1.叛旗は静かにたなびく
気が付くと、どこか分からない暗い場所に立っていた。微かに光はあるものの、ほとんど何も見えない。
僕はまだ暗闇に慣れていない目で周囲を見渡した。
僕の側には木製の机があった。机上には書類が散乱していて、これでは目的の書類も見つからないだろうなと思いつつ、僕はその横を通り過ぎようとした。
…いや、待てよ。これは僕の机じゃないか?
もしかして、ここは僕の部屋…?
僕はもう一度部屋の中を見渡した。その途中で見えた物を、自分の部屋の物と照らし合わせた。
空きスペースの多い衣装箪笥、机の側にある観葉植物、僕の体に合っていない大きなベッド、そしてベッドの近くにある小さな窓。
なるほど、確かに何から何まで全て僕の部屋の物と同じだ。
でもこんなに僕の部屋って暗かったっけ…?
様々な疑問が浮かぶ中、僕はとりあえず部屋を出ることにした。
僕がその場から一歩踏み出した時、突然ドアが開いた。
僕は思わず身構えた。
「…リ…ベル……」
ドアの向こうの暗闇から、僕の名前を呼ぶ微かな声が聞こえた。
この声には聞き覚えがある。
「…姉さん?」
「リ…べ……すけ…て…」
「えっ…?」
この声は確かに姉さんの声だ。それに助けを求めている。
でもおかしいな…何かがおかしい気が…
何かが引っかかりながらも、僕は声のする方へ走り出した。
終わりの見えない廊下を走っている間も、姉さんの声は僕の耳に届いていた。
「姉さん?どこにいるの?姉さん!」
「リベル…助けて…」
「!」
長い廊下の突き当たりに大きな椅子があった。これは恐らく女王陛下の座る王座だ。
そこに誰かが座っていた。暗くてよく見えないけど、たぶん姉さんだ。
「姉さんダメだよ、そこは女王陛下の座る場所だ」
「分かってる…でも…動けないの」
僕は王座へ歩み寄った。
「それなら僕が手伝うよ。さぁ早く、親衛隊に見つかったら大変だ」
「もう遅いわ、リベル」
その言葉と同時に、月光が王座を照らし出した。
「なっ!?」
僕は姉さんの姿を見て言葉を失った。
頭があるはずの場所には何もなく、血だらけの手でその頭を大事そうに抱えていたからだ。
「姉さん…どう…して…」
僕は膝から崩れ落ちた。
「リベル…あなたがもう少し早く来ていれば…」
「僕のせいで…?」
「あなたが…早く来なかったから…」
「違う、僕は…僕は…!」
胸に突き刺さるその言葉から逃れたくて、僕は耳を塞いで目を閉じた。
それでも尚、姉さんの声は指の間から僕の頭の中に入ってきた。
「私はこんな姿になった…」
「…やめろ…!」
「…リベルのせいで」
「やめろおおぉぉぉ────」
「っは!?」
僕は飛び起きた。
窓からは日差しが入ってきて、部屋を程よく暖めている。
「…またか…」
僕は前髪をかきあげて溜息をついた。
最近、同じような悪夢を毎日見ている。お陰で目覚めは最悪だ。
汗でびしょびしょになった服を着替え、窓を開けた。
僕の姉、ソニアは斬首刑で死んだ。反逆罪だそうだ。
でも姉さんに限ってそんな事をするはずがない。だいたい、クーデターでも企てようものなら弟の僕が気づくはずだ。
罪人を斬首刑にできる権限を持つのは、女王陛下と七人の親衛隊のメンバーだけだ。女王陛下を問いただすのはまず無理だ。だから僕は以前、親衛隊の一人であるマモンに詳細を聞こうとした。
「マモン殿、私の姉はどのような事で反逆者とされたのでしょうか?」
「煩いな小僧。吾輩は忙しいのだ、向こうへ行ってろ」
「しかし───」
「貴様も斬首刑になりたいか?」
「!」
僕の反応を見た奴は、高笑いしながら去っていった。
僕は考えた。
親衛隊の中でもマモンは下の方だと聞く。もしかしたら本当は何も知らないのかもしれない。女王陛下と親衛隊の中でも詳細を知るのは数人なのでは?…と。
どちらにせよ、何故姉さんが死んだのか。僕はそれを知りたい。それを知らなければ僕は前に進めない。
だから、僕はソニアの弟であるという事を隠し、女王陛下の住まう城で働き始めた。
この城で過ごせばきっと何かが見つかる。見つからなくとも、親衛隊にはいずれ近づけるだろう───
「リベル!」
僕の名を呼ぶ声で、現実に引き戻される。
「…なんだ、レヴィアじゃないか」
「だから…いつも言ってるでしょう?私年上なのよ?それに立場も上」
「すいませんねレヴィアさん…まぁ、人の部屋に入る時はノックぐらいして欲しいものですが」
「あ…」
「それに…初めて会った時に「立場なんて気にしないでいいから!」とか言ってたのは、どこの誰でしたっけ?」
「…ごめんなさいね?」
ドアの側に立つ彼女は、手を合わせてちろっと舌を出した。
その姿を見て、思わず笑みがこぼれる。
「何か用事かい?」
机に散乱した書類を整理しながら、レヴィアに聞いた。
「特に無いけど。ただ元気かなって」
「嘘だね。僕に何かを聞きに来たはずだ」
「うっ…」
「あれ…本当に何か聞きたいことでも?」
適当に言っただけだったのに、どうやら図星だったようだ。
「リベルって確かもうすぐ誕生日だよね?お祝いしたいんだけど、正確な日にちを知らなくて…」
「誕生日…」
この城で迎える二回目の誕生日。一回目は一人で祝った。
二回目は二人か…
「…リベル?」
「…ああごめん。三日後だよ」
「そっか、じゃあプレゼントも用意しとくね」
「ありがとう」
僕に手を振ってレヴィアは出て行った。
「…彼女も何も知らなさそうだからな…」
僕は書類で隠していたリストを手に取った。
そこには八人の名前が並んでいた。
◎ミカエラ・ウジェニー・セシリー・ド・ボアルネ
◎サタナース・フォン・ゼッケンドルフ
○ルーシィ・フロワ・スミス
○ベルゼビュート・アモロス
×レヴィア・マスキアラン
△ベルフェゴール・コルレアーニ
△アスラン・クッル
×マモン・スライマーン
「…次はベルフェゴールだ」
僕はリストを書類の間に挟み、部屋を後にした。