4 ビジネス
### 5
目の前に時刻表示が現われた。22:30。俺はまたピルケースから一錠を取り、炭酸飲料で飲み込んだ。注意をしていると、頭を包むように見える、体を包むように見える情報、映像、音声がクリアになっていくのをゆっくりと感じた。
不審者のアラートは起動したままだったが、まだ動きは見えない。動いていないのか、動きが上手いのか、あるいはヘリででもやって来るのか、それともこれらのデータが偽装されているのか。
最後の奴だったらまずい。装備はすべて信用できない。最悪、医者も信用できない。
考えておくべきだった。ビルの間取りや探知では制御室は確認できないとしても、俺が制御室にいることを医者はわかっている。
だが、と思い、アラートの閾値、アルゴリズムをランダムに入れ替え、差分を見ることにした。アラートにノイズが乗るが、薬が効いている間ならさばけるだろう。
その効果はすぐに現われた。都市迷彩くらいならとっくに探知していただろう。それに加えてスプリンターⅢ型都市迷彩と、熱伝導シートで熱源の位置をずらしている連中が、おそらく五班いた。ビルの近くにも、アラートに引っかかっていなかった連中がいるだろう。そういう連中はヤクザが因縁でもつけるだろうと思っていたが、化けるのが上手いのか、それともヤクザがビビってでもいるのか、これまでそういうことは起きていなかった。アラートにも引っかからなかったことを考えると、おそらくは化けるのが上手いんだろう。
「未確認個体γ、0からマーク」
「記録」
数秒の遅れの後、反応が返って来た。
「とは言え……」
一日にせよ、生身ならこれだけの間、アラートが出ないということもないだろう。ロボットなのかサロゲートなのか、それまでははっきりとは言えない。待機状態では自律型であり、状況に臨めば遠隔操作、あるいは自律と遠隔のハイブリッドになる。とりあえずはそう想定しておこう。
いつ配置されたのか。それも問題だった。接続を継続してはいたものの、昨夜、街に出ている間にデータを操作されたなら、医者は信用できなくなる。それとももっと前から配置されていたのか。
さて、と思う。こちらから手を出して動きを見るか、それともまだ待つか。
10分、周囲の映像を見ていたが、動きはない。一つの班にちょっかいを出してみるか。
秋葉原方向に陣取っている連中に手を出してみることにした。正直、秋葉原方向の光源が邪魔だということもある。そちらの一班にドローンを五機向け、撃った。熱源が現われた箇所に意識を向ける。その熱源はやはり人間ではなった。
「どうりでな。動きもしないわけだ」
頭の中と周囲にアラートがいくつも浮ぶ。残りの四班が動き出し、街中に紛れていた連中も動き出した。
「一射につき四発に変更」
アラートに引っかかった連中はシステムにまかせ、頭の周囲に広がる映像をそのまま見る。
ビルの近くにいた連中にシステムから焦点が合った。照準を合わせ、撃った。その反応は人間のものだった。関係のない連中だったのかもしれないが、運が悪かったと諦めてもらおう。こっちもまだ医者が必要なんでね。まぁ、それも信用できるとしてだが。
### 6
結局、30分ほどで片がついた。街を覆う武装と監視。それはやはり強みだった。対象をマークしたのも役には立った。街中での大規模な襲撃が難しいということもあるだろう。あちらのやる気しだいだが。医者の腕が欲しいなら、大規模なのってのも難しいだろう。
医者は信用できるのか。最後の放出セールということもある。そうでないなら、装備を整備し、設置場所を変え、ハードにせよソフトにせよアップデートが必要になる。医者が信用できるなら、一ヶ月ほど忙しいことになる。
俺はアラートの閾値を上げ、リクライニング・チェアの上でリラックスした。頭の周囲に広がる映像は気にならないわけじゃない。だが、夢を見ているつもりででもいれば、どうにかできる。
それから二日、その制御室でその状態で過した。
諦めたのか、それとも別の方法でも考えたのか、動きはなかった。
あとは、制御室を出た時に医者が銃を向けてこないことを祈るのみだ。
「先生、とりあえずいいだろう。出るよ」
三日めになり、入口の横にあるボタンを押しながら言った。
「あぁ、まぁ大丈夫かな」
もう一つのボタンを押し、制御室の入口を開けた。
医者はいつもどおり椅子に座っていた。
「あんたがさ、俺をハメようとしてるってのも考えたんだが」
「俺が?」
「あぁ。話に乗った方が儲けも良いだろ?」
「かもな……」
医者は秋葉原の方向に顔を向けた。
「結局、オムニスから離れたくないんだろうな」
それは、おそらくは本心に思えた。
「ちょっと体を動かしてくるよ。一ヶ月くらい、動かないといけないな。金は出してもらうぞ。装備やらなにやら、えらい出費になりそうだ」
医者はうなずいていた。
「その間、世話になるよ。へたなホテルや棺桶より、ここの方がましなようだ」
そう言って、俺はドアを開けた。
「端末も仕入れないとな」
階段を降りながら、そう考えた。