#5.2 女性専用車両
「ニャー」
人生に悶え苦しむヒロの元に一匹の援軍が到着したようだ。下からヒロを見上げてはいるが、その面構えは威風堂々とし百戦錬磨の強者、のものだ。一匹と言っては失礼にあたるやもしれん。
「営業部長型成果主義系汎用アツシ号」
ヒロの目に輝きが戻ったような、そうでないような。戻るとういのは些か大袈裟な物言いかもしれない。ヒロの目に輝きが灯っていた瞬間を、俺は知らない。
「あなたがここにいる、ということは、あの人が動いているのか」
『あの人』とはタナベのことである。ヒロはタナベの部下でもある。口数の少ないタナベだ、その背中を忖度して、人として成長した、かもしれないヒロだ。
「俺は、これからどうしたらいいんでしょう」
事情もへったくれも分からない営業部長型成果主義系汎用アツシ号は、ただ首を傾げるだけだ。名前にもあるように成果主義だ。要領の得ない相談に付き合っている暇はない。だがそれでも突き放すようなことはしないのが営業部長だ。
「自分で解決しろと。そうですよね。そうですけど」
営業部長型成果主義系汎用アツシ号はヒロが抱えている大五郎Sを指差した。え? どうやって指差したかって? この指とーまれだ。
「分かりました。少しお借ります」
そう言うとヒロは営業部長型成果主義系汎用アツシ号の尻尾を大五郎Sに繋ぎ、充電を始めた。大五郎Sは容量が小さい。あっという間に充電完了だ。
元気になった大五郎Sを抱えて喜ぶヒロに営業部長型成果主義系汎用アツシ号は、片手を上げて去って行ったのである。勇気百倍の背中を見せて。
◇◇
早速ヒロは、大五郎Sに汎用車両を強制運行させ、車両を呼び寄せる。大五郎Sは便利で有能だ。作成者のヒロよりも有能だ。親を超え立派になった。暫くして車両がホームに入ってくる。それに飛び乗りエリカ達の後を追う。
「待ってて下さい、今、助けに行きますから、ココナさん……とエリカ」
誰もいないのに、声に出すヒロ。問題があるかもしれない。
大五郎Sを使って路線図を確認すると、頭が痛くなるほど入り組んでいる。ところどころネジ曲がっている箇所があり、その中心を線で結ぶと『ヨシコカ』の文字になる。誰の仕業かは一目瞭然だ。
エリカ達の現在位置を確認。またしても、その先の路線が無い。途中でポイント切り替えをする必要があるが、複雑で分からない。そこで大五郎Sに計算をさせると、大五郎Sの額が赤くなりだした。オーバーヒート寸前だ。だが、ここで止めるわけにはいかない。フレー、フレー、大五郎S。お前の猫玉を見せろ。
大五郎Sがコテっと倒れた。しかし、しっかりと右手で切り替えるべきポイントを指し示す。大五郎Sにはクールダウンが必要だ。だが、あともう少し。ヒロは先回りできるルートを探し自車を誘導する。
◇◇
その頃、エリカ達は女子トークに花を咲かせていた。しかし何も心配や不安が無いわけではないが、どうにか成るわけでもない時は逆らわず、時には身を任せることも必要だ。だがその中には、ヒロがきっと何とかしてくれる、ということは含まれていないようだ。
先回りしたヒロの車両の前を、エリカ達の『女性専用車両』が通り過ぎていく。
「今だ」
ヒロの掛け声とともに、大五郎Sがポイントを切り替えた。エリカ達の『女性専用車両』は、カキンコキンとポイントを通過し進路を変える。その後をストーカーのごとくヒロの『汎用車両』が追いかける。
『汎用車両』が『女性専用車両』に近づき、連結を試みるが拒否されるように上手くいかない。『女性専用車両』と連結しブレーキを掛ける算段だが、あと一つ、何かが足りないようだ。
エリカが後ろの車両に気づき、ヒロに向かって、あっかんべーをしている。
(どっちが速いか、教えてやろう)
『女性専用車両』は加速し、『汎用車両』を引き離す。ヒロは負けじと追いすがるが、あと少し、届かない。
『女性専用車両』が駅のホームに進入。1番線を走行する。『汎用車両』もホームに進入し。2番線を走行。『女性専用車両』と並走する。ココナが『汎用車両』に向かって手を振っているが、それはあくまで車両であってヒロではない。『勘違いしないでよね』、と聞こえてきそうだ。
次の駅が終点となる。それを超えると、どうなるかは分からない。ヒロは早く『女性専用車両』と連結し車両を停止する必要がある。
駅を離れ、また同一軌道上を走る両車、ヒロが前の車両に近づくたび離される。
(どっちが速いか、わかったか)
エリカは余裕で後続に手を振る。既に勝利を確信したようだ。ヒロはあと少し、あと少しと念仏を唱えるが、神は聞き入れない、忙しいのだ。ココナは椅子に座り、白い猫を撫でている。ちなみに名前はシロだ。以後宜しく。
終点の駅が近づいてきた。両車の距離がグッと近づき、ヒロにチャンスが巡ってきたように見える。しかし、正確には『女性専用車両』が減速を始めたからだ。『女性専用車両』はそのまま1番線に入線。後続のヒロは2番線に分岐し、そのままホームを通過。『女性専用車両』は綺麗に停車した。
終点を超えてしまうのは、システムとしておかしい。だが、ヒロの車両は強制運行で走っている。勝手に走行している車両はシステム上では未登録扱いだ。そんなものは管理外である。
ヒロは非常ブレーキで停止し、駅のホームに戻ってきた。オーバーランを想定した設計がヒロを助けたようだ。感謝せよ。
ホームに降りたヒロは、両手を広げて待っているエリカを見る。ヒロは自分に向かい入れられていると思い照れ笑いをする。エリカが俺を、まさか、本気か、嘘だろう、ダメだよ、困ったな〜、と妄想するのは勝手だが、エリカは馳せ参じた大五郎Sを抱きかかえてご満悦である。
ヒロの表情が凍りついたのは言うまでもない。一瞬でも妄想した自分が恥ずかしい。それもよりによってエリカとは、と回想中にエリカが歩み寄ってきた。なに、なに、なに、なんなの、なんなんだーと金縛り中に、エリカが手を差し出してきた。どうやら握手を求めているようだ。
「おめでとう。君の勝ちだ」
ヒロは汗ばんだ手を身体中に擦り付けて拭い、何の勝ちなのか分からないまま。握手を交わした。その後、ヒロは暫く魂が抜けたようになったようだ。
◇◇
冒険団一行は地下鉄の駅を出て少し階段を上がると、また洞窟に出てきた。その洞窟を進むと、前の方から風が吹いてくる。そして周囲が明るくなると、そこは、滝の裏側だ。
ザザーと大量の水が降り注いでいる。時折、水滴が風に乗って顔を濡らし、心地よい風が冒険団を癒していく。
壁に沿って歩き、滝の表側に出ると、見上げる程、見事な滝が見える。滝壺に落ちた水が跳ね返り、美しい虹も見える。絶景だ。
(修行がしたい)
滝壺の淵に、今度は大人10人が余裕で乗れそうなボートが置いてある。罠だと分かっていても、吸い寄せられる魅力があったようだ。足が勝手に、ボートに向かう。いつもは一番乗りしそうなエリカが、何やらシゲシゲとボートを見ている。そこに、ココナがボートの中央付近に乗り込むと、エリカもそれに続いた。ヒロは、何を思ったのか先頭に乗り込んだ。もはや女性と相席しようなどと不埒な考えはないようだ。既に諦めていたと言ってもいいだろう。ヒロは、少しは成長したようだ。
冒険団一行がボートに乗り込むと、ボートは自然と動き出し、スルスルと川を下り始まる。穏やかな川の流れに任せた船旅は、それはそれで情緒があっていい。このまま行けばの話だが。




