22 記憶と嫉妬とお礼
アディエラを放置して再び馬車に集まり、最初に口を開いたのはディーンだった。
「傷を見るに、あの女は恐らく助からない」
ふうん、という反応をしたのが大半、ミルティアは少し嫌そうな顔をして、レーシアは反応をするどころではない。
カエルムたちがレーシアを囲んで、あれこれと歌うような口調で話し掛けている。本格的に他人の記憶が入ってきたのか、レーシアは頭を押さえて具合が悪そうにしていた。
リーゼガルト、オリア、ヘリオの三人も、魔力を使い切って足許も覚束ない状態のため、それぞれアジャット、ディーン、ジャディスが手を貸して馬車まで戻って来た形である。
アジャットはリーゼガルトに肩を貸したまま、アリサに軽く頭を下げた。
「すまない、酷い目に遭わせてしまったな」
「いいですよそんなの」
アリサは答えたが、どうやらレーシアの具合の方が気になっているようだった。
カエルムに囲まれてここまで来たレーシアだったが、彼女を囲むカエルムたちは皆気が立っており、人間が近付こうとすると容赦なく威嚇した。アトルが三回に亘って威嚇されている。
「ねえ、どうしたの……?」
アリサが気遣うように声を低め、馬車に乗り込みながらミルティアが答えた。
「ちょぉっと大変なのぉ」
馬車の外に残るのがレーシアだけになって、皆が困惑した視線を交わす。カエルムたちが馬車に乗るとは考え辛いからだ。だが、カエルムたちはぽんと軽くレーシアの背中を押して馬車に乗るよう促した。寸前に耳打ちしたのは恐らく、いつでも呼び出すようにということだろう。
レーシアがよろよろと馬車に乗り込み、すかさずアトルがその手を引いて寝台に腰掛けさせた。
「レーシア、レーシア、俺が分かるか?」
口早に尋ねると、レーシアは頷いた。
「大丈夫。アトル、大丈夫」
アトルは固い顔で頷き返し、馬車が進み出すのを感じた。ちなみに御者はジャディスである。
馬車が発車したことにより、レーシアの身体が大仰なまでに後方へ傾く。「わっ」と声を上げたレーシアに、アトルは思わず安堵の余り笑みを漏らした。
レーシアの魔力が戻ってきているのだ。
思わずよしよしとレーシアの頭を撫でると、レーシアは首を捻った。
「なんだろう、子ども扱いは別としても、すごく失礼な理由で笑われてる気がする……」
アトルは鼻であしらった。
「おまえがちゃんと大人の考え方をするようになったら態度も変えてやるよ。――それにこれは、」
もう一度、今度はわしわしとレーシアの髪を掻き回して、アトルはにっこりした。
「おまえが助かって嬉しいんだよ」
てっきり笑い返してくれるかと思いきや、レーシアは疑わしげにアトルを見た。顔を背けてぼそりと言う。
「――でも最初に抱き付いたのはアリサじゃない」
それを聞き付けて、アトルは「おっ」とばかりに期待した。
「なんだ、妬いてんのか?」
割と真面目に「はぁ?」と返されて、期待した分アトルはへこんだ。
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――常春の白い花の咲く砦。自分はその砦の最上階の居室にいて、窓際で頬杖を突いている。何もかもが退屈で、つまらない。砦の人間は自分に遠慮ばかりする。感情が昂ると周囲を不可視の暴力が襲ったこともあったので、きっとそのせいだろう。だが自分が望んだことではないのだ。それに、今はもうそんなことも起こらない。
あの、忌々しい兵器と絆を繋いだとき以来、自分の中の魔力は全てその兵器を押さえておくことに割かれているのだ。
背後で扉が開く音がして振り返る。そこに立っているのは一人の男。時々この砦に出入りしているのを見掛ける、背の高い、白皙の顔に凛々しい表情を浮かべる男だ。
今まで面と向かって話したことは一度だけで、その一度は兵器と絆を繋ぎに行ったときだった。
自分の記憶を侵害してきた、途方に暮れた幼い記憶が頭の隅で蘇る。寄る辺をなくして全てを受け容れた厭な記憶だ。物心ついてさえいなかった当時、自分は随分と混乱して――今もその混乱は続いているように思われる。
ふとしたときに覚える寄る辺無さ。赤い髪の男を見ると軽くなる心。自分というものに覚える、漠然とした違和感。
扉の向こうから、男がこちらに歩みを進めてくる。
「まだ御歳五つ、それなのに随分と達観した目をしていらっしゃる」
独り言のように男は呟く。
「封具と〈糸〉を繋いだのが早すぎたからだろうか」
自分はただ首を傾げる。その目の前に来て、男は膝を折る。まだ五歳、小さな自分と視線を合わせるために。
「――ここからずっとずっと南の方に」
男がゆっくりと言う。「南」が何なのか分からないが、場所のことなのだろうと漠然と思った。
「あなたの眷属がいると言えば、喜んでくださいますか?」
けんぞく、と自分は繰り返す。意味が分からないので喜びようもない。それが分かったのか、男は不意に自分の左肩に触れてきた。
「ここに、証章があるでしょう?」
何のことなのか、それは分かった。
緑色の、渦を巻くあの紋章のことだ。エンデリアルザがどうとかと、雷兵と空人が言っていたか。
「あなたがエンデリアルザという証。そのエンデリアルザに連なる、別の〈器〉のことですよ」
〈器〉、と自分は呟く。胸がじんと熱くなる。
僕と同じ、と呟くと、男はやんわりと微笑んだ。
「そうですね」
心臓が重々しく鼓動を刻む。
「うれしい」
呟いたその一言にどれだけの重みがあったのか、男に果たして分かっただろうか。
男はにこりと笑う。やはり凛々しい顔で。
「では、ここにお連れいたしましょう」
顔が緩む。圧倒的な歓喜に。その様子を見て、男は呟いた。
「やっと、お歳相応のお顔をなさいましたね、――」
歳相応がどんなものかは分からないが、嬉しくて仕方がないのだからいいことなのだろうと思う。
男は唇に深い笑みを刻む。
「――ロジアン・エンデリアルザ様」
はっと目を開けて起き上がり、レーシアは辺りを見回した。
走り続ける馬車の中、時刻は夜明け頃か。窓の外の空は微かに白んでいる。
夢に見たあの砦の様子とはまるで違う周囲の様子に、レーシアは一瞬戸惑い、それから慌てて首を振った。
(私は、レーシア。ここは、馬車の中)
呪文のように内心で唱え、レーシアは寝台の上で座り直した。
薄闇が覆う馬車の中、皆が座った姿勢のままで眠っている。負傷したベティは寝台に寝かされて、ぴくりとも動かない。アトルはレーシアの傍で木箱に腰掛けて、膝に肘を突く前傾姿勢で寝息を立てていた。同じ木箱を分け合って、その背中に凭れ掛かるようにしてアリサが眠っている。
レーシアがアトルの寝顔を見るというのは、実は結構稀である。〈インケルタ〉で叩き込まれた生活習慣は、少ない睡眠時間で平気で動き回る能力をアトルに与えていたのだ。
レーシアは思わず身を乗り出し、アトルの髪をさわさわと触った。髪の手入れなどしたこともないだろうアトルの亜麻色の髪は、柔らかくもないが極端に傷んでもいない。
髪や肌の手入れにこだわりのあったサラリスの言葉を、レーシアは漠然と思い出した。曰く、髪はむやみやたらに手入れをする方が傷む、と。石鹸などで髪を洗えば確かに清潔になるが、その分毛根が傷んでしっかりとした髪が生えてこないのだとか。
思わぬところでサラリスの正しさを再確認し、レーシアは思わず微笑んだ。
「――レーシアさん」
声が掛かって、レーシアはびくっとした。左手を見ると、ディーンが立って唇に人差し指を当てている。
「彼も疲れています。寝かせておいてやりましょう」
確かにそうだと思い、レーシアはそっと手を引っ込めた。
ディーンがくすりと笑って、レーシアと自分を囲む形で簡単な障壁を作り出した。眠っている人たちに気兼ねなく会話をするためだ。障壁に色はないが、徐々に明るくなっていく窓の外の光が凝ったような、妙な質感があった。
「ここしばらく、彼の――アトルの態度を見ていましたが、彼は非常に気配に敏感ですね。それでもあなたに近付かれて起きないのですから、余程疲れていたのでしょう」
レーシアは深く反省した。彼女のその様子を見て、ディーンは、ふ、と短く笑う。
「彼は――〈インケルタ〉という、あそこで育ったのでしょう? かなり厳しい修練を積んだと見えますが、市井にあのような集団があったとは」
宝国や樹国に、短時間かつ深入りはしないとはいえ潜入を果たすのだから、〈インケルタ〉はアトルたち自身が思っているよりも優秀な集団なのだった。
だがディーンは知らない。
アトルやアリサが気配を感じればすぐに目を覚ましたり、危険を察知する能力が高いのは、幼少期より、夜中にいつオヤジたちが戻ってくるか――そして、そのオヤジたちが酒に酔っていないとは限らないと警戒し続けたことの賜物であると。
酔ったオヤジたちは大抵上機嫌だが、その上機嫌が回り回って「いつもいい子にしてるなあ」という、やや過剰な睡眠妨害に繋がるのである。頭を撫でたり軽く叩いたりされる――が、酔っていると彼らは力加減を間違える。逃げるが吉なのだ。
他にも、儲け話を逃して苛々しているときの折檻(「無駄飯喰らいが!」と罵られる度、「酔っ払ってるときとどっちが本音なんだよ!?」と思ったものである)から逃げたりだ。
〈インケルタ〉の「餓鬼」の優秀さは、そのままオヤジたちの傍若無人ぶりの証左である。
そんなこととは知らないディーンは、なかなか本気で感嘆しているのだった。レーシアはレーシアで、見当違いに得意そうに胸を張る。
「そうでしょう、アトルはすごいでしょう」
ディーンは反論か注釈を挟もうとして口を開きかけたが、レーシアを見て口を閉じ、その唇で笑った。
「……認めます。――加えて彼は」
ディーンは障壁越しにアトルを見て、それから眉を上げてレーシアを見た。
「あなたのことがとても大切なようだ。あなたのために必死になっている」
レーシアは首を傾げた。心底から不思議に思っている様子だった。
「そうなのよね、とても不思議。他の人は私のために大騒ぎしてくれる理由も分かるんだけど、アトルは違うもの」
ディーンは注意深くレーシアを見た。
「――心当たりがないと?」
「うん」
屈託なくレーシアは頷いた。
「アトルはただ私を見付けて助けてくれただけ。そこで放り出しても良かったでしょうにね。――あ、放り出されてたら私は困ったんだけど」
何かお返しをしないと、と真剣に考え出したレーシアに、ディーンは微笑み掛ける。
「では、あなたから希望して彼と一緒にいるわけではないということですね?」
念を押す響きに、レーシアは考えを中断して、やはり頷いた。
「うん、そうね。最初はね」
ディーンは舌打ちを堪えた顔をしたが、レーシアは気付かなかった。ディーンは慎重に尋ねる。
「――今は、希望していらっしゃると?」
レーシアはにっこりと微笑んだ。心底嬉しそうな表情で、彼女は知らないことだが、それはアトルの好きな表情だ。
「うん。――アトルは私を助けてくれるし……アトルには人間扱いしてもらえるし」
レーシアは軽く拳を握った。
「最初からアトルには散々言われてたの。自分の身の振り方くらい決めろって。未だにどうしたらいいのかよく分からないんだけど、取り敢えずやりたいことは決まったかなって」
「お伺いしても?」
押し殺したディーンの声の調子には気付いたが、レーシアは平然と口を開いた。
――事実、今のディーンはかなり険しい顔になっており、アトルが起きていれば身構えていただろう。
しかし、臆病でいながら、安全なときにはそのことに絶対の自信を持つのがレーシアという少女だった。
「アトルと一緒にサラリスを捜しに行くの」
さらりと答えたその口調に、万感の思いが籠もっていた。
ディーンは厳しい顔を解き、苦笑する。
「どうにも――あなたに来ていただくのは苦労しそうです、レーシアさん」
レーシアはディーンを見て、もう随分明るくなった馬車の中で、やや悪戯っぽく笑った。
「うん。来てほしいならアトルの説得からお願いね。それからサラリスを捜すのに協力してくれるなら行ってもいいわ。――でも」
ちらり、とまだ眠っているアトルを見て、レーシアは口調はそのままに、声の雰囲気だけをがらりと変えた。
「――知ってることさえ言ってくれない人たちのことを、どうやって信じればいいんだろう」
ディーンが微かに息を呑む。
そのときちょうど、寝返りを打ち損ねたアリサの背中がアトルの背中からずれて、彼女の頭がアトルの肩甲骨辺りに当たった。ん、と呻いたものの、アトルは目を開けない。
「――あれは、疲れてるのかな?」
レーシアが思わず呟き、ディーンもまた真面目に答えた。
「いえ、慣れている感じですね」
レーシアは直前までの会話を忘れたように、物思わしげに顎に手を当てる。
「――やっぱり私は『外』だもんなぁ……」
レーシアの見る世界は『内』と『外』に分けられている。
『内』にいるのはレーシア自身とサラリスだ。他の者は全て『外』にいる。
『外』の人たちは、仲間に入れてくれることはあっても愛してくれることはない。一緒にいることは出来ても一緒に生きていくことは出来ない。人として信頼することは出来てもその人が言ったことまでを信じることは出来ない。甘えても良いが身を任せてはいけない。頼っても良いが愛してはいけない。
明るくなっていく馬車の中で、寄り添って眠っているアリサとアトルは、レーシアは知らないことだが物心ついたときからそうして眠っている。
その事実を知らなくとも、何となく二人の間にある信頼や絆は感じ取ることが出来るもので、レーシアはその輪の中に入ることを望まない。そして入れもしないことを正しく理解してもいる。
アトルや他の人たちが、サラリスとレーシアの輪の中に入れないことと同じだ。
だが、
「うーん、変だなぁ」
レーシアはぼんやりと胸を押さえた。
「なんかもやもやするなぁ」
そのあと小一時間に亘って、「これは一体なに?」という相談に付き合わされたディーンだった。話している間はレーシアが自我を保っていられることは明白なので、ディーンも大人しく付き合ったが、レーシアよりも人生経験豊富な彼である。
「それは、嫉妬というやつでは?」と言いたいのを堪えるため、ディーンは必要以上に深刻な顔をしていた。
そして目を覚ましたアトルがます最初に見たものが、障壁の向こうで何やら深刻な話をしているらしきレーシアとディーンの姿であった、という状況に相成ったのだった。
「なっ……」
声を出したアトルは、まずアリサを放り出し(「いてっ」と叫んでアリサが目を覚ました)、躊躇なく
障壁を崩しに掛かった。
障壁が念動系の魔術の干渉を受け、光の亀裂を描き出しながら崩れ去った。かしゃん、と響いた音に、何事かと起き出す者が続出する。
ディーンが「ああ、起きたか」と、深刻な顔を作るのに疲れた顔でアトルを出迎えた。だがアトルはディーンを見るどころではなく、思わずレーシアの肩を掴んで叫ぶように問い掛けていた。
「大丈夫か!? おまえ、何吹き込まれた!?」
「人聞きの悪い」
ぼそりと呟いたディーンを完全に無視して、レーシアは目を見開いた。
「私だってそんな、誰の言うこともほいほい聞くような子供じゃないわよ!」
「己を顧みて言ってみろ!」
「顧みてるわよ! ディーンにはちょっと相談に乗ってもらってただけよ!」
アトルは思わず詰まった。
「そっ、相談……?」
「そう!」
力を籠めてレーシアが頷き、アトルは懐疑的に目を細めた。
「――胡散臭ぇ。樹国に何を相談……」
「内緒」
ばっさりと言ったレーシアに、アトルが精神に打撃を受けた。
「――いいだろうか」
アジャットが疲れた声で割って入った。
「つまり我々が朝から正体不明の音で叩き起こされ、アリサ嬢がたんこぶを作った理由というのは、レーシアさんが何やらディーンに相談事を持ち掛けていて、それを見たアトル青年が妬いたからと、そういうことでいいんだろうか」
頭部を擦るアリサに、アトルが仕草で「ごめん」と謝る。
一方でレーシアはアジャットの言い分に反論していた。
「違うわ。アトルは誤解しただけ。妬いてなんかない」
「ほう?」
アジャットの視線を感じて、アトルは顔を顰めた。
「障壁の向こうで何か深刻そうな顔して話し合ってたら誤解するだろ? 疲れてるとこ悪かったけどさ」
「――まずは穏やかに声を掛けるなりすれば良かっただろうが」
「えっと――ごめん、思わず」
「レーシアさんもレーシアさんだ。身振りなり何なり、なぜアトル青年に何でもないと伝えない?」
アジャットがレーシアに厳しい口を利くのは珍しいことだ。
強行軍の疲れがどっと出た一行の目は殺気立っている。レーシアもさすがにばつが悪いのか、きちんと座り直してしおらしい態度を取った。
「ごめんなさい。みんな私のために頑張ってくれたのに」
分かればいいんだよ、と言わんばかりに全員が頷き、うたた寝に戻る者と朝食の準備をし出す者とに分かれた。
レーシアはアトルを軽く睨み、ぼそりと言った。
「――怒られた」
アトルにとっての叱責の基準は、主に〈インケルタ〉で培われている。
「怒られてねえだろ」
声を落として反論すると、レーシアは膨れ面をした。
「なんでいきなり障壁を壊したの? そんなに私、あっちにへふらふらこっちへふらふらしてる?」
そこで己を顧みて、付け加える。
「この頃は」
アトルは子供じみた態度で顔を背け、その横顔にレーシアの溜息が聞こえた。
「確かにアトルには誰よりお世話になってるし誰より感謝してるけど、そんなお気に入りの玩具扱いしなくてもいいじゃない」
「はああ!?」
これには黙っていられず、アトルはレーシアに向き直った。
「誰がおまえを玩具扱い――」
「ううん、人間扱いはしてくれてるけど」
レーシアはアトルを遮って言い、ぼそりと呟いた。
「だって今のアトルの態度、お気に入りの玩具取られた子供みたいじゃない」
二つの突っ込みが喉まで迫り上がってきた。
一つは、なぜそれが嫉妬と気付かない、という、進展しない関係に焦れたためのものだ。だがそれをこの馬車の中で言うことはさすがに避けたかったので、アトルはもう一つの突っ込みだけに喉を通らせる。
「――おまえの方が子供だろ」
レーシアは一瞬、瞳を上に向けて考え込み、それから不承不承頷いた。
「まあ――そうかも」
そこでぐっと拳を握る。
「でもちゃんと大人びた感じを目指す。うん、それでサラリスをびっくりさせる。ついでにアトルもびっくりさせる」
「ついでかよ!」
思わず搾り出すように突っ込んだアトルに罪はない。
レーシアは無邪気に頷いてアトルを項垂れさせ、考え考え言った。
「それに、なんだかんだここにいるみんなには無茶してもらったから、ちゃんとお礼しないとって思ってたの。アトルには特に」
レーシアがそんなことを言い出すのは初めてなので、アトルは驚いて顔を上げた。
「お、その考えは子供じゃないぞ」
「でしょ? それで何がいいかなって思って――うん」
レーシアは真面目に頷いた。
「料理しよう。大人の女の人は料理が出来るべきだってサラリスも言ってたし」
アトルの顔が強張った。
包丁で手を切る、火傷する、材料を引っ繰り返す、という、レーシアのやりそうなドジが頭の中を駆け巡る。
「おまえ――料理できたっけ?」
「サラリス」といるときには彼女に、そして今はグラッドと保存食に頼るレーシアは、堂々と首を振った。
「ううん。だから練習して、サラリスに驚いてもらう」
アトルどころか全員の声が、一人称や口調の差はあれ、同じ意思を持って言葉を紡いだ。
「――俺らは練習台、と……」
お礼一つとっても「サラリス」を中心とするレーシアの考えに、「こりゃあ直さねえと」とアトルは固く心に決めたのだった。




