第18話「救済処置」
シュウはゲームセンターの外に出た。
外は、もうすっかり暗くなっていた。
時刻を確認すると、ゲームセンターに入ってから五時間以上が経っていた。
あちこちでイルミネーションが輝いている。
夜の遊園地を、シュウはゆっくりと見回した。
まだ、ぽつりぽつりと、園内には人がいた。
昼間の賑わいは消えていたが、それでも、この時間になってもまだこれだけ人が残っているのか、と意外に思った。
(……出口って、どっちだっけ?)
それを探すため、シュウは歩き出そうとした。
そのとき。
パチ、パチ、パチ。と、背後から手を叩く音が聞こえた。
シュウは、軋む首を捻って振り向いた。
そこにいたのは、男だった。
観覧車のそばで見かけた、園を囲む鉄柵の近くで会った、あのくたびれたコートの男。
「ゲーム、クリアしたんだ。……すごいじゃないか」
首の痛みと男の言葉に、シュウは思わず顔をしかめた。
また、この人か……。
「なんで……。知ってるんですか。そんなこと」
喋ると、ひどく喉が嗄れていた。
シュウは咳き込んだ。何か飲みたかった。このあと、フードコートに行こうか。……いや、それよりも、駐車場に確か自販機があったような。
「君がゲームセンターに入るの、見てたから。どの個室に入るのかも。ヘッドギアを付けて個室に入って、そこからまた出てきたんだから、それは、ゲームをクリアしたってことだろう?」
涼しい顔で、男はそう答えた。
シュウはますます困惑した。
ずれている。
男が返したのは、なるほど、シュウの質問に対する答えには違いなかった。
でも、こっちが聞きたいのはそういうことじゃない。
聞きたいのは――この男の目的だ。
なぜ、この男は、自分の行く先々に現れるのか。
こっちの動向を、いちいち観察するような真似をしているのか。
ゲームセンターの個室に入るところを見ていて、そこから出てくるかどうかを、わざわざチェックしていた? ……いったい、なんのために。
そこがわからないから、気味が悪い。
でも……。
もう、なんだか、どうでもよかった。
数時間前、鉄柵の近くでこの男に会ったときに感じた、胃の底から込み上げるようなあの激しい不快感は、嘘のように薄れていた。
「ねえ」
と、男がまた話しかける。
「君がゲーセンで選んだのって、チケット三枚のアトラクションだよね」
「……はい」
「君さ、ゲーセンの前に、観覧車でも〈ハズレ〉を引いてたよね? ……ってことは」
みなまで言わず止めた男に、シュウはぼんやりとうなずいた。
腕が、軽い。
さっきから、両手がふわふわと浮き上がりそうになっている。
長時間ゲームのコントローラーを握っていたせいで、感覚が麻痺しているのだろうか。
「……あの」
顔を上げて、シュウは男を見た。
「すいません……。あの、出口の場所って」
それを、男に尋ねようとしたときだった。
誰かが、後ろから、シュウの肩をポンと叩いた。
「あのー、ちょっとすみませーん。■■シュウ様でいらっしゃいますか?」
振り向くと、そこには黒いローブの従業員がいた。
「■■シュウ様、で間違いございませんか?」
「……はい。そうですけど」
シュウが答えると、死神姿の従業員は、にっこり満面の営業スマイルを浮かべて言った。
「えーとですね。お客さまは、このたび、四枚のアトラクションチケットをすべて使い切ってしまったということで……。そういった場合、本来であれば、規則に従ってこの遊園地から退園していただくことになっているのですが。
――実は! 今回、特別に救済措置として、お客さまのご家族の三人様が使い残したチケットを、すべてお客さまが譲り受けられることになったのです!」
おめでとうございます! と、従業員は両手を上げてポーズを取った。
その手には、左右に数枚ずつ、トランプを持つように広げられたアトラクションチケットが掲げられていた。
頭上で色を変えていくイルミネーションの光が、金属板のチケットを染める。
青から、紫へ。
オレンジから、白へ。
移り変わるその色を、シュウは、ただ見上げて眺めた。
従業員が腕を下ろし、笑顔のまま、チケットを持った手をシュウのほうへ伸ばした。
シュウは、両手を出して、それを受け取った。
手の平の上に、冷たい金属板が次々と落とされる。
一、二、三、四、五、六。
家族が残したチケットは、ぜんぶ合わせて六枚だった。
「それではっ……! このチケットで、あらためて、良いご自殺を!」
お決まりの文句を口にして、死神姿の従業員は、一礼したのち、去っていった。
残されたシュウは、言葉もなく立ち尽くした。
“救済措置”……“おめでとうございます”……。先ほどの従業員の台詞が、イルミネーションのタイミングに合わせて、頭の中に浮かんでは消えた。
もとの枚数よりも増えたチケット。
手の平の上で重なり合うその金属板は、取り落してしまいそうに、ずしりと重かった。
しばらくしてから、シュウはチケットに目を落とし、ゆっくりと口を開いた。
「よかった……。チケット使いきっちゃって、どうしよう、って思ってたんだ……」
それは、独り言なのか。
それとも、すぐそばにいる男に言ったのか。
自分でもよくわからなかった。
なんとはなしに、シュウは、男の顔を見上げた。
男は、感情のない目でシュウを見つめていた。
その顔からはいっさいの表情が消え失せていて、どれほど薄い笑みさえも、今はそこには浮かんでいなかった。




