#2.1 恋の約束
今日は孫娘に召喚され、異世界にやって来た。
だが、召喚されたわりには歩いて来たのだが。
異世界の城門で部屋番号をピピっと押す。
『誰だ。名を名乗れ』
お前の大好きな俺だ。
『よかろう。では、合言葉を。山』
比叡山。
『うむ。では、川』
そうきたか。なら、利根川。
『よかろう。では、達者で暮らせ』
城門を開けてはくれぬのか。
『それを欲するのか』
欲する。
『仕方あるまい。粗相の無よう参れ』
はは〜。
◇
さて、良子(仮)が姿を消した辺りから話を続けよう。
黒い猫と良子(仮)は新世界へと旅立った。何故、異世界かと言うと、良子(仮)は自分の目の前に、膝をつく若い男が自分の手を握っていたからだ。さっきまで自分が支配していた黒い猫が人に化けている。これを異世界の仕業と言わなければ異世界なぞ存在しないだろう。だが、待て。新世界なぞ、そこら中に存在しているではないか。まあ、その話は止そう。
化け猫に手を握られて平気な人はいないだろう。当然、良子(仮)もそうだ。良子(仮)は、さっと手を引くと、その化け猫にビンタを食らわす。それも往復ビンタだ。
(こやつ、倒れぬではないか)
おいおい、何時まで続けるつもりだ。
「君を見つてんだった」
化け猫は、しどろもどろになった。しかしそこはオスだ。立ち上がり良子(仮)の両手を封じた。
「キャ、私をどうするつもりなの。ワタシハ、ニホンジンデ〜ス」
化け猫は、日本人離れした顔をしていたんだ。良子(仮)は咄嗟に外国人風の日本語を付け加えた。
「やっと見つけたよ。僕の花嫁さん」
化け猫は、良子(仮)よりも遥かに背が高い。良夫(仮)よりも高い。だが、何よりも頭が高い。
(何だ? こいつは異常者か。ヤバそうだ)
「離してください。その手を」
そう言いながら良子(仮)は、掴まれた手を上に挙げた。化け猫も、それに合わせるように手を挙げる。今度はそれを、良子(仮)は下げる。それを2回、3回と素早く繰り返すと、化け猫から手を抜くことに成功。
良子(仮)は、その勢いで化け猫の顎に良子(仮)パンチを入れる。化け猫はよろめき、その隙をついてボディーにヒット、胸のあたりにもヒット、トドメに顔面パンチで K.O だ。
良子(仮)は、近くにあった豪華な椅子に座り、周囲を確認する。部屋の中は現代風に豪華。大きな窓には空が見えるが、その窓は開きそうもない。
(ここは、どこだ? 私は……何時もの私だ。良し)
化け猫は、打ち所が悪かったのだろう、まだ床で伸びている。良子(仮)は、椅子の隣にある小さなテーブルに呼び鈴があるのを発見。早速チリ〜ンと鳴らしてみる。すると案の定、メイドさんの登場だ。
メイドさんは床に転がる化け猫を見て、『あらあら』と言うだけで無視する。
「御用でしょうか」
「はい。何か飲み物を頂けるでしょうか」
おい、良子(仮)。おかしいだろう。……まあ、良い。
良子(仮)は、グラスを片手に寛いでいた。何にせよ、入場料……ご祝儀を取られた以上、式場に戻り腹を満たしたい。ただ、それだけだ。
「嫌いじゃないぜ、イテテ」
化け猫が復活した。化け猫は良子(仮)の近くの椅子に座り頭をさすっている。
「気が付かれましたか。ところで、ここはどこですか、私を誘拐したんですか」
化け猫はニコニコしながら、生い立ちを語り始めた。いや、違うか。
「僕はリョウ。ここは僕の城だ。そして君を誘拐した、わけじゃない」
「誘拐ではないのなら、何ですか」
「さっきも言ったように、僕は君を見つけた。覚えていないのかい? 僕との約束を」
良子(仮)の頭がフル回転を始めた。過去に遡り、交わした約束を呼び覚ます。しかし、答えは NO だ。そもそも、約束などいちいち覚えてはいない。そんなものは早く忘れるに限る。しかしだ。探りを入れよう。そう答えが出たらしい。
「ごめんなさい。私、幼い頃の記憶が無くて、グスン」
「え! そうなのかい? それは困ったな」
「宜しければ、そのお約束の事、聞かせて頂けませんか。もしかしたら思い出せるかもしれません」
ここで注意が必要だ。
良子(仮)はずっとグラスを片手に持って寛いでいる。その状況に変化はない。ついでに足まで組んでいる。要は豪華な椅子に踏ん反り返っているわけだ。それでこの台詞だ。俺なら今頃吹いている頃だ。
「あの約束とは……」
化け猫、いやリョウが座っていた椅子から立ち上がり彷徨き出した。そして良子(仮)に背を向けると、遠くの記憶を手繰り寄せている。そして、ポンと手を叩くと、何かが釣れたらしい。
「君と初めて出会った幼い頃、僕達は直ぐに恋に落ちたんだ。どうしてだろう、そこに深い穴があったんだ。恋というブラックホールがね。僕達は光を求めるように、互いを求めるようになった。しかし僕達には時間が、う〜ん、時間はあったな。
とにかく僕達は、う〜ん、僕達を引き裂く、ある出来事が起きたんだ。僕達が最後の時を迎えた時、次に会う時は結婚しよう、と言ってそれを別れの挨拶にしたんだ。これが約束の全てだ」
「ニホンゴガ、オジョウズデスネ」
「ああ、僕は日本生まれなんだ。だから君に出会えたのささ」
「ささ?」
「さ」
良子(仮)はリョウの言葉、その悲しい別れに、顔を暗くしていた。
(怪しすぎる。こやつ、何者だ。もう、付き合ってはいられない)
「ごめんなさい。私、やはり思い出せないわ、グスン。今日のところは帰らせてもらいますね。お家でゆっくりして、そうしたら、何か、思出せるかもしれません」
「そうか。それは悪いことをした」
(いや、それ、犯罪だから)
「でも、僕は、外国の王子なんだ。どこの国とは今は言えないが。それに……」
(王子がどうした。はよ、言え)
「それに、本当は、僕は大人になった君の顔が分からなかったんだ」
(なに?)
「でも、君があの結婚式に来てるって情報を知ってから、居ても立っても居られず、歩いたんだ。分かるだろう? 君になら」
(わからん。はよ解放せよ)
「そして君を見つけたんだ。情報では式場で一番可愛く美しい人だって。だから僕は君を見つけた時、思わず拉致ってしまったんだー」
(なぬ。一番可愛く美しい人だと。それは間違いなく私のことだ。その情報は正しい)
良子(仮)はグラスを一気に煽り、喉を潤した。ちなみに良子(仮)が飲んでいたのは、ただのジュースだ。良子(仮)は、酒は飲まない。飲めないと言った方が正確だ。だが、飲んだことが無い訳でもない。酒の香りだけで笑い、一口飲めば吐く。ただ、それだけだ。
「ああ、何んということでしょう。少し、少しだけ記憶が…」
そう言いながら良子(仮)は椅子から立ち上がり、窓際に立った。そこには緑豊か田園風景が続く。それを、かなり高い場所から見ているようだ。落ちたら危険だ。窓が開かないのも納得。
(間違いない。私は異世界に来てしまったようだ。ではここは魔王城か)
リョウが良子(仮)の後ろに立ち、肩を触ろうとしが。その手は電撃によって排除された。そうだ、良子(仮)の肩には大五郎Sが鎮座している。何かを隠すようにリョウが解説を始める。
「ここはビルの20階に相当するんだ」
「ビル?」
「あ、ここは浮遊城なんだ。だから、その、ビールが飲みたいな」
「ビール?」
(成る程。現代に近い異世界のようだ。ではここは魔王浮遊城か。プカプカだな)
その浮遊城が揺れだした。まるで地震のようだ。
「キャ、地震? 浮遊城で?」
「あ〜、ここは地震が多いんだ。浮遊城と言っても地上と繋がっているからね」
「そうなんですか」
(プカプカじゃないのか、魔王浮遊城)
「君と出会えて僕は嬉しい。でも急なことで君も混乱していることだろう。2〜3日、ここでゆっくりしながら僕達のこと、考えてくれないか」
(2〜3日? 式が終わってしまうではないか)
「でも」
「ああ、そうだね。まず、食事でもしながら、それからだね」
良子(仮)は嬉しさのあまりリョウの方に振り向いたが、すぐに両手で口を隠してしまった。何の事は無い。涎が出そうな口を隠しただけだ。
◇
『私は空腹だ。用意いたせ』
孫娘が飯の話で腹が減ったようだ。まだまだ子供だな。
しかし、料理長は不在。俺には不可能だ。
俺に包丁を持たせたら、切腹しかねん。勿論、冗談だ。
仕方あるまい。ちと、下界に冒険と洒落込もう。
『旅の支度は出来た。さっさと案内せい』
はは〜。