1: テック・シーフ
医者の設備の移動と変更を始めて一週間ほどたった。今後のプランの検討のため、制御室にこもっていた日のことだった。医者に客が来た。どちらかと言えば、珍しい部類の客だ。
「何ヶ月か入院してもらうことになるぞ」
「覚悟しています」
「君の年でこれだけの金を用意できたということは…… 何をやった?」
医者と客の会話に注意が向いた。
「いや、君みたいな例がないわけじゃない。聞いてもしょうがないか」
そう言い、医者は笑った。右の口角を上げ、顔を歪めた。は、どうせ俺のことでも考えているんだろう。先生よ、言っといたが俺が用意した金はまっさらな金だったぞ。信じているかどうかはしらないが、言ったとおりまっさらな遺産だった。つまらないことでダイバーとしての足がつくのも馬鹿げてるだろう?
「もう一度確認するが、手術はすぐに済む。だが、そのあとの炭素基体微細回路素子の回路の誘導に三ヶ月、誘導後の訓練に二ヶ月かかる。そして、その間、ちょっと知り合いをとおして、君には消えてもらう」
施術場所の隠匿と、施術の素性の隠匿。俺のときは酷いもんだった。飲み屋で「ガキはミルクでも飲んでな」というありきたりな因縁から、意識が飛びそうになるまで殴られた。「ガキにゃ早ぇな」と笑いながら肩に担がれ、「うっちゃってくらぁ」とそいつは大声で言った。そして、「何ヶ月、姿を消してもらうぞ」という小声の言葉も。今、考えると大雑把にもほどがある。あれで二週間くらいは入院が伸びたんじゃないか?
その後意識を失ない、気付いた時には医者の病院だった。今とは違う建物だったが。
「それとな、訓練については、優秀な助手にやってもらう」
いつ雇ったんだか。おいおいおいおいおい、ちょっと待てよ。まさか俺のことを言ってるんじゃないだろうな。
「まぁ、その内にこっちの関係者が接触する。それまではこの街でできるだけ普段どおりに生活していてくれ」
「今、ここで入院じゃないんですか?」
「こっちの準備もあるんだ。来てもらったから、はいそうですかってわけにはいかない」
「そうなんですか」
客にはすこしばかり落胆が見えた。
「それじゃぁ、帰った帰った」
医者は客を追い出しにかかっていた。
客が帰ったのを確認し、また客がおかしな玩具を残していないことも確認してから、俺は制御室から医者の診察室へと入った。
「先生よ、いつ訓練の助手を雇ったんだ?」
医者は微笑んだ。
「正確には、そのための助手を雇ったわけじゃないな」
俺は溜息をつき、首を横に振った。
「つまり、俺か?」
「他に誰がいる?」
「あんただってできるだろ? それにこういう客が押し寄せてるわけでもない」
医者は右手を顎に当てた。
「実を言うとな、お前には偉そうなことを言って訓練をしたが、俺自身はその感覚なんかを詳しくわかっているわけじゃないんだ」
「だとしても、うまく動いてるぞ」
俺は自分の頭を人差し指でつついた。
「それに、うまくいってるのは俺だけじゃないんだろ?」
「あぁ、」
医者はうなずいた。
「それはそのとおりなんだが。もっとましな助言ができるんじゃないかと思ってね」
医者による訓練の様子を思い出した。
「いや、それもどうかな。怪しいもんだと思うが」
医者から受けた訓練を反芻し、俺だったらどうするかという点を洗い出してはみたが、結局はここをという点は見当らなかった。まぁ医者の説明よりはましにはできるだろうが、その程度だ。
「それでだ、先生。さっきの客は、ただの客だと思うか?」
医者はまた顎に右手をあてた。
「いや、違うだろうな」
「この前の連中の指しがねか?」
「たぶんな」
「それでもやるのか?」
「聞いてただろう? 俺のやりかたに秘密なんてものはないんだ。隠すものもなにもない」
医者は肩をすくめた。
「秘密があると思っているなら、落胆するだろうな」
「お人よしだな」
「わかってる」
そう言って二人で笑った。