#3.2 ご褒美
さて、事は一件落着したようだ。
ビジネスライクな一室に放り込められたエリカは既にジャージに着替えている。赤いやつだ。最後の言葉でこの世を去ったかに見えたエリカだが、マリアが乱射していたのはペイント弾だ。当たると少々痛いが、こうしてエリカはピンピンしている。元気すぎて困るほどだ。
エリカ達を拘束したのはリョウの国の警備とマリア側の警備との混合チームだ。エリカは重要参考人として、保護の名の下、マリア側の監視下にある。国家権力による拘束ではないので、逃げようと思えばそれは可能だ。
しかしエリカに、その気は無いようだ。何故なら、まだご褒美を貰っていない。ここで待っていればご褒美をくれるに違いない。エリカはそう考えた。一体、何のご褒美だ。教えてくれ。
リョウの方は、エリカと違って豪華な部屋に陣取っている。これでも一応は王子だ。だが、今回の事件の張本人でもある。リョウの付き人連中は、さぞ怒り心頭であろう、と思いきや、そうでも無いようだ。しでかした事は許し難いが、その気持ちも分からんでは無い、といった雰囲気だ。土壇場でひっくり返したということは、そこまで追い詰められたとも言える。
リョウの国は吹けば飛びそうなくらいの小国。その国が何処なのかは国際問題に触れそうなので伏せておこう。
リョウの国に経済援助という美味しい話が舞い込んできた。その援助元の筆頭がマリアの父親が経営する企業だったりする。その経済援助をもっと引き出そうと、小国の大魔王はリョウを生贄に差し出した。逆にマリアの父親は、小国を牛耳るチャンスとばかり政略結婚を画策。両者の思惑と利害が一致し、今日に至る。
では、マリアの方はどうか。
マリアは政略結婚と知りつつも、特に反対はしなかった。マリアはお嬢様である。一般企業に勤めてはいるがお嬢様である。それ故なのか、性格的なものは分からないが出会いが極めて少ない。勿論、十分過ぎるくらいのお年頃である。異性の一人や二人いても可笑しくない美貌も持ち合わせている。しかし、いなかった。それはまるで自分を避けているのではないかと思える程だ。そこに舞い込んだ縁談話だ。相手にとって不足はない。
マリアはろくに知りもしない相手との結婚を承諾した。恋だの愛など、後からでもついてくるものと、そう考えたのかもしれない。真相は本人のみが知るところだ。他人が詮索するのは止そう。
ここまで話してくると、何だかエリカの存在が平凡だ。
人は肩書きや属性に支配されているわけではないが、逆に肩書きや属性で人を判断しやすい。そういった基準で見ると確かに平凡だ。多分、誰かがエリカにお土産を持たせたら、さっさと帰っていただろう。だが、それでエリカは満足する。なら、それでいいじゃないか。
◇
リョウ陣営はマリア側に詫びを入れなければならない状態にある。しかし、マリアのご乱心で一時待機中である。両家間では既に連絡済みで破断など有り得ないとなっている。まあ、そうだろう。
リョウ陣営は待機中、何もしない手はないと考えた。まずはどの程度、憤慨しているのかが分かると都合がいい。そこで、リョウと一緒にいた、あのメイドさんをスパイとして敵情視察に派遣することを決めた。まずは穏便にそれとなく。諜報活動の基本だ。
メイドさんも一緒に拘束されたが、メイドである。たまたま居合わせただけである。言い忘れたが、リョウ陣営のメイドさんは、この人、一人だけである。小国なので、わざわざ外国まで何人も連れ出せる程、余裕は無い。
◇
早速、メイドさんがワゴンを押しながらマリア陣営に向かう。
到着までの間、このメイドさんについて話しておこう。今はメイドさんをしているが、実はこの人、王女様である。なら、メイドに扮装しているのかというと、そうではなく正真正銘のメイドだ。彼女の国はリョウの国より更に小さい。実質、リョウの国の一部と言ってもいいかもしれない。そんなこんなで、王女というのは殆ど飾りのようでしかないようだ。まあ。王女様の国が反乱しないよう、側に置いている、と言った方が正確かもしれない。
メイドさんはマリアのことを知らないわけではない。それどころか仲の良い友人の間柄だ。結婚の事前調整で何度も顔を合わせている。前にも言ったが、マリアは異性どころか同性の友人も少なかったようだ。事務的なやり取りの際、同年代のメイドさんと意見が合ったようだ。
◇◇
そんなところで、メイドさんはマリア陣営の部屋の前に到着した。そこで、エリカが車椅子に乗せられ運ばれている姿を目撃する。どこか怪我でもして病院に行くのだろうか、と思いながらメイドさんは部屋に入る。ちなみにここは、52階建てビルの20階、現実世界である。荒れ狂うマリアを想像していたが、意外にも物静かであった。
マリアが一人パソコンに向かい、何やらペチペチパチンとやっている。勿論、ウェディングドレスは着ていない。普通の服だ。
なに? 普通ではよく分からない? よかろう。
服の大半は東南アジア製だ。その販売元が国内企業になっている。仕立ては良いのだろう、それなりに高い。ボッているのかもしれんが。洗濯も可能だ。いろいろなマークがラベルに並んでいる。服のサイズはマリアには少々小さいのかもしれん。キツキツだ。金があるのなら新調したほうがいいだろう。以上、詳細報告終わり。
メイドさんに気が付いたマリアがその手を止め、呆れた顔を向ける。
「あれは、ないんじゃない」
「それは、あなたの設計でしょう」
マリアが言う『あれ』とは、メイドさんが投げたトレイのこと。メイドさんが言う『それ』とは、トレイが爆発したことだ。
『設計』とは、あれだ、後で説明しよう。
マリアは思いのほか怒ってはいないようだ。だが、その顔には別の陰謀が隠れているような気がする、とメイドさんの直感が騒めいた。それは、メイドさんの歩んできた経験か、はたまた女の直感か。
メイドさんは左の肩をチョコンと動かすと、マリアを窓際に誘った。この肩の動作、どこかで見覚えがあるだろう。そう、エリカが大五郎Sに指示を飛ばした時と同じだ。
たわいもない女子トークも終わりメイドさんはマリアの部屋を後にする。マリアはその後もパソコンに向かい、ペチペチパーンを続けた。
ペチペチパーンの正体は”青い山脈”の設計らしい。マリア=花子Bは田辺部長の部下である。タナベが言っていた ”新世界構想” が準備中であると言っていたのを思い出して欲しい。そしてマリアは、その”新世界構想”の設計者の一人だ。
”新世界構想”には 20000F がある。そこにマリアが乱入できたのは、そういう理由からだ。だが、そこにどうやって行き着いたかは企業秘密となっている。これらのことから、”青い山脈”とは ”新世界構想” の一部らしいと推測できる。
◇◇