第23話「夜、十一時になりました。」
シュウは、なんだか妙に気まずくなって、目を伏せた。
「……島雨さん。ハンバーガー、食べないんですか?」
「……ああ」
言われて思い出したように、島雨は、ようやくトレーの上の海老カツバーガーに手を伸ばした。
「海老カツバーガー、好きなんですか?」
「まあね」
「冷めちゃったんじゃないですか? それ。……新しいの、取ってきます?」
「いや、別に」
「でも……」
もったいない。どうせなら、作りたてのあったかいバーガーを食べればいいのに。
これが最後の食事なのだから。
「僕は……何かもうちょっと、取ってきますね」
そう言って、シュウは席を立った。
甘いチュロスを完食したら、今度はもうちょっとちゃんとした食事がしたくなった。
カウンターの前でしばし迷って、注文する。
最後の食事――ということを考えると、どうしても普段以上に悩んでしまったが、最終的にはカレーライスに落ち着いた。
何を食べるか迷ったときは、カレーを選んでおけばだいたい間違いないと思う。
席に戻ってくると、島雨はすでに海老カツバーガーとクラムチャウダーを食べ終えて、ぼんやりとイルミネーションを眺めていた。
トレーをテーブルに置いて、シュウは席に着く。
島雨が、振り返って「おかえり」と言った。
ただいま、と返すのも何か変な気がして、シュウは黙ったまま、プラスティックのスプーンでカレーとライスの境界線をかき混ぜた。
そうして、二、三口カレーを食べたあと、シュウはふと顔を上げた。
「島雨さんは……このあと、どうするんですか?」
「どう、って?」
「え? いや。……アトラクション」
それ以外に何があるというのだろう。
わかりきったことをわざわざ聞き返されて、シュウは少し腹が立った。
「もう、閉園まであんまり時間もないし。島雨さんは、何を選ぶのかなって……」
「俺は、何も選ぶつもりはないよ」
「……え?」
思わぬ答えに、シュウは耳を疑った。
アトラクションを「何も選ぶつもりはない」?
そんなわけにはいかないだろうに。
第一、それなら、なんのためにここへ来たのかわからないじゃないか。
島雨はいったい、何を考えているのだろう。
怪訝に思いつつ、シュウは黙々とカレーライスを口に運んだ。
一口一口、味わって、噛みしめて、ゆっくりと食べた。
しかし、そうやって時間を掛けて食べたのに、シュウのカレーの皿が空になっても、島雨はまだ動こうとしなかった。
――本当に、アトラクションを選ばないつもりなんだろうか。
(もし、最後までアトラクションを選ばずにいたら……どうなるんだ?)
疑問を抱きながら、シュウもまた、島雨の向かいで席を立たずにいた。
閉園時刻が、各アトラクションの最終受付時刻が、迫っているのに。
もうすでに最終受付時刻を過ぎたアトラクションもあるだろう。
ここでぐずぐずしていればしているだけ、アトラクションの選択肢は狭まっていくのだ。
早く、自分のためのアトラクションを選ばないと……そうしないと、この遊園地に来た意味も甲斐もない。
それは、わかっているのに。
なのに、ここにきて。
どのアトラクションがいいか、考えても考えても決まらない。
考えれば考えるほど、どうするべきかわからなくなっていく。
時間はどんどん過ぎていった。
そうして。
シュウがアトラクションを決められないまま、やがてまた時報が響いた。
『夜、十一時になりました……夜、十一時になりました……。当遊園地は、あと一時間で閉園いたします。……つきましては、この時間帯限定のアトラクション【最終列車】が運行されますので、まだお手元にチケットのあるお客さまは、ぜひともご利用ください。
……繰り返します。繰り返します。……これより、この時間帯限定のアトラクションが運行されます。アトラクション名は【最終列車】、【最終列車】でございます。……まだお手元にチケットのあるお客さまは、ぜひともこの【最終列車】をご利用ください……』
そのアナウンスが終わると同時に、フードコートの外で、拡声器を構えた死神姿の従業員が、辺り一帯に向かって呼びかけた。
『えー、先ほどのアナウンスにありました【最終列車】をご利用になるお客さまは、こちらにお集まりくださーい! これより、アトラクションの場所までご案内いたしまーす!
【最終列車】はチケット一枚からご利用できるアトラクションですので、お手元にチケットが一枚でも残っている方、まだアトラクションがお決まりでない方は、ぜひともこの【最終列車】をご利用くださーい……!』
従業員の黒いローブに、イルミネーションの光がてらてらと滲む。
鎌の刃もまた、数秒ごとにゆっくりと移り変わるその色を、より鮮やかに映し取っていた。
「……行くか」
溜め息交じりに、島雨が立ち上がった。
シュウは「え?」と思わず腰を浮かせる。
「行くって……【最終列車】ってやつに、乗るんですか?」
アトラクションは選ばないんじゃ?
シュウがそう目で問うと、島雨は、小さくうなずいて言った。
「何も選ばない――……選んじゃいないよ。……ただ。この期に及んで自分でアトラクションを選ばないやつは、【最終列車】とやらに乗るように――って。そういうことだろうからね」
そして、うなずいた顔をわずかにうつむけたまま、島雨は、
「――選んだことに、されてたまるか」
と、低く吐き捨てた。
いまいましげに震えるその声と、依然として涼しげな表情が、あまりにも不釣り合いで。
それはまるで、腹話術か下手なアテレコでも見ているかのようだった。
シュウは、自分も腰を上げ、島雨のあとに続いて歩き出した。
(……まあ、いいや。僕もアトラクションが決まらないことだし。この際、その【最終列車】ってやつで)
パンフレットにも載っていないアトラクションだったし、どんな内容のアトラクションなのかもよくわからないが。
(――いい死に方できるアトラクションだといいな)
そんなことを思いながら、シュウは色とりどりのイルミネーションの中を歩み、死神姿の従業員のもとへと向かった。




