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第五話

「ったく、いったいどうなってやがるんだ、この街は……」

 公園のベンチで昼食をとることが出来たのは、午後の一時をだいぶ過ぎた頃であった。

 空になった容器をビニール袋に詰めて傍のゴミ籠に放ると、背もたれにもたれ掛かって空を見上げた。

 セミの鳴き声が耳朶を打つ中、透き通った青い空の色は、広がる大地の濁った街並とは対照的に見えた。

 僅かながらに気持ちが落ち着いたためか、尿意を覚えた飯田は、公園内の公衆トイレに入った。タイル式の床はところどころ剥がれ、酷く錆び付いている。換気が効いていないのか、カビとアンモニアの混ざったような臭いが暗い室内を滞留していたが、海外生活の長い飯田にとっては、さして気になるものではない。

 男性用便器に近付いてズボンのチャックを下ろし、気持ちをリラックスさせようと、息を吐き出す。それと同時に、入り口のドアが音を立てたことで、誰かが入ってきたのが背中越しに判った。

 最初は全く気にしていなかった。しかし、その人物が一つ飛ばしで空いている便器の前に立ったとき、何気なく視線を向けた飯田は、思わず絶句した。

 初めに目に止まったのは、ウェーブの効いた長い茶髪だ。目線を下げれば、花柄の派手なブラウスにフィット性の高いスキニージーンズという服装。それは明らかに女性が着用するべきものだった。

 恐る恐る覗き込んだ顔にはケバケバしい厚化粧が施され、強い香水の匂いが飯田をむせ返した。

 ――な、なんだ、この人……。

 そんないぶかしむような視線に気づいたのか、女装男は飯田を横目で見ると、少し驚いたように口を開いた。

「あら? そんな格好してるなんて、珍しいわねぇ」

 無理矢理高音に湾曲させたようなハスキーボイスが、鳥肌と共に飯田の耳朶を駆け抜ける。

「素の男に遭うなんて、いつぶりかしら」


 ――素の男?


 脳内が一時の間、思考停止に陥り、空間そのものが無の状態になったかのような錯覚すら覚えた。

 ……もしかしてここは、特殊な趣味を持った人たちの溜まり場的なところなのではないだろうか? そう考えた瞬間、おぞましいくらいの寒気が全身にはしり、さっきまでの尿意は瞬時に消えてしまった。

「い、いや! ちょっ、あの、間違えて入ってしまっただけで、そういう趣味は……」

 飯田は急いでベルトを閉め直し、チャックを上げると、女装男の後ろをさりげなく通り抜けて逃げようとした。しかしその腕がふいに掴まれてしまう。

「ちょっと待ちなさいよ~。もしかしてあなた、私が本物のオネエだとかオカマだとか思ってるんじゃないでしょうね?」

「い、いえ…………その」

 飯田は引きつった表情のまま、必死に首を振った。

 喋り方と格好を見れば、誰だってそっちの人間だと思うに決まっているだろうと言いたかったが、ここで煽るような真似をするのは危険だ。

 しかし相手は疑いの視線を消さなかった。

「怪しいわね。じゃあ、なんで逃げようとするのかしら?」

「べ、別に逃げようとだなんて……」

 言いながら、女装男の口周りにうっすらと広がる青髭を見てしまい、慌てて目をそらす。

「変な勘違いやめてよね。コッチだってそんな趣味はないんだから」

「――え?」

「ほら、やっぱり疑ってたんじゃないの!」

「ひいっ、す、すいませんっ」

 なんで自分が謝らなければならないのかと思いつつも、飯田は反射的に頭を下げてしまっていた。

「まったく……とりあえず、誤解されたままなのも嫌だし、ここじゃなんだわ。外で話しましょう。ついてきなさい」

 そう言って、女装男はゴツゴツした顎の先で、飯田を促した。

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