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TETSU: 2053  作者: 宮沢弘
第一章: ビジネス
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1 第2世界市

### 1

 俺は神保町の書店・古書店街を抜けて秋葉原方向への足を向けた。

「皮肉なものだな」

 最後の大型書店を通り過ぎて思った。

 オムニスは、それがイーオンであれアエラであれ、VR世界の中で本を読むという行為を身近なものに引き戻していた。スカイネット以前から、コンピュータの画面や端末での読書が広がっていた。それが、オムニスではどういう形であれ本を意識させる形態を取っていた。オムニスの事実上のサービス停止後、その習慣は現実世界に戻って来ていた。紙に限らないとしても。

 古書店街を抜け、ゴミゴミとした街をさらに抜けると、そこは第2世界市と呼ばれる街だ。オムニスの終了から10年近く。中にはペンキが剥げかけている看板やビルの塗装があった。看板から浮いているペンキを剥がし、指先で押し潰してみた。割れることはない。そっとそれを元の箇所に戻す。数秒押し付けてから指を離すと、それは元の箇所に、まぁ、だいたい元の箇所に癒着していた。

 この街は見た目どおりではない。

 この街をさらに進めば秋葉原に着く。そろそろ終りかけているようにも思えるが、イーオンとアエラを模倣した、あるいはモチーフにした一角がある。そちらが、オムニスの遺産の表面だとすれば、第2世界市は遺産の裏面だ。

 街ですれ違うロボットたち。中にはオムニスのNPCがダウンロードされているものもあるとは聞く。

 第2世界市に足を踏み入れて数分。脇道に入ると、一人の男がドアの横で、エアコンの室外機とビルに身を預けて座っていた。これもまた遺産の裏面の一つだ。そして、こいつのような者を生み出したもの。埋込み型の炭素基体微細回路素子もまた、遺産の裏面の一つだ。

 俺はそいつの前にしゃがみこんだ。そいつは顔を上げ、右手も持ち上げてきた。まともな埋込み手術を受けなかった奴だが……

 炭素基体微細回路素子からカーボン・ナノ・チューブをベースとした配線と端子を適切に伸ばし、配置するにはまともな腕の医者の世話にならなければならない。時間も、金もかかる。回路構成に三ヶ月、その後の訓練に二ヶ月、俺はそれだけかかった。回路が構成され、訓練が済めばそれで終りではない。回路を動作させるためには薬が必要だ。その薬には依存性が高い成分も含まれている。手術の出来次第では、必要な薬は多くなる。

 腕の良いダイバーでも、その実、薬に頼っている連中が少なくない。そういう連中は、たとえウィザード級と呼ばれようと、その寿命は長くない。せいぜい3年で、俺の目の前にいるやつのようになる。

 俺は少額のマネーカードをジャケットのポケットから取り出し、そいつの目の前で揺らした。

「なぁ、先生を呼んでくれないか? ブルーが来たってさ」

 そいつは目の前に揺れるマネーカードをゆっくりと見た。それからエアコンの室外機の裏に左手を差し込んで言った。

「せんせぇ…… ブルー……ガ、来たって……よ」

 俺はドアの上にあるカメラに笑顔を向けた。

 男の右のドアから鍵が開く音が聞こえた。俺はそいつにマネーカードを投げると、立ち上がった。ドアを開ける時にもう一度見ると、そいつは受け取り損ね、地面に落ちたカードを拾おうとしていた。

 ドアを開け、抜け道のない階段を三階へと昇る。何も書いてないドアを開くと、無精髭の親父が白衣を着て立っていた。俺が知る限り、一番の医者だ。この第2世界市で、ではない。世界中でだ。ボったくるが、埋込み手術の腕は確か。回路形成の腕も確か。それは、俺が10年近くたってもダイバーをやっていることからも言える。

「オーバー・ドーズもせずに、やっているようだな」

 医者は俺の顔を見て言った。

「まぁね。先生が送ってくれる薬が良いせいもあるんじゃないかな」

「薬は…… まぁ信用できる奴に頼んでるだけだがね」

「それで? 引越しでもするのか?」

「引越しなら君に助けを求めるまでもない。それに引越したばかりだ。わかるだろうが、こういう稼業だと引越しも面倒でね」

 手術の時の設備を思い出すと、確かにそうだろうとは思う。

「じゃぁ、またあれか? 素直に引き抜かれてればいいじゃないか」

「連中にか? 入口の奴を見ただろ? あぁいうのを量産してる連中だぞ。俺は嫌だね」

 俺は溜息を吐いた。

「それで断わったわけだ」

 医者はうなずいた。

「それで、お客が来るってわけだ。俺はそういうのには向いていないんだけどな」

 医者はまたうなずいた。

「付き合い、長いだろ?」

 医者はそう答えた。こういうところも嫌いじゃないんだが。三度めとなると面倒にもなる。

「それで装備は?」

「揃えてある。制御室はこっちだ」

 医者がファイル・キャビネットのファイルを何冊か手前に倒すと、そのキャビネットが前にせり出て、隣室への入口が開いた。制御室は隣りのビルにあり、20cmほどの隙間があいていた。

「今回は古典的なんだな」

「内側からロックできるし、食べ物、飲み物も用意してある。十日は大丈夫だろう。いざとなったら、しばらく隠れているといい」

「これらを設置した連中は?」

「ビルの入口で見ただろう?」

 医者は首を振った。

 なるほどね。腕としては信用できたんだろうが、あぁなったらな。

「それでいつ来るって?」

「明日の昼に、条件の話し合いに。まぁ早ければ明日の夜かな」

「じゃぁ、確認させてもらおうかな」

 俺はそう言って制御室に入り、入口を閉め、ロックした。

 5m四方ほどの制御室には、大型のリクライニング・チェアが一脚、十枚の大型ディスプレイ、冷凍食品と冷蔵食品、そして飲み物が詰まった大型の冷蔵庫、電子レンジ、滅菌包装の調理済み食品、カーテンで区切ったバスルームがあった。

 俺はリクライニング・チェアに座り、背を倒し、頭の位置を確認した。その間に、ときおり頭の中に黄色が浮かんだ。その黄色を頼りに頭の位置をずらす。一瞬、頭の中に青色が浮かんだ。

「ブルー・D5E32・スカイ・419E6・テツ」

 術後の訓練用に使っていたコードを思い浮かべる。頭の後の方に、メッセージが浮かぶ。

「アクセス承認」

 システムから答えがあった。

「10年経っても使えるってのはどうなのかね」

 そう呟いた。もちろん、埋め込んである炭素基体微細回路素子のコードとの照合も行なっているのだから、このコードだけがあっても意味がないが。

「さてと、まずは外部接続の確認を」

「物理的クローズド」

 頭の後にそのメッセージが現われた。スタンド・アローンの機器、ネットワークというわけだ。偽装でないならだが。

「そうしたら、装備の確認」

 右のこめかみのあたりに装備の一覧が現われた。

「ボってるだけはあるか。で、設置場所だが……」

 このビルを中心にした、周囲のカメラからの映像が頭の周囲に広がる。

「装備の場所は……」

 頭の周囲に広がる映像のあちこちに赤、青、黄色の点が光った。

 装備リストと照合すると、赤は銃器、青は爆発物と薬物、緑はカメラとマイクだった。

「数は充分…… 死角は……」

 すくなくともカメラに死角はない。銃器、爆発物にも死角はない。それぞれ死角がないだけではなく、多重化されていた。

「引越すたびにこれだけやってるんだからな。そりゃ面倒だろうさ」

 一度めの引越しの時には、俺がこれらを設置した。あとは医者にまかせているが、どうやら設置には問題はないようだ。

「それじゃぁ、稼働テスト。実射はなしと」

 赤、青の点のそれぞれの一部が緑に変っていった。緑の点だけはそれぞれの一部が緑色に変わっていった。エラー表示は現われず、問題はないようだった。

「夜までに…」

 目の前に今の時刻が現われた。

「一時間。もう少しのテストは四時間後にするか。カメラ映像をディスプレイに。一枚に四個ずつ。五秒で入れ替え。順序、配置はまかせる。マップ上の位置の表示も」

 俺はリクライニング・チェアから身を起こした。カーテンを開け、シャワーを浴びた。

 軽く一杯とも思ったが、冷蔵庫にはアルコールは入っていなかった。

「まぁ、むしろ街でも見て来た方がいいか」

 俺は冷蔵庫を閉めた。


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