#9.2 愛のテスト
ツアーはエリカ達にも始まった。逃れられぬ運命に二人は翻弄されるだろう。
『は〜い。壁が迫ってきます。その壁を二人で押し返してください。でないと、ぺちゃんこになっちゃいますよ。ああ、そうそう。そこの力自慢の方。二人でですよ。ちゃんと見てますからね。
では、頑張って』
本当に壁が迫ってきた。その壁に押されて、寝ていたエリカがドテッと前に倒れた。ヒロが必死に壁を押し返そうと頑張るが、ビクともしない。
「おい、起きて壁を押せ」
ヒロの声に、素直に従うエリカではない。何故ならエリカだからだ。眠い目を擦りながら、「ここはどこ」と悠長なことを言っている。
「いいから、早く」
(急ぐことはない。私は寝起きだ)
必死に壁を押すヒロを、ボーと見ているエリカ。壁が迫り、部屋がどんどん狭くなっていく。
「頼むから、早く」
(頼むのか。なら誠意を見せろ)
必死に壁を押すヒロを、ボーと見ているエリカ。ヒロが泣きそうだ。
「お願い、押して」
(願うのか。それがお前の望みか)
必死に壁を押すヒロの脇をくすぐるエリカ。部屋がどんどん狭くなっていく。
「アハハハハハ、そうじゃない、こうだ」
(愉快だな、お主)
必死に壁を押すヒロ、壁を人差し指で突くエリカ。二人の協力のもと、部屋が元に戻った。試練を乗り越えたようだ。
「ふー、助かった」
そう言うヒロの脇をエリカが突く。何かを催促しているようだ。
「ありがとうは?」
「え? ああ、ありがとう」
「良し」
◇◇
一方、タナベも必死に壁を押している。こちらは、すんなりとマリアも壁を押してクリア。呆気ないものである。
「悪いね、手伝って貰って」
マリアにペコペコするタナベであった。
「いいえ、仕方ありませんから」
マリアの怒りがどうなったか、皆目見当がつかないタナベであった。
『は〜い、良く出来ました。
次は壁の両側にスイッチがありますよね。それを二人で手を繋いだまま押してください。手を繋いだままですよ。
では、頑張って』
簡単そうで難しい。今のマリアと手を繋ぐたと〜、とタナベが悩んでいる間に、スイッチのある壁がどんどん離れていく。悩んでいる時間は無さそうだ。
タナベがマリアの顔を見るが無表情だ。いくらゲームとはいえ手を繋ぐのはハードルが高い。途方に暮れるタナベ。モジモジとしている。これは、ここでリタイアだなと思った時、マリアの方からタナベの手を取った。
「さっさと押しましょう」
「あ、ああ」
ドッキドキのタナベだ。久しく女性の手を握っていない。最後に手を繋いだ記憶が思い出せない程、遥か遠い思いらしい。
二人は手を繋いだまま、片方の手を伸ばしスイッチを押した。すると、一方の壁が扉のように開き、洞窟のような通路が見えてきた。これでクリアのようだ。
タナベはさっと手を離し、マリアの様子を伺ったが特に変化は無い。
「ありがとう」
「お礼は入りませんよ。そういうものですから」
マリアの機嫌が直っていることを期待するタナベだった。
◇◇
ヒロもタナベ同様、困っていた。今まで無意識に手を繋いだような気がしたが、いざ、それを意識すると照れ臭くて出来ない。だが、壁は待ってはくれない。離れていくばかりだ。エリカは何食わぬ顔で立っている。私には関係ないとでも言いたげだ。
ヒロは悩む。だが、悩んだ時点で答えは決まっている。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、したいだろう、うん。
ヒロはエリカの手を取ると、エリカは口をホの字にして驚く顔を見せた。やっぱり、俺と手を繋ぐのはの嫌なのかと思った時だ。
「はあ!」
エリカは気合と共にヒロの手を握ったまま、壁のスイッチまで手を伸ばした。ヒロも急いで手を伸ばしスイッチを押した。
タナベ達と同様、扉が開き、通路が見えてきた。だが、ヒロ達はまだ手を繋いだままだ。それもエリカの方がヒロを引っ張るように力を入れている。そのまま手を離すとエリカは倒れるだろう。そのためヒロは自分の方にエリカを引き寄せた。するとエリカは手を離し、くるくる回ってヒロの前で止まった。ついでにヒロの顔をまじまじと見ている。赤面するヒロが、これはご褒美を待っているのだと理解した。
「ありがとう」
「良し」
ご満悦のエリカだ。
『は〜い、良く出来ました。
次は定番の玉転しです。それを二人で押して穴に落としてね。
では、頑張って』
通路を塞ぐ程、大きな玉がゴロゴロと転がって、扉にガツーンと当たって止まった。確かにこれを押していかないと部屋からは出られない。
「さあ、行くぞ」
調子に乗ったヒロがエリカに声を掛けるがムスッとしている。
今度は何だと考えた。
「お願いします」
「良かろう」
エリカの扱いに慣れてきたヒロ。二人で勢いよく玉を転がし、穴に落とした。
楽勝の二人だ。
「ありがとう」
「良し」
エリカの満足度が跳ね上がる。
◇◇
タナベは一人で玉を押すが、やはりビクともしない。マリアも手伝い転がすが、ヒロ達と違って、玉の転がる勢いは弱い。
「重いね」
「そうですね」
その後は無言で玉を押し続ける二人。やっと穴に落としてクリアした。タナベの息は上がり、マリアはつまらなそうだ。
◇◇
『は〜い、良く出来ました。
次は道なりに進んで部屋に入ってください』
指示通りに進むと、その先にバッティングセンターが見えるが、その手前に水溜りがある。幅は通路一杯、長さ5m程、深さは浅そうで、小さなプールと言った方がいいかもしれない。
『は〜い、そこはお好きにどうぞ。
でも、大切な人が水に濡れてもいいのかしら〜』
水溜りを前に、マリアが履物を脱ごうとしているのをタナベが止めた。
「ここは俺が君を抱えていこう。まあ、君が良ければ、の話だが」
男を見せるタナベ。内心は出過ぎたことを言ったと後悔しているようだ。
「いえ、でも」
当然、遠慮するマリア。本当はどっちだ?
「いや。すまん、そうだなよ。セクハラか」
タナベは罰が悪そうに自分の靴を脱ぎ、水の中を歩き始める。マリアもスカートを少し持ち上げ、タナベに続く。先に渡り終えたタナベがマリアに手を差しだし、汚名返上を図った。
「有り難う御座います」
マリアの一言で救われてように思ったタナベであった。
二人は先を進む。
『は〜い、ご覧の通りバッティングセンターです。
どちらかがバッターで、残りの一人がキャッチャーをして頂きます。
では、頑張って』
タナベは、当然俺がキャッチャーだと決め、防具一式を身につけ所定の場所に座った。するとタナベの後ろから棒が飛び出し、それに固定された。身動きの取れないタナベだった。
「タナベさん!」
縛られたタナベを見て驚きの声を上げるマリア。ちなみにバッティングセンターに来たのはこれが初めてだ。健闘を祈る。
「大丈夫だ。痛くない。それよりも君が打てばなんら問題ない」
「ですが」
「がんばろう」
バッターボックスに立つマリア。バットを持っているだけで構えてはいない。そこにヒューンとボールが飛んでくる。初めて見る豪速球に悲鳴をあげる。その悲鳴と同時にボールがタナベにドスンと当たる。
「うう」
思わず声を出してしまう程、いい球だ。プロ並みと言っていいだろう。
この一連の流れをヒューン、キャー、ドスンとしよう。
これを何回したか分からない。まさしく拷問だ。花子Cの怨念を感じる。
ヒューン、キャー、ドスン、ヒューン、キャー、ドスン。
ヒューン、キャー、ドスン、ヒューン、キャー、ドスン。
ヒューン、キャー、ドスン、ヒューン、キャー、ドスン。
これでは埒が明かない。タナベは生きているのか?
「タナベさん、もう止めましょう」
マリアも半べそ状態だ。
「うう、大丈夫だ。それよりもこのシステムには問題がある。それが分かっただけでも良かった。とにかく、バットを振らないと始まらない。振るんだ。当たらなくてもいい。とにかく、振るんだ」
「でも」
「君を信じているよ。やればできるさ」
闘魂を抱き、バッターボックスに立つマリア。
ヒューン、キャー、ドスン、ヒューン、キャー、ドスン。
ヒューン、キャー、ドスン、ヒューン、キャー、ドスン。
ヒューン、キャー、ドスン、ヒューン、キャー、ドスン。
闘志が空を切る。球は速い。まるで球が避けているようだ。タナベは虫の息だ。
ヒューン、キャー、ドスン、ヒューン、キャー、ドスン。
ヒューン、キャー、ドスン、ヒューン、キャー、ドスン。
ヒューン、キャー、ドスン、ヒューン、キャー、コチン。コロコロ。
やっと当たった。まぐれだ。執念が奇跡を呼んだようだ。タナベに駆け寄るマリア。その顔は申し訳なさで一杯だ。そのタナベは、生きているのか?
◇◇




