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Monologue-03 This Is a Story For Confess a Girl's Guilt

〈静〉の宝具を見付けてから、サラリスは記憶の奔流に呑まれる苦痛を味わっていた。


〔この上更に負担を掛けるような真似を、我々が許すはずがないだろう!〕


 激昂した空人の誰かの声が聞こえてくる。言葉が通じるようにした上で、あの人がサラリスに付けた同行者に食って掛かっているようだ。


〔あの子の身体のことを考えるならば、宝樹玉があれば何とかなる。事実、ファリシャとロジアンは生涯一つの〈糸〉しか繋がなかった。今、対の封具と〈糸〉を結べば、あの子がどんなに辛い目に遭うか――〕


「あのお方のご命令ですので」


〔我々の大事なお姫様を危険に晒せと?〕


 サラリスの傍にも空人や雷兵が寄って来て、あれこれと思い出話をしては、サラリスにサラリスをサラリスとして認識させてくれる。しかしたった四年。彼女が生きてきた四年は、この宝具が溜め込んでいた記憶に対抗するには余りにも短いようだった。


 繰り返し繰り返し、象牙色の肌をした、悲しげな、赤い髪を長く伸ばした女性が脳裏に映る。その煙水晶の眼差しを捉える度、サラリスの知らない感情がサラリスの胸を締め付ける。


「サラリスさま」


 同行者のうち、一人の女がサラリスの傍に跪く。


「あの方が、あなたに大変、沢山の期待を寄せておいでです。――それでも、帰りますか?」


 サラリスは首を振る。



 あの人が待っていてくれるから、サラリスはサラリスとして存在できるのだ。



「ううん。だいじょうぶ。ちゃんとやる」


「よく仰せになられました」


 女は言って、周囲の空人や雷兵をきっと睨み付けて声高に言った。


「エンデリアルザの仰せよ。従いなさい、エンデリアルザの遊撃兵たち」


 忌々しげな声を漏らしながら、それでも雷兵と空人がサラリスに恭しく頭を下げる。


〔仰せに従います、エンデリアルザ〕





○○○○○○○○○○○○





 アルナー山脈の麓を更に進み、封具を捜す。


〔可哀想に、可哀想なサラリス〕


 空人が蹲るサラリスの髪を撫でてそう零す。


〔いつだってきみたちは可哀想だ。

 エンディからの宿命なんだろうか〕


「うっうう――」


 封具が見付かったのはその三日後で、サラリスの精神的な疲労は既に限界に達しつつあった。

 この上更に他人の記憶に晒されることを思うと、サラリスは涙が止まらない程に不安になったが、同時にこの役目を放棄したとき、あの人に何と言われるのかを想像すると、不安よりも恐怖が勝った。


 封具があるということは、サラリスの感覚が明瞭に告げていた。そしてやはりあの、透けた人影もそこにあった。


 山の麓に広がる森の中、その泉の傍だった。

 こんこんと湧き出る澄んだ泉の傍に佇む大木の、泉の上に張り出す枝の上に、時代遅れのドレスを身に纏った女性が腰掛けて、脚を揺らしている。


「とどかない、とどかないよ」


 サラリスが泣きながら言うと、傍にいた空人が何とも言えない顔をした。


〔大丈夫ですよ、サラリス。あれの方から下りてきますから〕


 サラリスが樹下に立ったのに気付いたようで、封具がサラリスを見下ろした。


 サラリスは息を呑んだ。


 赤い髪、煙水晶の眼差し、象牙色の肌。それはサラリスが繰り返し繰り返し、〈静〉の宝具に溜められていた記憶の中で見た姿に他ならない。

 眩しい笑みを湛えていたり、今にも泣きそうな顔をしていたり、感情豊かだったその面を、今は凍えたような無表情が覆っている。


「な、あれ、あのひと――」


 サラリスが驚きの声を漏らすと、まるでその質問を予期していたかのように、雷兵が素早く言った。


〔封具も宝具も人の姿を真似ますからね。過去の〈器〉の姿を借りているに過ぎないのです。あれは物ですよ、サラリス〕


 その声が、果たして器物に届いていたのか。

 封具はサラリスに目を留めたまま、軽い動作で枝から飛び降りた。


(違う)


 サラリスの内側で、あの宝具の記憶が囁いた。


(彼女はこんなことをしない。笑ってしまうくらいに身体を動かすのが苦手な人だった。何もない所でさえ躓いて、屈託なく笑う人だった。可愛い人だった)


 封具がサラリスに向かって首を傾げた。


「まあ、お客様」


 柔らかい、天鵞絨のような声を発して、その言葉に実際に喉を震わせて、封具は泣いているサラリスに一歩近付いた。


「可哀想に。どうして泣いているの? 悲しいことがあったの? 辛いの? 寂しいの? 痛むところがあるの?」


「〈いと〉をつなぎにきたの」


 サラリスは会話をする余裕さえなく言った。


 早く済ませて帰りたかった。帰って頭を撫でてもらいたかった。よくやったという、その一言が欲しかった。


 封具は可愛らしい仕草で首を傾げ、どこか悲しげに微笑んだ。

 雷兵と空人が封具を見ている。敵意のない眼差しだったが、彼らを見た封具は更に悲しげな様子を見せた。


「ああ――もう愛い子とは呼んでくれないのね、やっぱり」


 そしてサラリスに、その透けた、ほっそりとした腕を伸ばした。


いらえましょう」


 キン、と音がして、泉の中から白い光が漏れ出した。水の揺らめきにゆらゆらと揺蕩いながら、その光が淡く優しく水面を輝かせる。

 サラリスは封具の手を取って、目を閉じて口を開いた。



「なむぢのここちのかなしきこと なむぢのここちのまばゆきこと」


 声が重なり、サラリスは強く強く瞼を閉じる。


「なむぢのまなこのくもりけるなむはげしきことなる

 なにとかもあがここちの

 むくめくごときむつかしきことしろしめさざるか

 あをはなまじろきたまへ なこひたまひそ」


 騒がしい通りが見える。自分はそこを馬車に乗って通る。歓声が上がって、自分はそちらに手を振ってみせる。


「なむぢのおもふあのこころねの なでふきよらなることか」


 若い男が、漆黒の髪に緑柱石の眼差しを持つ男が、照れたような笑顔で自分を見ている。


「なむぢがしでのたびのとも

 せよとおほせらるればつかうまつりたものを

 とぎなくて うかりけり さびしけり」


 若い男が、漆黒の髪に緑柱石の眼差しを持つ男が、悲嘆に暮れた目をして自分を見ている。


「あのむげなることたぐいなくて なこひたまひそ」


 彼が騙されていることは知っていたのに。


「あをゆるしたまへ

 あふなあふなにおもひはすべしものなるぞ なにとてそをしらむや

 なこひたまひそ あをゆるしたまへや

 かならずむくいをされやうゆえな」


 こちらに背を向けて、意気揚々と歩いていくその男を見て、自分はもうどうしようもないと諦めて――



〔サラリス〕


 ――貴女のお傍に立つことを許されるのであれば。


 緑柱石の目に芯の通った輝きを灯して、男が言う。


 ――全て貴女に捧げます、フェレアーナ様。


〔サラリス!〕


 遠ざかっていく背中。再会したときに彼は、――砂嵐が起こったように途切れ途切れの記憶の映像、――彼は。

 焦点が合わなくなる。それは記憶の主がそうだったというよりも、今のサラリスが記憶を見られていないという方が正しい。

 ただ、自分の手の甲に、自分が厚かましくも流した涙が一滴落ちたのは見えて、


 ――ごめんなさい。


 そう呟いたことは覚えている。


 だから自分は、償わなくてはならない。だから自分は、償わなくてはならない。だから自分は、償わなくてはならない。


 たとえそれでも許されないと分かっていても、受け容れなくてはならない。



 ――唐突に、鈍器で殴られたような衝撃がサラリスの意識を襲った。それは別の、もっと別の誰かの意識であり、




 ――己に許されざる領分と知れ。




 砕け散る意識の中で、太い鎖のような印象を受ける若い女性の声が断固たる言葉を紡いで記憶を圧倒する。



〔サラリス! サラリス!〕

〔だから言っただろう、無理なんだ!〕

〔サラリス! 戻ってきてください、サラリス!〕

「サラリスさま! サラリスさま!」

「あの方があなたをお待ちですよ!」

〔サラリス! サラリス!〕

〔サラリス! あなたの名前はサラリスです!〕



 名前、名前、名前。



 わたしのなまえはなんだっけ。









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