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紫陽の女神と生命の円環  作者: ゆめみ
アイアイエ島
12/26

12 妹とおつまみと旅人




 今日もイオはスッキリと目覚めた。


 家族と一緒に眠るというのは、本当に良いものだ。悪い夢も見なくなった。きっと兄弟が沢山いる家は、ぎゅうぎゅうになって眠るのだろう。




 一方のレウスは何だか疲れている。急に不安になったイオは、レウスに尋ねた。


「もしかして私、寝相悪いですか?」


「いや、悪くないよ。気持ち良さそうに毎晩すやすや眠ってるね。……思ったより堪えるみたいだ。」


「やっぱり狭くて眠れませんか?」


「う、ううん。大丈夫。……そろそろ、コルキスに帰ってもいい頃かな。後で一度フクロウを飛ばしてみよう。」







 朝、いつ見ても困惑する執事の訪れ。


 蹄で上手にノックされる。今日はカートを、もこもこの羊が押してきた。


 やけに前傾姿勢の執事さんが押してくることもある。それでもレウスは何も言わない以上、イオにしか人の姿にに見えていないのだろう。




 ふとメデイアの言葉を思い出す。


 「動物になったと、本人も含めて見ている人間に思わせる」と言っていた。ただ「本当に変身させることができる魔女も他の島にいる」とも言っていた。


 それがこの島のキルケーのことなのだろうけど……。


「ちょっとだけ失礼します。」


 イオはそっと羊の背中を触ってみた。


「レウス様! レウス様も……」


「あーあ、触っちゃった。それ一応成人男性だからね。あーでも、野生と違ってフッカフカで柔らかいね。ゴワゴワ感が皆無だ。」


 レウスがわしゃわしゃ背中を触ると、抗議するように「メェ〜」と鳴いて、羊は出て行ってしまった。


「フッカフカ……」


 イオが愕然としていると、レウスがなだめるように近づいてきた。


「抱きつくなら俺にしてよ? キルケーの嫉妬は厄介だから。この金髪もそんなにゴワゴワしてないだろ?」


 おでこをコツンとぶつけながらレウスが言う。イオはレウスと頬をくっつけ合うのも好きだった。




 家族同然に過ごしていても、カルオキペーたちは主人としての距離を保っていた。実の母親との記憶もないイオは、人との触れ合いに不慣れだった。


 こうして一度触れ合いを知ってしまうと、しないことを寂しく思う。同時に、幼い頃にこそこういった触れ合いが欲しかったと、悲しくも思うのだった。


「……育て直し。」


「うん? 何か思い出した?」


「いえ、何でもありません。……朝ごはんを食べましょう。」


 相変わらず覚えのない言葉が口を出る。しかしイオにずっとあった、自分は何なのかという漠然とした不安も、レウスの温もりにじんわり溶けていくような気がするのだった。




 朝食をとりながら、ついにイオはレウスに打ち明けた。


「あの、レウス様。さっきの羊ですけど……私にはフッカフカには感じなかったんです。」


「おお! 俺の髪の方に魅力を感じてくれたのかな?」


「あー……えっと、はい。」


「ごめんごめん、冗談だよ。羊がゴワゴワしてたってこと?」


「背中が、上着みたいな肌触りで……。きっと執事さんの上着の肌触りだと思います。」


「つまり……変身前の感触だったってこと?」


「それもありますが……たまに羊じゃない状態の執事さんに見えることがありました。」


「それは……イオには魔法を見破る力があるってこと? そういう無効化の魔法を使えるってことなのかな?」


「無効化の……。私はやっぱり転生者じゃなくて魔法使いだったんでしょうか?」


「両方ってこともあるよね。転生者なのに魔法が使えないって場合もあるけど。転移者は……とりあえずアプシュルトスは使えないみたいだな。……それ以外の色のある者で、魔力がないってのはあまり聞かないかな。あ、エルフは白だけど。大地の色以外の、色を持つ者って意味ね。」


「だから色持ちは怖がられるんですよね。」


「そうだね……。王族やってると持ち上げられてる感じはするけど、やっぱり怖がられてるよね。その疎外感をこじらせると、メデイアみたいになるんだな。あの子は目が特別だしな。」


「キルケー様もですね。」


「……あそこまで開き直れると、人生生きやすいと思うけど。まあ、キルケー姉上なりに思うところもあるのかもしれないね。」







 食後にレウスがコルキスにフクロウを飛ばす。その後は日課のアリエスのチェックと海遊び。レウスが海で泳いでいる間に、イオは貝殻を拾っていた。


 イオは砂浜の端で、焚き火をしている人を見つけた。人だった。この島に人がいるなんてと不思議に思っていると、その人物に手招きをされた。


「やあ、お嬢さん。きれいな髪をしているね。ここに座って一緒にお茶を飲みませんか?」


「あ、はい。」


「これはみかんのお茶なんだ。砂糖を入れたから飲んでみてください。」


「あ、美味しいです。」


「こっちはモリーユ。アミガサタケともいうかな。味付け濃いめのおつまみにしてみたんです。食べてみてください。」


「あ、美味しいです。」


「……。私の子供を産んでみないかい?」


「え、それはちょっと……」


「はぁ、よかった。ちゃんと断ることもできるんですね。ちょっと心配しちゃいましたよ。」


「あの、大丈夫です。」


「知らない人からもらったものを、食べちゃだめってお母さんに言われませんでしたか?」


「……お母さんのことは覚えてません。」


「そうですか。では育ててくれた人に教わったことは何かありますか?」


「殿方の部屋には入ってはいけません。」


「その通りですね。守っていますか?」


「はい。……あの、兄弟は殿方のうちに入りますか?」


「うーん……。神々には当てはまりませんが、人であれば兄弟はよしとしましょう。」


「よかった。」


「兄弟がいるんですか?」


「はい、あそこに。」


「彼は……。そうですか。……ところでこの島の主に会ったことはありますか?」


「はい、お宅に滞在させてもらっています。」


「それはそれは。ではこのおつまみを、彼女の夫にもあげてください。変身が解けますよ。」


「分かりました。」


「それから彼女の母上に会ったことはありますか?」


「えーと……側妃様にはお会いしたことはありません。」


「では色んなことが片付いたら、一度会うといいでしょう。」


「はい。分かりました。」


「では、私はこれで……」


 立ち上がる男性にイオは問いかける。


「あの! お名前は?」


「私はしがない流浪の旅人ですよ。名乗る程の者じゃありません。」


「知らない人からもらった物を、キルケー様の旦那様には差し上げられません。」


「……そうですね。私はヘルメスといいます。では、お使いを頼みましたよ。」


 ヘルメスは、サッと焚き火の始末をすると、「さてさて、コルキスで捕まったもう一人の孫はどうなったかな」と言いながら、島の奥の方に消えて行った。




 レウスがオカメインコを連れて戻ってきたのはそれから少ししてからだった。


「イオ! やっぱりそろそろコルキスに帰ろう。あれ? 何持ってるの?」


「先程ヘルメスさんという男性に、このおつまみをキルケー様の旦那様に渡して欲しいと頼まれました。」


「ヘルメス……。マジで?」


「はい。」


「受け取ったの? 怪しくなかった?」


「髪が金でしたので、王家の方だと思いまして。」


「あー、そうなんだ……。うん。……イオ? 王家の人間じゃなくても、金の髪の者はいるんだよ。」


「獣人ですか?」


「それもあるね。でも普通の平民の中にも、金の髪は生まれるんだ。」


「そうなのですね。」


「でもって降臨した神や半神、その眷属と言われる異形のものや、エルフなんかにも金の髪の者はいるよ。」


「神……」


「だから金の髪だからって、すぐに従っちゃだめだよ。」


「分かりました。……でももう受け取ってしまった物をどうしましょう?」


「神に逆らうも地獄、魔女に逆らうも地獄……。怖すぎるから、ありのままに説明しよう。」







 二人は滞在の感謝と出立の報告も兼ねて、本館へとキルケーに挨拶に行った。


「おや、すまないね。昼間からこんな格好で。」


 執事に案内されて入っていった部屋には、ほとんど全裸のキルケーとたくましい体躯の男性がいた。


「紹介しよう。彼は情夫。名はオデュッセウス。私の二人の子供の父親さ。」







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