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第8話「一周、あるいは二周」

 ほどなくして、ゴンドラのどこかから、スプレーを噴射したときのような音がし始めた。

 生ぬるい湿気が、密閉されたゴンドラの中に満ちていく。

 シュウはついつい息を止めたが、もちろん長くはもたず、また細く息を吸って、そのあと反動でむしろ胸の奥深くまで、霧の混じった空気を吸い込んだ。においはなかった。


 薄目を開けてみた。


 ゴンドラの中は、なるほど霧で満たされていた。

 が、その霧は、視界が利かなくなるほどのものではなく、想像していたよりも薄い。

 天井にある監視カメラの形が見て取れる。

 霧がこれ以上濃くなっていく気配もない。

 白い霧。

 もしかしたら、霧に色が付いていたりしないかな、とか思っていたけれど、そんなことはないのか。

 赤い霧とか青い霧とかだったら、ただの白い霧より幻想的だろうに。


 どうやらこのアトラクション、目を開けていても、さほど面白いことはないようだ。

 窓に付着した霧で、外の景色も見えづらくなったし。

 まだ眠気はなかったが、シュウは再び目を閉じた。



 ……。

 …………。

 ……………………。

 …………………………………………まだかな。

 ……………………………………………………………………………………。

 …………………………………………なかなか眠気が訪れない。

 ……………………………………………………………………………………。

 ……………………………………………………………………………………。

 ……………………………………………………………………………………。

 …………………………………………まだ、意識がはっきりしている。

 ……………………………………………………………………………………。

 …………………………………………五分、だったよな。

 …………………………………………このアトラクションの、致死時間。

 ……………………………………………………………………………………?

 …………………………………………遅すぎないか?

 ………………………さすがにもう、毒の効果が現れ始めてないと。

 …………これじゃ、五分以内になんて。


 ……変だ。


 これだけ時間が経っても、毒が効いてくる気配がない。

 ゴンドラは今、いったいどのくらいの位置にいるのか。

 それを確かめたくて、シュウはたまらず目を開けかけた。


 そのとき。


 キィ、と扉の開く音がした。

 乾いた外気が肌を撫でた。


「はい、お疲れさま。このゴンドラは〈ハズレ〉でしたー!」


 目を開けると、目の前には、死神姿の係員の笑顔があった。

 シュウは係員に手を引かれて立ち上がり、ゴンドラから降ろされる。


(……なんだ、これ。どうなってるんだ。なんで、俺は観覧車を降りてるんだ? 自分の足でこの観覧車から降りるなんて、ありえないし、あってはならないことなんじゃ……ないのか?)


 混乱するシュウを、観覧車からいくらか引き離して、死神姿の係員は言った。


「あ、ご存じありませんでした? この【ぎんいろ三日月ランド】では、ほとんどのアトラクションにおいて、一定確率で〈ハズレ〉が設定されているんです。最近になって取り入れられた試みなんですがね。――こういう遊び心もなかなか楽しいって、評判いいんですよ!」


 係員のその説明に、シュウはうなずく気力もなかった。

 ただただ、脱力していた。


「えーっと。それでは、お客さま、どうなさいます? お客さまのチケットはまだ三枚残っておりますが。続けてもう一回、このアトラクションに挑戦なさいますか? それとも――あっ、ちょっと失礼……」


 係員は、シュウを置いて、また観覧車に近づいた。

 真っ黒なそのローブの後ろ姿を、シュウはぼんやり見つめる。


 下りてくるゴンドラ……薄い霧を閉じ込めたそのゴンドラの中に、人の影が見える。

 動かない人の影。

 今度はその人を降ろすのかな、と思いきや、係員はそのゴンドラの扉を開けずに見過ごした。


(あれ? あのゴンドラに乗ってる人、もう一周するのか? ――もう一周、させられるのか? もう動いてないのに?)


 しかし、その次に降りてきたゴンドラは、係員によって扉を開けられた。

 今度は、そのゴンドラの中に霧はなく、男女二人組の乗客がはっきりとした色で見えた。

 係員は動かない二人を手早くゴンドラから降ろし、もとどおり扉を閉めた。


 そこで、シュウは気がついた。

 係員が扉を開けたゴンドラには、緑色のランプが点いている。

 係員が開けなかったさっきのゴンドラは、たぶん、赤色のランプが点いていた。


 ははあ、なるほど。

 おそらくこの観覧車、基本的に――ハズレ以外は――同じ人を乗せたまま、二周するのだ。


 一週目で、中の乗客は霧で死ぬ。

 でも、霧が残っているゴンドラを開けたら係員の人まで毒の霧を吸い込んでしまうから、そういうゴンドラはまだ危険で、赤ランプなわけだ。

 で、死体を乗せてもう一周している間に、ゴンドラ内には毒の霧を中和する薬剤でも撒かれるのだろう。

 毒の霧が消えて安全になったゴンドラは、ランプの色が赤から緑に変わる。

 そうすると、係員が扉を開けて中の死体を取り出すわけだ――……。


 そんな推測を巡らせながら、シュウは観覧車に背を向け、ふらふらと歩き出した。

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