#1.2 結婚式場で会おう
良夫(仮)は自分の机の上で、手をコネコネしている。何をしている? お前の仕事は何だ?
良夫(仮)の手には何も無い。まるでマジシャンが手品をしているようだ。これで良夫(仮)の仕事はマジシャンと断定した。
「ふう〜、やっと出来た」
何が出来たというんだ。こいつは馬鹿か。まるで透明な箱を持つように、その何も無い空間を見てはニヤリとしている。そんなことより、何か芸を見せてくれ。それがお前の仕事なのだろう。
良子(仮)の足元に辰五郎がやってきた。正確には”辰五郎”という文字がやってきた。何を言ってるかって? 良子(仮)の足元に”辰五郎”という文字が浮かんでいるのだ。
良子(仮)は、それをチラっと見た。ただそれだけだ。特に反応や驚きは無い。良子(仮)にとってそれは、大した問題では無い。日常の一コマにすぎない。しかし、文字の”辰五郎”は構って欲しがっている。構ってちゃんだ。
文字の”辰五郎”は良子(仮)との接触を試みる。まず、足に噛み付いた。その瞬間、良子(仮)に蹴飛ばされた。”辰五郎”の文字だけが、ひらひらと空中を漂う。このくらいで怯む、文字の”辰五郎”ではない。想定済みだ。今度はボディーアタックだ。
「うう」
良子(仮)は衝撃の痛みで声をあげる。が、文字の”辰五郎”を捕獲した。それをよく見ると、可愛い女性がチラリと、それに写る。
「おお」
良子(仮)は感心する。こんなに可愛い女性がこの世に存在したとは。
「あっ」
良子(仮)は今、気が付いた振りをする。それに写ったのは自分の顔だと。気を良くした良子(仮)は、除光液で”辰五郎”の文字を消した。これで完璧に”辰五郎”は透明となった。透明の辰五郎は隙を見て良子(仮)の右肩に乗った。これで準備完了である。
辰五郎の正体は、光学迷彩に改造された、辰五郎バージョン2だ。正式名称は、シークレット辰五郎。長いので辰五郎Sとする。別名、良子(仮)更生型育成装置辰五郎改シークレットバージョンだ。
作成者は勿論、マジシャンの良夫(仮)だ。別名はストーカー野郎だな。自分で作っておきながら、透明で見えなくなってしまったので、辰五郎Sのボディーにマジックで名前を書いておいた。だが、その名前は既に消されている。
◇
辰五郎Sは高性能のため、かなり重い。そんなものが肩に乗れば誰でも分かるものだ。しかし、常時の領域を遥かに凌駕する良子(仮)には適用されない。良子(仮)はキツネに取り憑かれたと考えた。ただ、それだけだ。それに以前、大五郎を肩に乗せていたこともあった。あやつの浮かばれない霊かもしれない。だが、それだけだ。これ以上の関心は持たなかった。
そんな良子(仮)の元に花子Bから結婚式の招待メールが送られてきた。勿論、良子(仮)だけではない。同じ部署の同僚にも大体同じメールが送られている。ここで重要なのは、大体同じ、というところだ。良子(仮)宛のメールには一文、加筆されている。
”黒い服は着て来ないでね”
花子Bの気遣いの一文だ。良子(仮)にとって黒とは情熱の黒だ。黒といえば葬式だ。盛大に見送ってやろう。良子(仮)の考えそうなことである。
同僚の間では良子(仮)は特別扱いである。決して良い意味ではない。放っておくと何をするか分からない。しかし扱いが難しい。誰もが手をこまねいている状態だ。更生のチャンスは何度もあった。だが、ことごとく、それを乗り越えてきた。では、勇者なのか。それは見当違いだろう。では、愚か者なのか。う〜ん、近いようでそれも違う、ような気がする。なら、何なのだ。それは良子(仮)だ。こうして良子(仮)の評価は堂々巡りとなる。
話を戻そう。良子(仮)は、結婚式の招待メールを見て考え込んでいる。
(これは招待メールを装った果し状か?)
最後の一文が良子(仮)の心を惑わしていた。
(私に裸で来いと)
良子(仮)の乙女心が狂いだした。だが、何時ものことだ。気にする事はない。
(そんな度胸もないのか? ああ、分かる、分かるよ。お前のビューティフォーとはその程度だったな。アハハ)
花子Bの嘲るような笑い声が、良子(仮)によって生まれた。
次に良子(仮)は、文章の行間に請求書を発見した。ご祝儀という名の入場料を支払わねばならない掟だ。
(あんたみたいな計画性の無い人が、高みを望むなど御門違い。悔しかったら私のいる、この場所まで這い上がってご覧なさい)
花子Bの高笑いが、良子(仮)によって生まれた。しかし良子(仮)は、意外にも倹約家である。預金残高は恥ずかしくて見せられないが、趣味なし、食に興味なし、娯楽なしと、無い無いづくしで、今までお金に困ったことは無い。人は性格によらないようだ。
以上の点を考慮し、良子(仮)は鼻で笑った。
(私には無縁の世界、異世界だ。召喚されてたまるものか)
良子(仮)は欠席で返信、のつもりが大五郎Sによって阻止され出席で返信した。大五郎S? そう、辰五郎Sは良子(仮)によって大五郎Sに改名済みである。良夫(仮)の目論見はことごとく良子(仮)に打ち破られる。
だが、そんなことを悠長に語っている場合ではなかった。
「うおォォォォォォ」
聞こえただろうか、良子(仮)の断末魔が。いや、そんなレベルでは無いようだ。社内全員が引きつったように、一瞬、動きを止めた。だが、安心してほしい。これは日常、あれも日常。止まった歯車は、また何事もなく動き始めた。下界で風が吹いたようなものだ。すぐに収まる。
メールを誤送信してしまったのなら取り消しすれば良いのではないか。だが、良子(仮)は違う。良子(仮)は何であれ、己に降りかかる運命は受け入れる。ジタバタしないのが良子(仮)だ。立派だが、あれこれやるのが面倒というのが真相だろう。しかしそれは内面の話だ。外面が良いのも良子(仮)だ。一体、良子(仮)を持ち上げたいのか貶したいのか、分からなくなってきた。
◇