッサの素性も、皆に知られていたのだな。」


 イオから周囲の認識を聞かされ、王は膝に手を付き項垂れて呟いた。


「ペルセース様に精霊のことは知られていないかもしれません。赤い髪の娘を連れてきたとおっしゃっていました。」


「……側妃が、彼女を看取って欲しい、娘を育てて欲しいと言ってきた時には、歓喜と絶望が同時にやってきたのだ。しかも、王妃の妨害で残された時間もあれと共には過ごせなかった。王妃はギリシャからの転移者で、先見の力もあったため、不甲斐ないことに逆らえなかったのだ。」




「王妃様は今どちらに?」


「今回も先見の力を使い、ペルセースがことを起こす前にパーシパエのところに逃げおった。……そなたのことも、使用人扱いをさせてすまなかったな。」


「いいえ、お父様。私はちゃんとカルオキペー様のところで幸せに育ちました。謝られることはありません。」


「カルオキペーは側妃からと王妃からと、それぞれにそなたのことを頼まれたらしい。……初めは楽しそうにしていたが、王妃がそなたの名前をイオポッサと名付けてから、様子がおかしくなっての。……酷い目には合わなかったか?」


「はい、優しくしていただきました。……あの、お父様。とある転生者の手記という本をご存知ですか? もしかしてカルオキペー様も、同じような本を読まれていたのかも……」


「……いや。知らぬ。」


「ギリシャ神話の知識について、異世界の言葉で書かれた本なのですが、そこにも起こることが予言のように書かれていました。ヘルメス様は、神話を演じても必ず同じ流れになるとは限らないとおっしゃいましたが、書かれたとおりにアルゴー船はやってきました。それと同じように、転移者の王妃様の知るギリシアでも、今回の騒動が起こっていたから避難できたのかもしれません。」


「つまり、先見の力ではない可能性があるということか……。よきことを聞いた。ここから出られたら、その本を読んでみることにしよう。」


「途中まではレウス様と、辞書を使って翻訳しました。今度お見せしますね。」


「うん? アイギアレウスは翻訳せずとも……」


 その時乱暴に入口のドアが開き、ペルセースが入ってきた。




「時間だ。」


 王がイオを背に庇って連れて行かせないようにしたが、へびのような肌をした屈強な兵士に両側から拘束されては、成人した孫がいる年の王には抗いようがなかった。


 イオはペルセースに拘束されて連行される。王と兄弟のはずだが、ペルセースは王に比べて随分若かった。







 部屋を出て、一行は館の裏側に向かう。


「あのっ! カルオキペー様ご夫婦はどうされていますかっ?」


 引ったてられながらも、イオは気になっていたことを何とか質問した。


「別棟に軟禁だ。」


「無事なんですね……」


 安堵したイオの足が少し止まった時、建物の影からスッと人が歩み出てきた。


「私のことは心配してくれないのですか?」


「アプシュルトス様!」


「何だ? 邪魔をするなら、お前も拘束するぞ?」


 行く先を塞ぐように立ちはだかるアプシュルトスに、気の急いた様子のペルセースが凄んだ。


「とんでもない、叔父上。私は提案に来たのですよ。」




「提案だと? 言ってみろ。」


「イオポッサに無事、叔父上の子を一人産ませた後は、私に下げ渡して欲しいのです。約束してくだされば、私はあなたに協力しましょう。」


「アプシュルトス! 貴様拾ってやった恩を忘れおったか?!」


 スパルトイ兵に拘束されながらも激怒する王に向かって、温厚だったはずのアプシュルトスが豹変した。


「私は……好きで、こんな世界に、来たわけじゃない! メデイアに殺され、冥府から戻されたのも束の間。妹に再会する間もなく、突然ここに飛ばされてきたんだ! しかもコルキス……。またコルキスにメデイアだ! 誰がこの世界に恩など感じるか! ……だがイオポッサがここにいるのならば話は別です。イオポッサさえいてくれれば、場所はどこだって別にいいんだ! ……だから一人だ。一人産むまでは待ってやる。私のイオポッサを連れ去りやがったアイギアレウスにくれてやるくらいなら、叔父上にしばし貸してやりますよ!」


「貴様! 何という言いようだ! 生い立ちを不憫に思って役を与えてやったのに……」


「おい、兄を黙らせろ。……アプシュルトスよ、いいだろう。我が後継者が産まれ、5才の歳まで育ったのを確認の後、お前に下げ渡そう。なに、それまでに何人か産ませればいいだけだからな。励めば何とかなるだろう。」


「5才……。いいでしょう。それで手を打ちます。」




 アプシュルトスの豹変に言葉を失っていたイオは、とんでもないことを勝手に決められそうになって、慌てて声を上げる。


「あの! あのっ!! 私イオポッサじゃありません!!」


「……何だとぉ? 前世の記憶がないくせに、なぜ君が妹じゃないと分かるんだ!?」


 満足げに微笑み、落ち着きを取り戻していたアプシュルトスが、イオに対しても一転、声を荒げ詰め寄った。


「キルケー様が! 思い出した言葉を並べれば、古代ギリシャ出身じゃないのは確実だって!!」


 王もスパルトイの手を振りほどき、再び口を押さえられるまでの間になんとか声を上げる。 


「赤い花の精霊はニホンから来た! ギリシアじゃない! だからイオポッサもアイぐっ……」


 それを聞いたアプシュルトスは目を見開き、激高から急転、表情を抜け落ちさせて後退った。


「妹じゃない……。イオポッサじゃ、ない? 私の、私のイオポッサは、ここにはいない……。あは、あははっ、また離れ離れ……あはは、あははは……」


 ふらふらとよろめきながら歩き、ブツブツと同じ言葉を呟きつつ視界から消えていったアプシュルトスに、さすがのペルセースもしばし言葉を失ったのだった。







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