#3.1 戦場のマリア
エリカ達の居所が分かったので、ここではっきりしておこう。52階建てビルの20000階。正しく天空の魔王城とは、よく言ったものだ。
豪華絢爛な食堂室で、ヘタレのリョウ王子はコーヒーカップ片手に椅子に座っている。その手は妙に震えているではないか。まあ。それもそうだろう。映像越しとはいえ両親からこっぴどく叱られたのだから無理もない。
『僕の本当のお嫁さんは彼女だー』とエリカを指差したものの、一心不乱に食べ続けるエリカの姿は、花嫁とは縁遠い。そもそも、そんな息子の戯言に付き合うほど大魔王は暇ではない。強制的に再試合、いや結婚式のやり直しを一週間後と約束させられた。
大魔王はお怒りである。そのまた国民も怒り心頭である。よくそんな大胆なことが出来たものだ。と言ってもリョウは式場から逃げただけだ。行為自体は大したことではないが、その結果の代償があまりにも大きい。そんなことはヘタレのリョウにも、多少は分かるはず。
名探偵タナベが導きだした解は、段取りが良すぎる、ということだ。リョウが式場が逃亡しつつ、途中で偶然にも”約束の君”ことエリカを見つけ、うまいことに天空の魔王城に逃げ込んだ。これは、とてもではないが咄嗟に出来る所業ではない。計画性があるとタナベは睨んだ。そして、その計画の立案者は内部事情に詳しいときている。
怪しいのは花子Bだが、彼女は被害者だ。ならばエリカか。それは天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。なら、そんな芸当が出来るのは誰だ。俺か? 冗談だ。
◇
エリカは満足した。腹は満たされ、これ以上望むものは無いだろう。
(まだ、お土産を貰っていない)
エリカに満たされない物があるとすれば、それしかないだろう。だが、ここで待っていても土産は出てこない。場所が違うのだ。
そんなエリカの、心の隙間を埋めるべく、デザートがメイドさんの持つトレイに乗ってやってきた。エリカは満たされていく。あとは土産を貰うだけだ。
デザートがエリカの目の前に配置されると、目と頬を丸くし、手に持つ小さなスプーンが喜びに震えた。
それを見ていたリョウも、何故か癒されるのであった。人が美味しいそうに食べる姿は、見ている者の気持ちも満たしてくれる。それは、これを持ってきたメイドさんも同じようだ。まるで、子供の食事を見守っている親のようではないか。
◇◇
エリカ達のいる部屋の一番奥手の扉が元気よく開いた。いや、元気すぎて吹き飛んでいくではないか。しかしエリカはデザートに夢中だ。心を奪われている。代わりにリョウとメイドさんが見届けた。
そこから純白のドレスを着た若い女性の登場だ。その手にはサブマシンガン、その足元には大黒屋がお供している。
「私のリョウは、どこー」
その叫び声に、一瞬だけエリカは視線を向けた。
(花子Bだ。かっこいい)
だが、それは一瞬の気の迷い。デザートを口に運び幸せを噛みしめる。
「いたー。死んで詫びよ!」
花子Bはリョウに向け、いや、狙いなど定めずにサブマシンガンを撃ち始めた。これを乱射という。花子Bもご乱心だ。
リョウとメイドさんがテーブルの下に身を隠す。代わりにエリカがテーブルの上で食している。飛び跳ねる銃弾が、あらゆるものを打ち砕く。見かねたメイドさんがエリカのスカートを引っ張る。
「大丈夫ですよ」
エリカは平気な顔をしてデザートを食べ続けた。何が大丈夫なのかは誰にもわからない。しかしデザートが被弾しそうになると、その皿を持ってエリカはテーブルの下へと避難する。
「泥棒猫の良子(仮)。よくも私を騙したわね。アホだと思っていたのに」
花子Bのご乱心は静まることはない。エリカを見て余計に怒り心頭のようだ。その怒りに任せて大黒屋を蹴飛ばした。大黒屋は空中で体制を立て直し、軟着陸に成功。世界は一変した。
ようこそ、戦場へ。豪華絢爛な食堂室は瓦礫だらけの戦場へと変貌した。曇った空。所々に立ち上る黒煙。崩れかけた建物。まさに殺伐とした光景が広がる。
エリカ達が身を隠していたテーブルは、高さ1m程のコンクリート塀にチェンジ。その塀に背中を預け、エリカはデザートを食べようとしたが、それはもう食べ物とは程遠い存在と化していた。悲しみに暮れるエリカはリョウを睨みつける。
(これを、どうしてくれる。一生詫びよ)
リョウは白旗を掲げ命乞いを始める。
「マリアー、降参だ。もう、止めてくれー」
花子B=マリアのようだ。この情報は信用できるのか?
「出てきなさい、リョウ」
「撃たないでくれ」
「問答無用」
(拉致があかん。詫びてこい)
エリカが中腰のリョウの尻を蹴飛ばした。
「さあ、勇気を持ってお行きなさい」
エリカの激にリョウはその場に立ち上がった。
「アーハハハ」
マリアの高笑いの後、リョウは蜂の巣になった。全身、真っ赤に染まる。リョウは、ただの”要洗濯”となりはてた。
「交渉は無理のようです」
今まで沈黙していたメイドさんが冷静な状況分析を行い、反撃を開始する。メイドさんの唯一の武器、トレイをマリア目掛けて投げた。だが、所詮はトレイ。あらぬ方向に飛んでいくではないか。
マリアはそれを目で追っていたが、途中で止めた。無駄な動きがない。だが、それが裏目に出る。トレイは爆弾と化し、空中で大爆発を起こす。油断したマリアが『あれ〜』と爆風で飛ばされた。
(私も、したい)
エリカは大五郎Sを思い出した。あれを投げよう。そう思ったが、いち早く大五郎Sは逃亡していた。
(私も、したい)
エリカは戦場を優雅に歩く大黒屋を見つけた。
「大黒屋、こっちにいらっしゃい」
エリカは大黒屋を呼ぶが、ピクリともしない。
「アーハハハ」
ゾンビの如く立ち上がったマリア。着ていた服が、かつてはウェディングドレスだったとは思えない程、ただの布切れと化している。何かが透けて見える。だが、それ以上は言えぬ。
「大黒屋ですって? さあ、いらっしゃい、白井商店」
マリアがそれを呼ぶと、白井商店がマリアの足元に馳せ参じる。
(いい名だ。だが、しかし)
エリカは裏切り者には容赦しない。エリカは右足の靴を脱ぎ、それを白井商店に向けて投げとばす。しかしそれも、あらぬ方向に飛び去って…は、行かなかった。何故か風に吹かれ、エリカの執念で白井商店に命中。白井商店は、コテッと倒れた。
すると、どうだ。今度は戦場から、荒れ果てた食堂室に戻った。
(我々の大勝利だ)
勝利を確信したエリカが立ち上がる。そしてゾンビマリアを見て、ニヤリ。
「招待してくれて有難う御座います。お土産がまだですよ」
何を言っているのか分からないゾンビマリアは、エリカに向けて乱射。エリカの白い服が真っ赤に染まっていく。
「これがお土産なのか……」エリカ、最後の言葉である。
(絶対、クリーニング代を請求してやる)エリカ、最後の思いである。
棒立ちのエリカに、更に不運が続く。これが定めというやつだ。エリカ達の一番近い扉が開き、そこから屈強な男達が乱入。エリカ、リョウ、メイドさんが拘束され、ついでにゾンビマリアも拘束された。
後には白井商店と大五郎Sだけが残された。
「ニャー」