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04 怪談体験考察

 アトルが怪談紛いの体験をしている間に、無事にレアルは目を覚ましていた。


「あっ、アトル、世話掛けたみたいですまんな」


 元気に言われて、アトルは乾いた笑いでそれに応じた。


「いや、いい。それよりもさ、あったぞ」

「何がだ?」


 レアルがきょとんとして訊き、アトルは廊下を示しながら答えた。


「箱とか時計とか櫃とか――多分」


 語尾が曖昧になったのは、また怪談のような現象が起きて扉が消えている可能性を考慮したからだが、その心配は無かった。


 抜け駆けだ、ずるい、卑怯者、などと散々に言われながらも案内した先に、扉は――というか扉が倒れた後の入り口は、しっかりとそこにあり、中のものもただ静かに鎮座していた。


「すげえ、冷やかしじゃなかったんだ」


 デリックが呟き、ミーシャは箱を一瞥してにこにこした。


「ん、高価たかそう」


 唯一アリサだけは、部屋に入ったアトルの挙動不審振りを察し、奇妙に思う目を向けていた。


「どうしたの、アトル? 何かあった?」


 アトルは悩ましげに蟀谷を押さえつつ、首を振った。


「いや、ない。何もない」



 精神系の魔術を二つ以上同時に使うのは不可能とされている。これは確かだ。


 個人の魔力量は各都市に一つずつある「魔力法協会」――ミラレークスと呼ばれることの方が多い――の支部に必ず複数個ある、魔力試金石(試金石と単に呼ばれたりする)で測られる。

 これは何の個人情報の提示もなしに、完全に無料で出来るので、アトルたちもこれで己の魔力量を測ったのである。


 試金石は多く板の形に整えられた、塗り潰したような漆黒の色を呈す石である。非常に高価で、個人所有はほぼ不可能。

 この試金石は触れたものの魔力に反応する性質があり、魔力量が多ければ多いほど透明に近付く。向こうが少しでも透けた場合、魔術師級の力があるとされるが、この石を完全に透明にするには、百人単位の魔術師の魔力をたらふく溜め込んだ宝石や結晶の類を触れさせるしかないとされている。


 そしてここで魔術師並みの魔力が認められた場合、半ば強制で最低限の教育を施されるのだ。

 訓練を受けるにしろ受けないにしろ、何かの拍子で魔力の活動が活発になることは十分に有り得る。そのときに魔力に生命力まで吸い取られないようにするため、半日ほど掛けて「やってはいけないこと」を叩き込まれるのだ。


 アトルはアリサと一緒にその話を聞いていたが、最初は「あー面倒だな」と思っていても、ミラレークスの職員の顔が怖いくらいに真面目だったので、きちんと話を聴いた。「やってはいけないこと」――魔術師の三大禁忌はまだ言える。


 まず、属性を付与していない魔力を爆発させてはいけない。

 魔力は純粋な力なので、小規模な魔力ならともかくも、魔術師並みの魔力が爆発した場合、周囲の被害がとんでもないことになる。それに本人もただでは済まない。魔力爆発は属性を付与しない分、直接的に魔術師の生命力を削る。術式に当て嵌めていなくとも、魔力が属性を付与されていれば、対抗属性で被害を抑えられるし、本人の被害もまだ小さい。


 魔力とは本来、この時空に存在しない力だ。それゆえ人の体内に留まるが、これを外に出そうとするとき、存在しないはずの力を存在させるために、術者は生命力を――一般には体力で何とかなる範囲だが――支払うことになるのだ。

 属性を付与されていない魔力が要求する生命力は半端なものではない。

 唯一術者が身を守るすべは、魔力が要求する生命力を魔力で支払うことだが、これが出来るほどの魔力量を備えた者は理論上存在しないとまで言われる。


 第二に、他の生物の魔力を使ってはならない。精神系の魔術を駆使すれば、他の生物に宿っている魔力を使うことも出来るが、これは相手の尊厳を完膚なきまでに踏み躙る行為であり、全ての国家が法でこれを禁じている。


 第三に、精神系の魔術を二つ以上並行して使ってはならない。魔力に回す生命力が尋常でないことに加え、運が良ければ命を落とすが、大抵は死ぬことも出来ずに気が狂う。



 アトルは間違いなく、この三番目の禁忌に抵触する行動の結果を見た。


 無論、扉を視界から隠した魔術と、声を聞かせた魔術の主が別々の人間だったのならいい。しかしあれほど精緻な術を、複数人で完成させるには相手との信頼関係が必須だが、この信頼は生半可なものではないはずだ。それこそ、相手と一心同体という水準でなければ――。


「ならいいけど? ねえねえ、冷やかしの依頼じゃなかったってことは、あの報酬も本当なんだよね?」


 アリサの声が沈思黙考を遮った。


「だろーな」


 アトルが答えると、アリサは手を組んでほわほわと夢見る眼差しになった。


「ああ……とうとう武器が貰えるかもっ。だってそうだよね、オヤジたちが新しい武器を買えば、今の武器を流してもらえるかも知れないもんねっ。ねっ?」


 アトルはうんざりした顔をした。


「おまえさ……オヤジたちが使ってるあのすんげー重い武器を? おまえが? 使おうとしてるわけか?」


 ほわほわした雰囲気を一瞬で拭い去り、アリサはむっとした顔をした。


「使えるよ。私だって非力な乙女というわけじゃないんだから」


 アトルはひらひらと手を振る。


「はいはい。おまえ、たまには猫被れよ。嫁の貰い手がいないまま三十路になっちまうぞ」

「はあ? 私だって被るべき人つまりはお金持ちの前では、猫ぐらいいくらでも被ってるわよ。男はやっぱり金だと思うし。しかも何よ、私はまだ十八よ。何が三十路よ、気が早いわ!」

「あと十二年じゃねえか」

「あと二、三年もすればどこかの金持ちのところにお嫁に行ってるわ。あんたこそ奥さんいないんじゃない、そんなずる賢い性格だと」

「は? ずる賢いから何だよ。それこそ猫でもなんでも被って金持ちの女に貢がせてやらあ」


 割と最低なことを口走る二人だったが、これがいつもの調子である。


「はいはい、二人ともそこまで。これ運び出すのにはオヤジたちの手が要るからね、呼んで来て」

「ったくー、二人ともどうせ将来はくっつくんだろー。今から痴話喧嘩かよー」


 ミーシャがてきぱきと「お願い」の姿勢を作るのと同時に、その背後からラッカーのからかいが入る。いつものことである。


 からかいは無視して、アトルとアリサはミーシャに承諾の意で片手を挙げて、部屋を出ようと踵を返した。


 また、強く引き止められたような気がした。

 それはアリサも同じだったようで、きょとんとして部屋の中を振り返っている。それでも、一度怪談経験をしているアトルよりは関心が低いようで、「気のせいかな」と呟き、アトルの顔を覗き込んだ。


「行こ?」


 しかしアトルは、二度にわたる経験を気のせいとは思えず、また「この子」の存在の有無も気になっていたため、声を上げて気を引いた。


「おい、みんな」


 んー? という感じで全員がアトルを見る。

 アトルは真顔で出口を示した。


「ちょっと表出ろ」

「何の喧嘩を売ってるんだおまえは」


 アルディが笑顔で言い、アトルはアリサを見た。


「感じたな? 何か呼び止められたように感じたな?」


 何だか目が真剣だったので、アリサは素直に頷いた。


「う、うん」

「全員がそう感じるか知りたい」


 説明というには余りにも簡単だが、それを聞いて納得した八人が次々に部屋の外に出て行く。


 結果、謎の呼び止めを受けるのはアルディとシェラ、そしてアトルとアリサだけだと分かった。


「なにこれ」


 シェラは不気味そうに言ったが、アトルは自分を含む四人にのみ備わっている特徴を、さっさと導き出していた。


「魔力量が魔術師並みの奴にだけ反応してるってことか」

「え、なにそれ精神系」


 アルディが目を剥いた。


 この四人が魔術の訓練を受けていないのは、生半な魔術師に魔力の使い方を教わった場合、魔力を上手く制御できずに自爆する可能性が高くなるからだ。オヤジたち曰くの「専門家を雇うのは高価い、自爆されたら周りの被害が大迷惑、うちは魔術師は足りてる」ということである。


 魔術師の絶対数は非常に少なく、それゆえに魔術師であるだけで、一般人の中ではほぼ無敵といって間違いはない。〈インケルタ〉には魔術師が三人いるが、それで十分なのである。


 しかし魔術師でなくとも、ミラレークスから最初にもらう説教と、魔術師の行動を見ていれば、精神系の魔術がいかに高度なものであるかは分かる。


 アトルは最早寒気を感じており、アリサの腕を引いて何も言わずにとっととオヤジたちを呼びに向かった。


「アトル? アトルくん、ちょっとどうしたのかな?」


 アリサは混乱しながらも少しお道化てのけたが、アトルは相手にするどころではなかった。


 なんだここ怖い、なにあれ怖い、と、思考はそれに占められている。

 この子を助けて、その言葉だけが恐怖の対象ではなく頭の中に転がっていた。言葉が聞こえてきたことは十分すぎるほどに恐怖だったというのに、この子を助けてと嘆願するあの言葉の調子だけは、それだけは恐ろしくはなかった。


 本宮五階を彷徨い、オヤジたちが待機している方角にあるバルコニーを発見した二人は、早速アルナー産水晶を取り出した。


 本来ならば通信魔術を仕込んだものの方が効率がいいのだが、術式を仕込んだアルナー産水晶は、仕込まれた術式により値が変わる。

 元素系術式を仕込まれたものが一番安いのだ――安いと言っても、一つ買うだけで庶民の二月分の給料が飛ぶけれども。

 そんな経済的事情があって、アトルたちに渡されたのは元素系魔術の王道、光輝の術式が仕込まれた水晶なのだった。


 アトルがその親指の爪ほどの大きさの水晶に傷がないことを確認する。傷があった場合、術式を起動させるのは危険な行為だ。

 そして無傷であることを確認すると、一度軽く宙に投げ上げ、それをぱしんと手に取って、今度は高く夜空に放り上げた。


 漆黒の夜空に、静かに白い光の花が咲く。




 呼ばれてやって来たオヤジたちの反応は、「え、あの依頼冷やかしじゃなかったの」というものだった。

 ゼーンは何が面白いのかずっと笑っているし、シーナはなぜか困り顔、アレックは九人のそれぞれの頭を撫でて回り、グレイスは櫃や箱、時計の造りが立派なことにミーシャと同じくにこにこしている。


「いつになったら運び出すんだよ?」


 レアルががしがしと撫でられながら言った。


 一方のアトルは、怪談体験に理由を付けようと躍起になっていた。


 十年、とあの声は言っていた。確かにこの部屋だけは埃が少ないが、建物自体が十年前に誰かの進入があったとは考え辛い。

 つまり、あれは百年前の声だと考えられる。百年戦争の十年前に仕掛けられた術にしては、部屋にこれでもかと物を詰め込んでいるのはおかしいので、それこそジフィリーア王国近衛の何らかの事情で取り残された「誰か」が、開戦から十年経ってから「この子」と呼んでいた「誰か」を庇ってここに隠し、十年でこんなに荒れたなどと伝言を残しておいたのだ。

 恐らく「この子」とやらも既に発見されており、役目を終えた術式の残滓に、運悪くも引っ掛かってしまっただけなのだ。そうに違いない。


 などと考え一人でうんうんと頷いていると、ゼーンが気付いて声を掛けてきた。


「どうしたアトル?」


 アトルは思わずゼーンに頼りになる大人の影を見、縋るように呼んでいた。


「ぜ、ゼーン親父ぃ……」


 く云々(しかじか)と事の顛末を伝えると、ゼーンはまたしても笑い出した。


「そりゃあおまえ、とんだ怪談だな。けどまあ、ここに人はいなかったわけだろ? じゃあてめえの推測通りそりゃ百年前のことだろうさ。

 ――しっかしおまえ、そんなことでビビり上がってたわけか、へえ、可愛いところもあるじゃねえか」


「う、うるせえっ」


「アニムスに襲われても顔色一つ変えなかったおまえが、カエルムに遭遇しようがトニトルスに出くわそうが全く動じなかったおまえが、まさか暗い廊下の声に弱いとはね」


「親父、ほんと黙れ」


 凄んでみたものの効果があるはずもなく、ゼーンは呵々と笑って箱などを運び出す段取りを相談しに行った。


 溜息を吐いたアトルは何となく窓に近寄る。年月に負けて曇り、罅割れの走る硝子にまた溜息を吹き掛ける。その窓の半ばを隠している立派な置時計の見事な装飾が、妙に気に障った。


 振り返ればすぐ後ろにもう一つの置時計が立て掛けられている。こちらの置時計の方が大きい。そもそも縦幅が、部屋に入りきらないからこそ立て掛けられているのだ。横幅も広く奥行もある。文字盤は白く、書かれた数字は金色。堂々たる造作の振子は動きを止めており、重々しい。文字盤を覆う硝子蓋も、振子と外界を隔てる硝子板もすっかり埃を被ってしまっている。


 しかし、構造に疑問を抱くほどに奥行きが深い。こんなに場所を取る部品や構造があるわけがないと断言できるほどだ。アトルが両腕を軽く広げたほどの奥行がある。おかしい。


 じろじろと見ていたアトルは、時計の側面にある蝶番が未だに銀色を保ち、錆びていないことに気が付いた。妙に思い、触れようと手を伸ばしたとき、シーナの声がしてアトルはひょいとそちらを見た。


「小さいのはあんたたちが手で運びなさい。でかいのと余ったのはこっちで、浮遊術式の水晶で運ぶから」


 こき使われるのは若者の運命である、と項垂れた「餓鬼」たち九人が、それぞれ軽そうなものを狙って運んで行く。

 ちゃっかりと一番目方の軽い箱を抱え上げたアトルは、もう一度立て掛けられた時計を見た。


 時計は床と鋭角を描くようにして立て掛けられている。まるで誰かが丁寧にそこに安置したかのように。


 それを一瞥してから、アトルは足早に部屋を出た。


 ――また、誰かに呼び止められるのを強く感じながら。





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