異世界法廷 -チートや無双も許しませんぞ-
勇者と魔王が武力で戦う時代はもう終わった!?
異世界法廷が法で秩序を保つ時代になって100年
勇者も魔王も法で裁かれる時代に......さてさて、そこはどんな異世界になっているのでしょうか?
「エリス、書類を」
「アーノルドさん、こちらです」
長い廊下を歩きながら、私は書類に目を通す。
「おー思い出した思い出した、スライムが訴訟を、相手は駆け出しの勇者だな」
「はい、スライム側は侮辱罪を唱えています」
長い廊下は終わりを迎え、大きな扉の前が私たちの前にそびえ立つ。
「では、法廷開始だ」
✴︎
時は異世界歴1000年、勇者VS魔王という構図ができてから1000年とも言える。この世界が誕生した当初、人間と魔物はお互い見た目は違えど、そこに大きな差を見出してはいなかった。多少のいざこざはもちろんあったが、お互いの領土を侵害することなく暮らしていた。
しかし、異世界から来た勇者と名乗るその男は、魔物討伐へと本格的な強硬路線を打ち出し、そこから本格的な人間と魔物という二項対立の関係が生じたのである。
そして、その両者の戦いは混迷を極め、異世界歴900年頃、ついに両者は協調路線へと歩を進める。そこで誕生したのが"異世界法廷" ここが秩序の中心となり協調路線への道を歩むのであった。
「読みました」
スライムは本を閉じる。
「オーケー、歴史はご理解いただけたかな? そして、私がその100年の歴史を誇る異世界法廷一級検事のアーノルド・ド・フランチェーゼだ!」
アーノルドはとびきりの決め顔と決めポーズを決める。
「それは、さっきも聞きました」
アーノルドは真顔に戻ると、椅子に座った。
「それで?」
「もううんざりなんです! 駆け出しの勇者は次々に増えていきますし、まず私たちが被害にあうんですよ。そりゃ私たちは弱いですから仕方ないですし、無限分裂するので平気といえば平気なんですが......でも毎日ひたすら切られるこの屈辱!! 目の前で友人や家族が切られるこの気持ちがわかりますか!?」
「紅茶です」
秘書のエリスがお茶を持ってきた。
「んーうまい!」
「話聞いてます!?」
「ん? もちろん!......いい話だね、もう一度聞かせて」
「絶対聞いてないよね!?」
「......なるほど、でも、この1000年そうだったはずだよね?」
「最近、経験値を手に入れたはずなのに、それでもひどい罵声を浴びせながら、足で踏みつけてくるやつがいたんです」とスライムはさらに思いつめた表情になる。
「そんなのおかしいじゃないですか、さすがにこれは侮辱罪だ」
アーノルドは紅茶をすする。
「それは腹が立つのも無理はない。オーケイ、私にお任せを」
✴︎
「エリス、書類を」
「アーノルドさん、こちらです」
長い廊下を歩きながら、私は最終確認として書類に目を通す。
「おー思い出した思い出した、スライムが訴訟を、相手は駆け出しの勇者だな」
「はい、スライム側は侮辱罪を唱えています」
長い廊下は終わりを迎え、大きな扉の前が私たちの前にそびえ立つ。
「では、法廷開始だ」
扉の向こうには大法廷が広がる。傍聴席には大勢のスライムがいた。また、駆け出しの勇者もいる。この判決次第では勇者の序盤の立ち回りにも影響が出るため、非常に注目度が高い。
「検察側はアーノルド・ド・フランチェーゼ! 弁護側は勇者ラスダン!」
裁判長の声が法廷に響き渡る。
「これはこれはラスダン殿、また負けに来たのかい?」
アーノルドはニンマリと笑う。
「アーノルド、勇者弁護士協会の名にかけて今日こそ勝たせてもらうぞ」
「では、始める! 原告人と被告人入廷!」
その合図とともにこちらにはスライムが、向こう側には勇者が姿を現す。
アーノルドは二人が着席するのを待ち、言葉を発する。
「ではこちらから、えーっと、被告人勇者タケルは、スライムとの戦闘において過剰な暴行を加えたとして、またその際にスライムの魔権を侵害するような暴言が見受けられた。どれどれ、これは酷いな。お前のような雑魚キャラは生きてる価値がない、一生勇者に倒されて生きる虫ケラが......だそうだ。
それら二つの行為が異世界憲法第7条と23条に抵触すると考えている」
アーノルドは一度咳払いをして、話を続ける。
「異世界憲法7条にはこう記されている。
"戦闘において両者のどちらかのHPが0になった時にはどのような理由であれそれ以上の攻撃は認められない"また憲法第23条には、"全ての人間・魔物において、最低限人権、魔権は確保されなければならない"と記されている。これらに反するものと思われる、というのがこちらの見解だ」
「アーノルド君ありがとう、被告人の発言を許可しよう、何かあるかね?」
勇者タケルは立ち上がる。
「それは、根も葉も無い嘘ですよ! 僕はスライムを踏んづけたりしてませんし、それに暴言だって、戦ってたらそれなりに白熱した口調になっただけです。そんなことは言ってません」
ラスダンは口を挟む。
「とまあ、裁判長、言った言わないの世界でどこにも証拠はない。ここは一つ無罪、もちろんなんらかの法整備は敷くべきでしょうが」
「うむ......」唸りながら考え込む裁判長。
「言った言わないは確かに立証は難しい。でも踏みつけたのは証拠があるでしょう、勇者タケル、君の戦闘ログにね」
そう言い終わると、ラスダンはニヤリと笑った。
「だそうだ、勇者タケル、ログを見せてあげろ」
勇者タケルは先頭ログを公開した。
「ここです」
ログには1月24日、10:00 タケルはスライムを倒した。1経験値を手に入れた。と書かれており、そのあとには何も記されていない。
「アーノルド、お前の見当違いだったようだな」
上級魔法が使えるものならログの改ざん、消去は可能である。想定内の結果だ。
「裁判長、証拠品の提出を」
「受理する」
アーノルドは革でできたブーツを提示する。
「これは、勇者タケルがその時履いていたブーツ。買い換えで武具屋に売ったよね? それを頂いて来た」
「そ、それがどうしたというのだ?」と震えた声でラスダンは返す。
「ログというのは各装備にも一応残っていてね。知り合いに表示できるようにしてもらった、それを見ると......ほら」
そこには1月24日
10:03 ブーツはスライムを踏みつけた
10:03 ブーツはスライムを踏みつけた
10:03 ブーツはスライムを踏みつけた
10:03 ブーツはスライムを踏みつけた
10:03 ブーツはスライムを踏みつけた
10:03 ブーツはスライムを踏みつけた
10:03 ブーツはスライムを踏みつけた
とある。
「ひでえ、めちゃめちゃ踏みつけてるじゃねえか......まじかよあいつ」
「さすがにあれはないな。同じ勇者として恥ずかしい」
傍聴席からも多くの不満の声が上がって来た。
「静かに! 勇者タケル、これはどういうことかね?」
「そ、それは......」
「異議あり、裁判長、あのブーツはタケルのものという確証はない」
ラスダンは物凄い剣幕で裁判長に伝える。
「ああ、それなら、ここに刺繍でタケルって名前が書いてあるし、お気に入りだったんだね、お気に入り登録してたでしょ? このブーツ。 そうするとブーツにも勇者IDが残るのよ、君のIDと一致したよ」
「異議あり、そのログは他のスライムとの戦闘ログの可能性もある、踏みつける技は稀だが、あることはある!」
アーノルドはため息をつく。
「いや、ラスダンさん、それじゃあなんで勇者タケルのログにその記録が書かれて無いの?」
「うっそれはだな......け、消したのだ! そうだ、タケルはログを誤って消したのだ、だからないのだ」
「無茶苦茶だね、君たち」
アーノルドは法廷を歩き出す。
「それだったら、そもそも勇者タケルのログが10:00で終わっていることが、今回踏みつけていない証拠にならないんだよ」
「確かに」と裁判長もうなづく。
「だが、裁判長、逆にあのブーツに残っているログがどのスライムを踏みつけたかもわからない!! 証拠がないのは向こうも同じだ!」
「ふむ、それもまた確かに」 裁判長はまた唸るようにして考えている。
アーノルドは弁護側に近づく。
「あるよ、証拠」
アーノルドは勇者タケルの前に表示されているログまで行くと上にスクロールする。
「ほらここ」
アーノルドは
1月24日 9:45 タケルは聖水を使用した。と書かれているログを指差す。
「聖水は、魔物が30分に一度しか現れなくなる薬だよね。駆け出しでは連続戦闘は危険だから、これを使う人が多い。裁判長、勇者タケルは10:00に戦闘が終了している。よってその3分後に別のスライムと戦うのは不可能だ」
ラスダンは顔を真っ赤にしている。今にも爆発しそうだ。
「......そ、そうだよ! 僕は確かに踏みつけた! オークやリザードマンには全然勝てないし、その腹いせだよ! イラついてたんだ!」
勇者タケルはこれまで溜まっていたものを一気に吐き出すようにまくし立てた。
「ちなみに、暴言は吐いたの?」
「ああ! 吐いたさ! 何が悪い!」
「おまっ! わざわざ言わんでも......!」
ラスダンはタケルの口を塞ごうとするもタケルの口は止まらない。
「スライムはな、おれと被るんだよ、誰にも勝てない最弱の魔物......自分を見ているようで腹が立つんだ! なのに、なのに、そう! あの顔だよ! なんであんなにいつもヘラヘラできるんだよ......こんちくしょー!」
「ヘラヘラしてるの?」
アーノルドはスライムの方も向き尋ねる。
「いや、あの、多分形状的に顔もヘラヘラしてるように見えるだけというか......真顔ですよこれ」
裁判長は咳払いをする。
「判決を言い渡す! 勇者タケルは有罪! 勇者の資格剥奪! あとスライムへの謝罪を忘れずに!」
「それと裁判長、スライムへの攻撃頻度への措置もね」
「うむ、ここにて異世界憲法第212条を制定する! 内容はスライム討伐は一人3回まで!」
傍聴席から勇者の悲鳴とともに、スライムの歓声が沸き起こる。
裁判長は大きく息を吸うと大声で叫んだ。
「以上! 閉廷!」
✴︎
「アーノルドさん、ありがとうございました!」
スライムは縦に少し縮んだが、それはお辞儀のことである。
「まあこれからも倒されるとは思うけど、頑張ってね」
「ちなみに、そんなに私の顔ってヘラヘラしてます?」
「うん、なんかドロドロしてるから、そう見えるかもね」
「そうですか......」
スライムはちょっとだけ平たくなった。落ち込んでいるようだ。
「それは君の個性だよ、僕は良いと思うけどね。あ! どうせ戦闘じゃ勝てないんだし、マスコットキャラとしてデビューしたら良いんじゃないのかい? ユーモアな顔と面白い形、あとはドロドロしてなかったら人気でそうだけどね」
「そうですかね?」
「うん、やってみたら?」
「わかりました! やってみます!」
スライムは少し元気になって草原に帰っていった。
「良いんですか? あんなテキトーなこと言って」
エリサが新しい書類を持ってやってきた。
「テキートーじゃないさ。異世界憲法第1条 可愛いは正義、だろ?」
アーノルドはもらった書類に目を通す。
「げ! 次の依頼は魔王が異世界から来たチート勇者に訴訟か、最近多いね、チートとか無双とか。」
「そんな憲法ないですし、魔王がらみは大裁判です。気を引き締めてください」
「オーケー、んじゃ一発ぶちかましますか」
二人は夕暮れを背に、事務所に戻って行った。
後日スライムは、目をパッチリと開きニンマリと笑った表情で、頭に角みたいなものを生やして、色を青くした。彼らが人気マスコットになる話は、また別の物語である。
end.......?
別作品の息抜きで書きました。
息抜きなので、あっさりした内容になっております。
一人でも少しでも楽しんでくれたら幸いです!