#8.3 ヘル・キャット
場所は変わって、泣きはらしたマリアの元に白井商店が馳せ参じる。
「にゃー」
「お客様ですか」
マリアは椅子から立ち上がり、ドアを小さく開けた。
そこには営業部長型成果主義系汎用アツシ号が鎮座している。
「どうぞ」
営業部長型成果主義系汎用アツシ号は部屋に入ると、タナベに用があるようだ。
「ニャー」
「なるほど」
営業部長型成果主義系汎用アツシ号から情報を得たタナベは、テレビを見よう、とマリアを誘う。構わないということで、営業部長型成果主義系汎用アツシ号がテレビのスイッチを入れた。
テレビに映るのはリョウの上半身だ。体が左右に揺れ、叫びまくっている。
「逃げたんですね。忠告したのに」
「まあ、少しだけでも、見てみよう」
マリアは大して興味もなさそうにしている。それをタナベがなだめる。
暫くテレビ観戦といこう。
「ココナー。このまま二人で、どこかに飛んでいかないか」
「そうできれば、いいですね」
「わかってるよ。何時までも逃げていられないって」
「私は、付いて行くだけですから」
「戻ったら、今度こそ言うよ。父にも、あの人にも」
「はい」
テレビを見ていたマリアが激おこだ。テレビを見ている場合じゃなくなった。マリアが怒ったのは、おそらく、名前ではなく”あの人”と言ったことじゃないかと俺は推測したが、どうだろう。
「何ででこんなものを見せるんですか!」
「知ってた、よね」
恐縮しきったタナベが小声でボソボソ。
「知ってますよ。ええ、知ってますとも」
「君は彼女とも友人だ。
それで彼が逃げなかったら、そのまま式を挙げたのかな」
「仮定の話はしたくありません」
ここでテレビから爆音が響いてきた。どうやら敵に強者がいたようだ。リョウの周囲の風景がぐるぐると回っている。気持ち悪いぐらいだ。
「ココナー。絶対、僕は君と結婚するー。誰が何と言っても、するー」
ココナは無言なのか聞き取れないのかよく聞こえない。
「ココナー。返事してくれー、僕は君を離さないぞー」
マリアの怒りがマックスだ。靴をテレビに投げつけた。それでもテレビは傾いただけで、二人の悲鳴のような声が聞こえ続けていた。
「出てって! 今すぐ出て行ってください!」
タナベは営業部長型成果主義系汎用アツシ号を抱えて部屋を脱出した。せっかく泣き止んだマリアがまた泣いて、いや。物に当たり散らしているようだ。大きな音が聞こえてくる。タナベは部屋の外から詫びるように頭を下げた。ここまでする必要があったかどうかは結果次第である。タナベは営業部長型成果主義系汎用アツシ号、略して営業部長を小脇に抱え、この20階を後にした。
◇
1階に降りたタナベを社長の山本が待ち受けていた。
山本はタナベの表情で苦労を察したようだ。
「どうだった」
「どうもこうも、最悪だ。こんなことは二度としたくない」
山本は営業部長から転送された映像、マリア達がテレビで見ていたものを見て、これで十分と判断したようだ。しかしタナベは疑問があった。
「これで日本はいいとして、あっちの国はどうなんだ。もともとデモまで起きているじゃないか」
「多分、いけるだろう。何故なら、まだ誰も彼の口からは聞いていないことだからな。本人の気持ちが分かれば世論はもっと動くさ」
「そんなもんかね」
「多分」
「あとは任せた」
◇
リョウ達を乗せた戦闘機は撃墜され、花と散った。よくぞ健闘した。
エリカの後ろの扉がバーンと開き、憔悴しきったリョウと撃ち足りないココナが椅子に座っていた。シートベルトのようなものは解除され、行動は自由だ。ココナが先に立ち上がり、リョウを支えながら部屋を出た。
「よくやった。少し休みたまえ」
エリカがリョウ達に労わりの声を掛けた。
リョウ達は、実際には飛んでおらず、無人戦闘機が飛んでいただけだ。それを体感的に感じていたにすぎないが、本物と区別が付かない程、良く出来た代物のようだ。
一方、ヒロの方は一向に海賊船の数が減らず、退屈している。何せ見ているだけだから、そんなものだろう。しかし、ヒロの退屈を紛らす事態となったようだ。制限時間切だ。もともと制限時間がどのくらいあったのか分からないが、とにかく切れた。玉切れとなったヒロは、ますますやる事が無くなった。いないのも同然。ヒロの存在価値も時間切だ。
打てる手は全て打ったエリカはどうするのか。逃げるか、敵の軍門に下るのか。ヒロは次の指示を待つ。だが、待つだけの男に用はない。
エリカは最終手段、奥の手を使うようだ。
ブリッジを暗くしているシェードを上げ、ブリッジが明るくなった。何故開けたのか。それは外をよく見るためだ。その目で直に見たい。エリカの欲望が突き動かされる。
ブリッジが明るくなったせいで、船員達は戦いが終わったものと勘違いする。しかし、遠くに見える敵の数に阿鼻叫喚。絶体絶命を覚悟する。いや、そうせざるをえないだろう。勝機はどこにもない。預けた生命と財産を返して欲しいと、船員達の目が訴えかける。だがエリカは却下する。まだ、負けてはいないと。
エリカはプラスティックのカバーで覆われた赤いボタンを、ドカンと叩いた。そう、これが最終兵器、奥の手の”ヘル・キャット”だ。だが、何も起こらない。不発か。いいや、君達の目は節穴か。よく見たまえ。そのためにシェードを上げ、ブリッジを明るくしたのだ。この目で、直に見るために。
海賊船団の遙か上空。そこから一筋の光が溢れる。その名を希望の光という。希望の光は神々しい。その穢れなき光が海賊船団を照らしまくる。アンデット属性の骸骨達は、その光だけで蒸発する。卑しい心は浄化され器だった骸骨が、時の流れに逆らわず朽ちていく。
そこに”ヘル・キャット”の名に恥じない、天使のような猫達が舞い降りた。優しい微笑みと愛くるしさで、残った敵を改心させ、自らの骨を砕き始める。そして、それでも贖う者には、本当の意味での”ヘル・キャット”が地獄へと導く。そこは一方通行。引きずるこまれた者は二度と戻れない。慈悲なき無情が永遠という地獄に封じ込める。
ああ、海賊船団は全滅し、この世界から存在ごと消え去った。
(私は、強い)
驚異の無くなった海を、ポテート号はどこかに向かって突き進む。




