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彼女の帰還  作者: Tro
#2 天空の魔王城
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#2.3 下界でショウ

さて、エリカの食事中に下界の様子を話そう。とうに結婚式は始まっている頃だ、言いたいところだが、そうではない。


式場ではショウの始まりを待ち侘びている老若男女で一杯だ。そこには良夫(仮)もいる。良夫(仮)は良子(仮)、今はエリカの姿をストーカーのごとく探したが、当然のごとくいるはずがない。それはそれで良夫(仮)にとっては安心出来ることでもあったようだ。何せ、心配の種が一つ減ったのだから。これでショウが滞りなく進む。万事、平穏が一番と良夫(仮)は考えた。


しかし良夫(仮)はアホだ。エリカがいないだけで安心安全が訪れるなど、浅はかとしか言いようがない。入場料を支払ったエリカがいないだけで大問題にすべきだ。


そんなアホな良夫(仮)はさておき、ショウは時間が過ぎても、一向に始まらない。


まさか、結婚する前に離婚したか?それは無理というもの。誰も考えないだろう。しかし俺は考えた。それも”あり”かもしれん。ここは下界、何が起こっても不思議ではない。


老若男女が騒ぎ始めた。それもそうだ。きっと心の中では”金を返せ”と叫んだに違いない。でも俺なら、そうは思はないだろう。金が全てではない。きっと新郎新婦のことを憂いたに違いない。俺とはそういう男だ。


そうこうしている間に、司会者が会場を鎮めるため登場してきた。これで何かが始まる。みんな、そう思っただろう。だが、しかし。


「ご来場の皆様。大変申し訳ありません。本日の結婚式は事情により延期となりました――」


老若男女が本格的に騒ぎ始めた。無理もない。そんな連中だ。俺なら黙って帰っただろう。あくまで、”だろう”だが。”延期”になっただけで”中止”ではない。まだチャンスはあるだろう。


そう思っている男が、この会場に一人いた。花嫁、花子Bの上司である田辺部長だ。だが、今日は休日、一介の個人に過ぎない。だから区別のために以降、タナベとしよう。


そのタナベの元に使者が訪れ、何やら耳打ちをしている。何を話しているのかは分からない。その間にこやつの生き様を話そう。


タナベは推定55歳。この会場に一人でやってきた。何故一人なのか。それは察して欲しい。苗字のタナベは本物だ。だが、下の名前は不明。タナベの半生は、とても順風満帆だったとは言い難い。それも察して欲しい。


これでタナベの全人生を語った。あとはお迎えを待つばかりだ。達者に暮らせ。



タナベは、内緒話が終わると席を立ち、混乱する会場に身を投じた。『ここはどこ、私は誰?』などと錯乱した者がいるかと思えば、『私の人生を返してー』と泣き叫ぶ者もいる。


”お前の人生なぞ、その辺で売っているだろう”そんなことを思いながら、人を掻き分け、前に進む。そして会場の外に出ると、ある部屋に忍び込んだ。それは、尾行を警戒し、指差確認で部屋のドアを開けた、ということだ。


部屋の中は暗く、スポットライトが床と椅子だけを照らしていた。この部屋が、どのくらいの広さなのかは見当がつかない。


「そこの椅子に掛けたまえ」

声は聞こえるが、その人物は見当たらない。


「何か、仕掛けるがあるんじゃないのか」


タナベは警戒しているようだ。無理もない。こいつは、そうやって生きてきた。


「仕掛けは……無い」

タナベは、歯切れの悪い返事を不審に思ったが、立っているのも疲れたようだ。


「信じよう」


タナベは、椅子に座った。満足したようだ。


(仕掛けは無いようだ。どうやら本気らしい)


「君も知っているように結婚式は延期になった。それで」

「ちょっと待った。それを俺に話してどうするつもりだ?」


タナベは左腕を伸ばし、そこに誰かがいるかのように静止した。


「話しは最後まで聞いて欲しい」

「良かろう。ただし、今の俺はタナベだ。宜しく」


「わかった。では続けさせてもらう。実は……新郎が逃げてしまった」

「よくあることだ」

「君も知っている通り、新郎の父親は我が社の重要顧客だ」

「それがどうした」

「花嫁は君の部下、それも、あの企業の社長令嬢だ」

「それがどうした」


「重要顧客は我が国の要人でもある。新郎もそうだ。言ってはなんだが、政略結婚だな」


「それがどうした」

「式場は我が社のビル内だ」

「それがどうした」


「なら、これならどうだ。新郎は君の部下、良子(仮)を盾に花子Bとの結婚を破談にしようとしている」


「良子(仮)が? それがどうした」


「今はエリカと名乗っているそうだ。彼女と結婚の約束をしていたから、花子Bとは結婚出来ないと」


「今更、何を。それがどうした」

「これらをまとめて、何とかしたい」

「すればいいじゃないか」

「だから、君に頼んでいる」


「そうだろう。だが、断る。逃げた新郎を連れ戻しても、今更、花嫁とは、くっつかないだろう。なら、さっさと破談にしたほうがいい。良子(仮)、自称エリカはアホだが、飽きたら戻ってくるだろう。ということで、放っておくのが一番だ。だが、腑に落ちない点がる。あのヘタレ王子が今回の騒動を一人で画策したとは思えない。誰かが裏で手を引いていそうだ。ところで、花子Bはどうしている?」


「花子Bは行方不明だ」

「なに! それは厄介だな」

「それはいい」

「いいのかよ」


「現状では、誰も納得していないということだ。新郎新婦しかり、両家しかり、おまけに両国の関係も同様だ」


「おいおい、国際問題にしよってことかい?」


「君の言う通り、放置が一番だ。だが、全ての当事者が早急な解決を望んでいる。破談は免れないとしても、誰もが納得出来る落とし所を探って欲しい」


「話しはわかった。だが、断る。ヤバイことには首を突っ込むな、と田辺が言っている。だが、引き受けよう、とタナベが言っている。ただし、俺に任せるのなら、それなりの覚悟があるってことだよな」


「勿論、覚悟は、ある」


今まで姿が見えなかった男が、暗闇から出てきやがった。それも素っ裸でだ。


「お前、ずっとその姿で隠れていたのか?」

「そうだ。これが俺の、覚悟だ。よく見ろ!」



タナベが部屋から出てきたが、その顔色は悪い。当然だ。今にも吐きそうだ。その張本人は ”我が社” と何度も言っていたから分かるだろう。


タナベは式場に戻った。何故なら空腹だったからだ。式場では既に片付けが始まっていたが、食えるものを片っ端から口に詰める。”腹が減っては戦はできぬ”と思いながら、こいつも何かの元を取ろうとしていた。


腹が満たされたタナベは式場を出て、ベンチに腰掛ける。さあ、どうしたものかと思案するが、タナベは有能ではない。部下あってのタナベだ。だが、今日は生憎の休日。その頼れる部下はいない。


そこで当てにしたのが同僚だ。早速、その同僚に連絡をつける。すると、同僚は直ぐに来てくれた。


「ニャー」


同僚だ。猫のようだが勿論、その目つきは違う。営業部長型成果主義系汎用アツシ号だ。


「まず、花子Bの所在が知りたい」

「ニャー」


成る程、このビルの20F付近にいることが分かった。どこかで泣き崩れているものとばかり思っていた。気晴らしに、そんな所にいるのだろう。眺めも良さそうだ。


次にエリカの所在を調べてもらう。成る程、このビルの20000F付近にいることが分かった。このビルは52階建て。背伸びをすれば54階くらいには、なるかもしれない。どこかでアホなことをしていると思ったが、そのようだ。


次にヘタレ王子の所在を調べてもらう。成る程、このビルの20000F付近にいることが分かった。ヘタレとは冗談のつもりだったが、本当のようだ。


タナベにとって 20000 とは意味の無い数字ではない。今、準備中の新世界構想がちょうどその高さにある。そこに二人が潜んでいるということは、内部情報が漏れている可能性がある。


それは由々しき事態である。タナベが長年取り組んできた新世界構想が、公式発表前に世間に露呈されては困る。タナベ自身にも対処すべき問題が見つかったようだ。これでやる気が増すだろう。しかし、最大の不確定要素であるエリカの存在が、タナベを悩ますのであった。



孫娘が何やらニヤニヤとしている。


『エリカ〜』

ああ、それがどうした。


『エリカは、大きいお姉さんの名。ということは良子(仮)は母なのであろう』

お前は、それでいいのか?


『それは……』

では、深く考えぬことだ。


『しかし……』

お前にもいずれ、真実がわかる時が来るだろう。


俺は孫娘の空腹を解消するためにレストランにやって来た。

早速、孫の料理が運ばれてきたぞ。


『美味である』

お前は母と違って魚料理が好きなのだな。


『やはりあれは母なのか』

お前が大人になった時、確かめれば良い。それまで俺が生きていれば良いが。


『わかった』

そういう時は長生きしてね、とかは言ってはくれぬのか。


『それは人の定め。運命には逆らえぬ』

確かに。では、運命に従ってみよう。


『良い心がけだ。精進いたせ』

はは〜。

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