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紫陽の女神と生命の円環  作者: 小澤ゆめみ
コルキス島の館
2/26

2 侍女と3人の男と色水



〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 ああ、姉様どうして……。



 恋に溺れた姉が次第に変わっていくのは気づいていたが、まさか私を殺めるほどだったとは。それも憎しみのためではなく、足止めの時間稼ぎのために……。


 優しかった姉が恋に落ちたのは神の戯れのせい。私を助け、冥府より呼び戻してくださったのもまた神の気まぐれ。そして……この世界に導いたのもまた神の御技。


 私はここで、これからどう生きればいいのか。またここで、同じことを繰り返すのか。そしてまた、殺されるのか……。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜







「アプシュルトス!! イオから手を離しなさい!」


 メデイアの怒鳴り声が聞こえると、その人、アプシュルトスはイオの髪から手を離した。


「この邪魔男! 私の侍女に手を出そうとはいい度胸ね。カエルに変えられたくなかったら消えなさい!」


 そう言ってメデイアは、アプシュルトスに指を突き付けた。


「あ、あのメデイア様、アプシュルトス様は何も……」


 慌てて声を掛けたイオに、メデイアは金色の目を怒らせて言った。


「あなた、侍女の分際で仕事中に男とサボるなんてどういうつもりなの? 早く戻りなさいよ。」


「姉上、彼女は花を摘んでいただけです。私が声を掛けて引き留めてしまっただけなんです。」


「あら、まだいたの? やっぱりカエルになりたいようね。」


 本当に指に光を灯らせたメデイアを見て、イオは二人の間に立った。


「メデイア様、お部屋に帰りましょう。お花が萎れないうちに花瓶に活けましょう。」


 イオは持っている花を少し持ち上げ、メデイアに微笑みかけた。


「ふん! そんなの、私の魔法でいくらでも元気に出来るけどね。いいわ、戻りましょう。」


 踵を返してずんずん歩いて行くメデイアを追いかけながら、イオはアプシュルトスに頭を下げた。アプシュルトスは苦笑いをしながら、手を振って見送ってくれた。






「イオが戻るのが遅いから、使用人棟から隣の控え部屋に、あなたの荷物を移動させておいたわ。今日からそこがあなたの部屋よ。」


 部屋に戻って早々、メデイアはイオにそう告げた。


「え? あ、ありがとうございます。」


 イオは記憶にない幼い時から使用人棟に住んでいた。幼いアルゴスの世話をしていた時でも、王族が住む本館に寝起きしたことはなかった。




「じゃあ、そこのグラスを2つ取って頂戴。」


 矢継ぎ早に出される指示に戸惑いながら、イオは花を抱えたまま棚からグラスを2つ取り、メデイアの前に置いた。


「残った花だけ活けなさい。」


 そう言ってメデイアが指を鳴らすと、摘んできた花がほとんど散って床に落ちた。


「はい……それでは失礼します。」


 ハゲた花束と部屋の花瓶を持って、イオは水場へ向った。







 ――戻るのが遅かったから、ご機嫌を損ねてしまったのね……。


 幼い頃のアルゴスもよく癇癪を起こした。何かのきっかけで機嫌が悪くなり、大暴れをした。だが後でよくよく話を聞いてみると、幼いアルゴスなりの理由があったりするのだ。


 ――アルゴス様と同じようにと、カルオキペー様はおっしゃっていたわ。よく理由を探らなくては、また同じことになってしまう。


 花弁が無くなって寂しくなったものを除いて活け、少ないながらもなんとか形を整え部屋に戻る。







「ただいま戻りました。」


「遅いわ! その辺りに置いておいて。あと、テーブルの上も片付けて頂戴。」


 メデイアは窓辺で本を読みながら、こちらも見ずにそう言った。テーブルの上にはトレーがあり、グラスいっぱいに花弁と水が詰まったものが2つと、何も入っていないボウルが一つ置いてあった。




 トレーを持ち上げる前に、零れそうなグラスの中身をボウルへ移す。見ればグラスにはそれぞれ赤と青の花弁が分けて入れてあった。


 それを白いボウルに移すと、花弁の色が移った水の色がよく分かった。始めは赤、そして青。すると不思議なことにボウルの中の水は紫色になった。


「わあ、すごい!」


 思わず声を上げたイオに、メデイアは苛立たしげにこう言った。


「あなたの髪みたいなその汚い水を、早く片付けてらっしゃい。」


「あ、はい。失礼いたしました。」


 イオはトレーを持って慌てて立ち上がった。部屋を出る寸前、追い打ちを掛けるようにメデイアが言葉をかける。


「昼食は他のものに用意させるから、あなたは食堂でおこぼれでももらって食べたらいいわ。私が呼ぶまで部屋で謹慎していなさい。」 


「はい、かしこまりました。」




 部屋のドアを閉めて水場へ向う。白いボウルの中には、本当にイオの髪の色のような紫の水と、赤と青の花弁が浮いていた。 




 ――赤と青の髪の両親からは、本当に紫の髪の子供が生まれるのかな。それにしてもメデイア様は……。


「ふふっ。」


「おや、何か良いものでも入っていたのかね?」


 廊下で声を掛けてきたのは、プリクソス様よりも年上の、金の髪の男性だった。 


「い、いえ、失礼いたしました。こちらはメデイア様がお作りになった色水です。」


「ほう、あのメデイアが。赤と……青の花弁に、紫の水とな。……して、お前は?」


「はい。私は本日よりメデイア様の侍女となりました、イオポッサと申します。」


「ふむ……なるほど、なるほど。その色水はお前の髪のように美しいな……。気に入ったゆえ、それを持って私の部屋までついてきなさい。」


「えっ、あ、あの……はい。」


 ――どうしよう。殿方のお部屋には入ってはいけないと、カルオキペー様に言われているのに……。置いてすぐに出れば大丈夫かな。


 金の髪は珍しい。王族の男性であることは確かだろう。







 後をついてしばらく廊下を進むと、後ろから声をかけられた。


「君、メデイアのとこの子だよね。なんか彼女、部屋でまた癇癪起こしてるみたいだよ。早く戻ったほうがいい。」


 イオが振り向くとそこには、朝にぶつかった金の髪の男性がいた。


「え! 大変! あ……でもボウルをこちらの方のお部屋に運ばないと。」


「ああ、じゃあ……あ、そこの人! ちょっと来てこのトレイをペルセース叔父上の部屋に運んでくれ。」


 朝の男性が廊下を歩いていた使用人を呼んで、イオの手から半ば奪い取ったトレイを彼に渡した。


「君さっき、外でもメデイアを怒らせていただろ? 急いだ方がいい。では叔父上、これで失礼します。」


「おい!」


 朝の男性はイオの手を取り、不機嫌に抗議の声を上げた年配の男性、ペルセースを振り返りもせず、急ぎ足で廊下を進んでいった。







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