青藍の竜
久々の小説です。リハビリでもあります。
拙い所もありますが、読者様の暇潰しになれば幸いです。
海は綺麗だ。
陽の光に当たってキラキラと輝き、太陽の光を反射する青という色が、私達人間の目に飛び込んでくる。
三日に一度は砂浜に来るほど、私は海が好きだ。
今日も太陽の光が入らないほど鬱々とした森を抜け、天井が低い洞窟を抜け、私の秘密の場所の白い砂浜に辿り着く。
自然と出来た格好の広場だ。
まるでスプーンで陸がくり抜かれたように、周りは地面の壁で出来ていた。
そして目の前には綺麗な砂浜に打たれる薄い水色の海を鑑賞することが出来るのだ。
人間世界から切り離された場所と言える光景だろう。
その場所を幼い頃から見つけていた私は、広場の片隅に自分専用の秘密基地を作った。
と言っても、壁の上に出来た大きな木の影を自然の屋根とし、机も流木で丁度いいサイズがあった物を置いただけだ。
椅子は家から寝そべる事が出来る折り畳み式の物を持ってきた。
持ってくるのには苦労したが。
間近で海の音を聴きながら、読書に明け暮れる。
何と至福の時だろう。
いつもの様に本と昼食を持って、ルンルンと軽くスキップをしながら秘密基地へと向かう途中、何やら変なものを発見した。
「…………」
ゴシゴシと目を擦っても、深呼吸してから目を開いても、目の前の状況は変わらない。
それは――人だった。
足から腰まで海に浸かっていた。
その人は伏せっていて顔は分からないが、身体つきと髪の色、服装は分かる。
倒れているのは、男。
筋肉や骨格はどう見ても女ではない。ガッシリとした、程よく筋肉が付いた身体。
そして髪の色。
これがなんとまあ、こちらでは見ないほどの、海のような色をした髪なのだ。水平線の彼方にあるような、底の深い海の色を、そのまま切り取って髪質にしたかのような色。
その髪は流水の様に滑らかで艶があり……男の腰まである。
この国の人間でも大体は薄い茶髪だ。
貴族によって金髪や赤髪、青髪とはなるのだが、ここまで濃い青色は見たことが無い。
そして服装なのだが……これまた見たことが無い服だ。
まるで古代人のような白くゆったりとした服を纏ったかのように見える……と、いうか…………。
見間違い?
いや、見える。
人間には無い物が。
――尻尾。
髪色と同じく深い青色の尻尾が、白い服に隠れる様に男の腰から生えている。
少しトゲトゲしたものがあるが……うん、やはり尻尾だ。
人間ではないのだろうか。
いや、それよりも、彼が生きているのか確かめる方が先決だった。
近くまで寄ってしゃがみ、濡れた服を纏った彼の肩を揺する。
「もし、もし」
……返事が無い。
もしや死んでいるのだろうかと思ったが、背中は微かに変動している。
つまり、息をしている――生きている。
何となく――というか、ほっとした。
まあ、私しか知らない秘密の場所に、知らない人(?)が倒れていたら誰でも驚くのではないだろうか。
それはともかくとして。
やはり起こした方が良いだろう。このまま海に浸かったまま寝そべるのは良くないと思うし。
「もし、大丈夫ですか?」
ポンポンと肩や背中を叩くが、反応なし。
……これは、彼女の力を借りるしかありません。
「リーシャ」
手を上に向けてそう小さく呟くと、手のひらに光が集まる。
林檎と同じくらいの大きさになると光は収縮し、ぱっと花火のように散ると同時に、中央には小さな身体をした妖精――いや、精霊がいた。
『どうしましたか、ご主人様?何かありました?』
精霊【リーシャ】。
私が契約した精霊で、風の精霊。
手のひら大の大きさの女の子。
この世界には魔法があり、聖なる場所には精霊がいる。
魔術ーー人が創り出した術式ーーによって己の魔力を好んでくれる精霊を呼び出し、契約する。
数百年前に精霊王と人間が契約を交わしたものが発端だ。
空気中の魔素を糧とする精霊は、人間が体内に生成される持つ魔力という餌は魅力的なのだそうで、だからこそ人間は精霊の持つ力を、精霊は人間の持つ魔力を求め合ったことで契約は成り立ったのだ。
まあ、人間は安定して魔力を出すことは出来ないので、精霊に力を与え魔法を具現化するという法則で、安定した生活が出来て人間の方が得をしているのだが、それはそれとして。
まずはこの人(?)をどうにかしよう。
「リーシャ、この方をあそこの椅子まで運んで。あ、あと服と髪も乾かして」
『はー…い……?』
うん?どうかしたのだろうか。
ピシリと彼女の綺麗な羽根以外は石のように固まってしまったのだが。
『…ご、ご主人様……こ、これ、じゃなかったこのお方は……』
「……どうやら知ってるみたいだけど、取り敢えずあそこまで運んでちょうだい?」
『あ、は、はい』
プルプルと声と彼を指差す腕は震えていたが、それはそれ。
私のお願いに戸惑ったようだが頷いて秘密基地の椅子まで運んでくれた。ついでに衣服の乾燥も。
ふわりと仰向けになって椅子にゆっくりと降ろされる彼は―――――超ド級のイケメンだった。
瞼が閉じられた事によって分かる睫毛の長さ。
すっきりとした眉に綺麗な鼻。
男らしい薄い唇。
くっきりと形が分かる喉仏に鎖骨――って、いやいや、じっくり見てはいけない。
でも、そう、あまりにも造形が美しかったら、誰でもじっくり見てしまうものではないかな?
海によってしっとりと濡れていた青色の髪の毛は、獣のようにふわふわとした感じにはなったけれど、指通りは良さそう――とか思ってないよ?
……うん、ごめん、思ってましたすみません。
好奇心で、キラキラと海の様に輝く青の髪をそうっと梳いてみる。
うん、見た目よりサラサラとした感触――。
「…そなた、俺が怖くないのか」
―――――突然、腰に響くような低い声が耳に届いた。
声質的に、男……と、いうか、今、喋ったのって……?
恐る恐ると髪の毛よりも下に視線を向ければ、
なんということか。
これぞまさに海だろうと言うべき色が、そこにあった。
この世界の大陸、島国を大きく囲う大海原。
太陽の陽の光によって様々な顔を見せる広い、広い海。
そんな海のように、青の髪の毛よりも宝石のように輝き、瞬けば少しだけ色が変わる。
その色を宿す、瞳。
そして、その中心には縦長に切れる双眸。
人間では有り得ない。
まあ、尻尾がある時点で人間ではないとは多少思ってはいたのだが。
尻尾がある人間なんて、聞いたことが無い。
いや、この世界にも獣人はいるが、このように毛がない尻尾を見たのは初めてだ。
未知なる存在に遭遇した私は、じっと彼を見つめる。
この胸に広がるのは、恐れ―――では、ない。
いや、それも小さくはあるが、それよりも大きく胸にあるのは……。
「……綺麗」
―――そう、美しい、という想い。
海が大好きな私は青色というものは何でも好きなのだが、今まで見て来た青色の中でも、彼の瞳は一番に美しいと思う。
私の無意識の言葉に驚いたのか、彼は酷く驚いた表情を見せた。
そして、フッと顔を綻ばせたかと思えば―――。
―――私は、横たわっていた。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
ただ目の前にあるのは、白い、布。触り心地のいい布ではあるが。
そして、腰に何かが纏わりついている感触が、ある。
ガッシリとした感触で、何かに抱き締められているような。
あれ?
抱き締められているような――ではなく、抱き締められているのではないか?
ギギギ、と錆びついた鉄人形のように、首を上に動かせば。
先程の超ド級のイケメンの顔が、鼻と鼻の先がくっつきそうなほどに近くにあった。
どうしてこうなった?
「あ、あの」
取り敢えず、この体勢は駄目だ。
私の心臓的に。
「ん?」
にっこりと、キラキラと輝く青藍の瞳に匹敵する笑みを向けられた。
……え、これはどういう意味の微笑み?
初対面の相手を問答無用で抱き締め、超ド級のイケメンが有無を言わさないような微笑みなんて、私は誰かに裁かれるのか。
いや、この目の前のイケメンに裁かれるのか?
「…ご、ごめんなさい……」
何となく、謝ってしまった。
私の言動が彼を不快にしてしまったかもしれない。
ただ海から上げて乾燥させて横たわらせていただけなのだが。
もしかして、陸から上げてはいけなかったのだろうか。
『ご主人様ぁー!』
あ、リーシャ。
『何しているのですか!ご主人様から離れてください!』
「なんだ、そなた風の精霊と契約しているのか」
彼は私のワンピースを引っ張るリーシャを無視して私を見つめてくる。
あ、リーシャ、あんまり引っ張ると伸びちゃう。
と、いうか。
離れたいのですけれど、何故か彼は私が身動きをする度に拘束を強めるのですが……ちょ、ちょっとどこ触っているのですか!
「太股だが?」
言わなくても良いんです!
というか、離してください!!
「嫌だ」
い、嫌だ!?
あっ、ちょっ、何で私押さえ付けられてるんです!!?
ま、股下に足を置かないでください!
「…ようやく…………ようやく、【番】を見つけたんだ―――逃がす訳がないだろう?」
そう言って、彼は縦長に切れる双眸を獰猛な獣のようにし、私は両手足を押さえつけられたまま、唇を奪われた。
キスで呼吸を、半分以上の意識を、奪われるとは思いもしなかった。
これが、私と彼の出会い。
この後、従兄弟から求婚されたり、自分の契約している精霊を中心に事件に巻き込まれたり、両親から血が繋がってない事を告白されたり、自分が本当は、伝説の存在である【青】の竜の一族の者だと発覚したり、そしてあの青藍の瞳の彼―――――ギルバート・シュルク・オスファリカに求婚されるのだが。
それはまた、別の話。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
誤字脱字があればご報告してくださいませ。