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紫陽の女神と生命の円環  作者: 小澤ゆめみ
コルキス島の館
1/26

1 侍女とイケメンと花



+++++++++




 転生者が死因を振り返る時、居眠り運転のトラックとか、スマホながら運転の車とか、どうしてひかれた本人が知ってるのかが不思議だった。


 私には走馬灯は見えなかったけど、ひかれる前に運転席って見えるんだ。私をひいたあの運転手は、落としたものを拾おうとしていた。その後の衝撃や苦痛は覚えてない。神のお慈悲だな。


 前世のことを思い出すまでに時間がかかったせいか、あまり記憶は鮮明じゃない。だけどこのテンプレな転生で、やっぱり覚えてるのはあのゲーム。一人のヒロインに沢山のヒーロー。眩しいエフェクト。交錯する人間関係。ヒロインがヒーローとめでたしで終わるとは限らない展開。


 男を沢山侍らしたい。魔法を使い放題のやりたい放題をやってみたい。子供も持ちたい。私が転生したこのなんだか不思議な世界、楽しみ尽くさなきゃ損だろう!




+++++++++







 イオポッサは急いでいた。今日から配置換えだ。ずっと世話をしていたアルゴスが、成人して役目のために出立したのだ。代わりに今日からその叔母の、メデイアの部屋に行かなくてはならない。


 子供の世話は楽しかったが、メデイアは20代後半。どういったお世話をすればいいのか。そんなことを考えていたらなかなか眠れず、朝寝坊をしてしまったのだ。




 その時、思い切り何かにぶつかった。衝撃の後、身を包む温かさ。ふと脳裏に浮かんだ何かを打ち消すように、上から声がする。


「大丈夫?」


 見上げたところにあったものを見た瞬間、私の口から音がこぼれた。


「あ、イケメン……」


「イケメン?」


「えっ? 私、今何を……」


「大丈夫? ぶつかって頭を打った?」


「いえ! いえいえ大丈夫です! 申し訳ありません! お怪我はございませんか?」


「ああ。私は大丈夫だよ。急いでいたようだけど、何かあったのかい?」


「あ! 遅刻しちゃう! すいません失礼します!」


 イオポッサが慌てて頭を下げて横をすり抜けると、相手は振り返ってこちらを目で追っているようだった。


 ――あの金の髪、王家の方だ。どうしよう、思い切りぶつかっちゃった。







 メデイアの部屋に着くまでの間に、イオポッサはさっきの人が誰だったのか、思い出すことはできなかった。


 ドアをノックして声を掛ける。


「メデイア様、イオポッサでございます。入ってもよろしいでしょうか?」


「どうぞ。」


 ドアを開けて中に入ると、メデイアは長椅子に寝そべってこちらを見ていた。


「遅いじゃない! まあ早く来てもすることもなかったけどね。あなたがイオポッサなの? 変わった髪の色ね。獣人なの?」


 入るやいなや、勢いよく話しかけれらてイオポッサは驚いたが、髪のことは初対面の相手には毎回聞かれることなので、いつものように答えた。


「両親が分からないので何とも言えないのですが、驚いても、危機に瀕しても、今までに一度も変身しなかったので獣人ではないようです。前世持ちかもしれませんが、まだ何も思い出すことはありません。転移者としてはあり得ない色なので、それはないそうです。」


 メデイアは自身の濃い金の髪を弄びながら気の無いように話す。


「そう。不思議な色もあるのね。ああ、でも赤も青もいるものね。そういう両親から生まれたのかもしれないわね。魔法は使えるの?」


「赤と青の両親……。そうなのですか?? あ、魔法は使えません。」


「そう。つまらないわね、イオポッサ……。長いからイオでいいわ。イオがここにいても役に立たないから、ちょっと花を摘んできてくれない? 赤と青と……まあ適当に。摘むまで戻ってこなくていいわ。」


「かしこまりました。」







 イオポッサ改めイオが、メデイアの部屋を退出して庭に向う途中、昨日までの主人に出くわした。


「あらイオポッサ。今日からメデイアのところではないの?」


 王の長女でありアルゴスの母であるカルオキペーが声を掛けてくる。この島の王家はとても気さくだ。


「はい。花を摘んでくるように言われました。」


「そう。あの子も……悪い子ではないのよ。アルゴスにしてくれたように、メデイアのこともよろしくね。」


 そう言って夫のプリクソスと腕を組んで歩いて行った。16才の子供がいるとは思えないほどの若さだ。




 イオは花が咲く場所に向かいながら、以前プリクソスから聞いた話を思い出していた。


 プリクソスには前世の記憶がある。ボイオティアという国に住んでいて、継母に追い出され、金の羊に乗って海を超えて、このコルキスまでやってきたのだ。前世の羊は空を飛んだが、今世では羊の船首像のついた船に乗って、同じ様にコルキスに来たらしい。


「海賊船だったりして。……えっ?」


 ――どうして私、そんなこと考えたんだろう。海賊といえば海の強盗。物語のように骸骨の旗を立てることがあっても、金の羊をつけるなど聞いたこともないのに。




 自分の思考を訝しく思いながらも、赤と青の花と、他にも数種類の花を摘んだ。




 そして戻ろうとした時、後ろから声を掛けられた。


「花を摘んでいるのですか? お手伝いしましょうか?」


 イオが振り向くと、栗色でカールした髪の男性がそばに立っていた。


「あ……いいえ。もう終わりました。ありがとうございます。」


「そう。では、お手をどうぞ。」


 そう言ってイオが立ち上がるのに手を貸してくれた。同じ位の身長、同じ位の年に見える。


「ありがとうございます。……あの、あなた様は……その、どなた様なのでしょうか?」


「ははっ。私はそんな大層なものじゃありません。しがない末息子ですよ。」


 ――どうして気づかなかったんだろう、私。カルオキペー様とそっくりの髪なのに。


「失礼いたしました。私は今日からメデイア様の侍女になりました、イオポッサと申します。」


「イオポッサ? 君が? いつから?」


 信じられないことを聞いたかのような驚いた顔で、男性が質問をしてきた。


「えっ? あの……メデイア様の侍女は今日からで、その前はカルオキペー様の所でアルゴス様のお世話を……」


「姉上の……。プリクソス義兄上から何か聞いたことはありませんか?」


「えっと、金の羊の船のお話を伺いました。」


「それだけ? ……カルオキペー姉上の所ではいつから侍女を?」


「アルゴス様がお腹に宿られてからなので……少なくとも17年以上前です。」


「……その前のことは覚えていますか?」


「覚えてはいませんが、母と共に別の島に住んでいたと聞きました。母が病に倒れたところで、縁あるこのお屋敷に住まわせていただいたそうです。」


「そうですか……。質問ばかりですみませんでした。イオポッサは、その、あなたは……キレイな髪をしていますね。」


 そういって男性は、イオの結び忘れた長い髪を手に取った。


「あの……お名前を……」











* * * * *




【コルキス王の館の人々】

〈親世代〉

 王、王妃、王弟


〈子世代〉

 カルオキペー……長女

 プリクソス……長女の夫

 アイギアレウス……長男

 メデイア……三女

 アプシュルトス……次男


〈使用人〉

 イオポッサ、他


【館以外】

 側妃、次女、孫はアルゴス他2人




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