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01 章始め 下/死ぬという現実性

 物心ついたとき傍にいたのは、気難しいおじいさんに口煩いおばあさんだった。世界はそんなもので出来ていた。


 おじいさんとおばあさんは、自分の身体からひっきりなしに溢れては爆発していく力に興味津々らしく、何度も何度もあちこちに連れ回されてはいろんなことをされた。


 痛いこと、くすぐったいこと、苦しいこと、感覚がなくなるようなこと。


 自分から溢れている力は非常に危険で、かつ魅力的であるらしく、自分の周りにはいつもたくさんのおじいさんとおばあさんが立っていた。

 若い人もいたけれど、それらの人は例外なく人を傷つけるための道具を手に持っていて、怖い雰囲気を漂わせていた。

 出来れば近寄りたくなかったけれど、何かすごい物音がしたり、誰かが大きな声を上げたりすると、自分はそういった若い人たちの近くに押し遣られ、押し込められるようにして「家」の奥へと連れて行かれた。

 怖い人たちはいつも、強すぎるくらいの力で自分の腕を握る。手ではなくて、腕か手首を、抜けるんじゃないかというような勢いで引く。


 そのことに怯えて、いつもより大きな爆発を起こしたこともあるけれど、怖い人たちに影響があったようには思えない。みんな平気な顔でぐいぐい自分を引っ張って行く。


 多分、自分が手慰みに文献から写した詩を持っていたからじゃないかな、と思う。


 自分が書き散らかして捨てた紙を、おじいさんやおばあさんが拾うのを、何度も見たことがあった。理屈は分からないけれど、あれがお守りになっているんじゃないだろうか。


 この頃は怖い人たちに預けられる頻度が増した。おじいさんやおばあさん、怖い人たちはどちらも、話し相手にはなってくれないけれど、怯えなくていい分、しわくちゃな顔を眺めている方がずっとましだ。


 窓から外を見る。

 今日はいい日だ。

 冬になって葉が散った木の枝の間から、晴れた空が見えるから。


 あの空はどこから始まってどこで終わっているのかが不思議だ。「家」の中は一通り歩いたことがあるけれど、あれを支えているような柱は、ついぞ見たことがないから。



 肩に手を置かれる。振り仰ぐと、腰の曲がったおじいさんが目元を顰めてこちらを見ている。いつもと何ら変わり映えのない、これが一日の始まりなのだ――





□□□□□□□□□□□□





 再会したばかりの仲間に凄まれたアリサたち四人は、一様に慌てた顔をした。


「待て、待て待て。ホウジュ――ギョク? なんだそれ、知らないぞ」


 アトルはレーシアを振り返った。レーシアはきょとんとした顔をしている。


「でも、セゼレラに入ったんでしょ? アトルと一緒に」


「セゼレラって何よ」


 シェラが尤もな疑問を述べ、アトルが答えた。


「宝国のことだ。――レーシア、宝樹玉ってのは何だ」


 質問を向けられ、レーシアは澱みなく答えた。


「セゼレラで作られてるの。あ、作られてた、かな。――宝具と封具の働きを抑えてくれるから、私とサラリスには毎日くれていたのよ。あっちこっちに行ってるときはサラリスがいっぱい持ってたし。だから私が起きたとき、一緒にあった荷物も見てみたんだけど、重い箱もあったでしょう? きっとあの中にあったと思うんだけど」


 アトルは眉を寄せた。


「待て、それはまずいんじゃないのか? 宝具の働きまで抑えられたら、結局封具が勝ってることに変わりはないだろ?」


「ううん。大丈夫。理屈は分からないけど、勝ってる方を抑えてくれるはずだよ。私だって宝具と封具を一斉に繋いだわけじゃないもの。最初に封具を繋いだとき、宝具を捜し出すまでずっと、宝樹玉で生き延びてたわ」


 アトルは目の前が明るくなるのを感じた。


「――ってことは、その宝樹玉さえあればかなりの猶予が出来るってことだな?」


 嘘の下手なレーシアの顔にあからさまな否定が浮かび、アトルは無言でレーシアに詰め寄った。

 レーシアは目を泳がせ、小声で言う。


「……ほら――〈糸〉を繋いだ直後から宝樹玉を使ってたわけじゃないから。その……ちょっと楽になる、くらいだと思う……」


 アトルは眉間に手を当てた。


「楽になるんだな?」


 レーシアはこくこくと頷いた。

 アトルは溜息を吐いて彼女を立ち上がらせ、寝台に座り直させる。首を傾げたレーシアに、アトルは肩を竦めて言った。


「おまえが楽になるなら取りに行こうぜ。あいつらに、今あの荷物がどこにあるか訊いて、そこまで行こう」


 レーシアは顔を輝かせた。


「うん!」


 アトルは条件反射でその頭を撫でる。


「疲れただろ。俺が訊いとくから寝てろよ。暖かくしてな」


 うん、と頷いてもぞもぞと外套を脱ぎ、毛布に包まったレーシアは、アトルを見上げてにこりと笑って、言った。


「一緒に行こうね、アトル」


 アトルは微笑んだ。アルファーナ高原に向かうときも同じことを言われたことを思い出したのだ。


「――ああ」


 アトルが答えると、レーシアは安心したように目を閉じた。


 それを確認し、アトルは仲間たちを振り返る。

 四人全員が神妙な顔をしていた。


「宝国から持ち出した荷物、あれどこにあるんだよ?」


 アトルが訊くと、アリサが神妙な表情のままで、憎しみさえ窺える声音で答えた。


「ケルティの事務所。あれのせいでどれだけの災難に見舞われたことか――」


「ケルティに向かうってことでいいよな?」


 アトルがアジャットに顔を向けて尋ね、アジャットはフードを更に深く引き下ろしながら頷いた。


「ああ、無論だ。レーシアさんのためならば」


 ふう、と溜息を漏らし、ミルティアが眠たげに目許を擦った。


「はぁあ、疲れたしぃ眠いぃ。あんたたちはぁ積もる話でもしててぇ。あたしは寝るヨ」


「ああ、もう一つの寝台を使うといい」


 アジャットが暖かく言い、ミルティアはこくんと頷き、よろよろと寝台に歩み寄って倒れ込み、ものの数秒で寝息を立て始めた。

 アジャットが指先をそっと動かし、馬車内を照らすアルナー水晶の光度を下げた。

 グラッドとアジャットがハンモックの準備をし始める。アトルは未だにこのハンモックが下げられている原理を不思議に思っていた。


「我々も休む。何かあったら呼んでくれ」


 アジャットが言い、いつものことだが外套も脱がずにハンモックに横になった。グラッドがもごもごと「お先に失礼します」「ハンモックが要りようでしたら私を退けてください」などと言って、彼女に倣った。


「――なんか、さ」

 アリサが神妙に言った。

「すごいことになってるんだね、アトル」


「まあなぁ」

 アトルは言って、伸びをした。

「魔術戦とか日常茶飯事になっちまったんだぜ」


「アトル、すっごいやつれてるよ」

 シェラが控えめに言い、自分の目の下を指でなぞった。

「隈も出来てるし」


 アトルは咄嗟に目を擦る。この頃碌に鏡も見ていないため、自分の顔を把握していないのだ。


「――そうか?」


 デリックが軽く身を乗り出した。


「おまえ、本当に大丈夫かよ? 何があったんだ?」


 アリサも菫色の目を不安げに揺らした。


「あの子――レーシアだっけ。誰なの? 何なの? アトルが危ない目に遭ってるの?」


 アトルは思わずレーシアを振り返り、彼女の呼吸がゆっくりとしたものであり、睡眠時の呼吸であることを確認した。それから肩を竦め、仲間たちに向き直る。


「訳ありではあるけど、別にあいつに問題があるわけじゃねえぞ」


 シェラが上目遣いでアトルを見た。


「目の前であんな、この世のものとも思えないような魔術の応酬見せられちゃったらね、はいそうですか――とはならないよ」


「この世のものとも……」


 アトルは小声で繰り返した。どうやらレーシアと一緒にいるうちに感覚が麻痺してしまったらしい。先程の魔術戦は彼の中では許容範囲である。

 というか、アトルがレーシアの魔力を使ったときに起こした、風属性の魔力爆発の方が数十倍の勢いがあったのだ。


「て言うかさ、おまえいつ戻ってくんの」


 ラッカーが困ったように眉を寄せて言った。アリサも「そうそう」と頷く。


「死んじゃったかと思ってたけど生きてたんだもんね。お祝いしないと」


 アトルは頭を掻いた。


「いや、すぐには無理なんだよな」


 レーシアを宝具のある場所まで連れて行く。そして、「サラリス」を捜す。「サラリス」が見付かれば――。



 ――私はサラリスに会ったらまたサラリスと一緒にあちこちに行きたいのよ。サラリスと一緒にいたいのよ。



 レーシアの言葉が脳裏に蘇り、アトルは覚えず寂しげな顔になった。


「――レーシアがずっと会いたがってる人がいるんだよな。その人を捜す約束したんだ。見付かったら、帰れるよ」


「長く掛かるの?」


 シェラが首を傾げた。アトルは希望的観測を口にする。


「そんなに長く掛からないといいんだけどなあ」


 レーシアの心からの、そして唯一の願い事が早く叶うようにと思っての、心底からの言葉だった。




 ――アルナー水晶の明かりも抑えられた薄闇で、レーシアは目を開いていた。呼吸はゆっくりとしたものではあったが、それは彼女が意識して調子を整えているからだ。


 すり、と枕に摺り寄る。頭の中で、アトルの言葉がもう一度繰り返された。


 ――そんなに長く掛からないといいんだけどなあ。


 なぜだかその一言がひどく気になった。


(もう私と一緒にいたくないってことかなあ)


 ぼんやりと考えたレーシアは目を閉じ、ぎゅっと掛け布団を握った。


(まあいいや。サラリスに会えればそれでいいもの)


 あのとき感じた――光の花を咲かせたあの魔力は、サラリスのものに非常に似ていた。レーシアに魔力的な五感はないが、殆ど全生涯に亘って傍にいた人の、膨大な魔力である。分からない訳がない。


 それでもあの場にサラリスはいなかった。そうでなければならない。サラリスは、レーシアを迎えに走って来なくてはならない。誤解を解いてくれなくてはならない。


 銀色の髪を揺らして自分を覗き込むサラリスの顔が、その悪戯っぽい緑色の目が瞼の裏に見えた。


 会いたいな、と気持ちを籠めて吐いた息の後、鳩尾の辺りに何とも言えない苦い気持ちが残った。


 ――そんなに長く掛からないといいんだけどなあ。


 サラリス以外で唯一、レーシアをただの女の子だと言ってくれた人の、突き放すような言葉が頭の中にこびり付いていた。


 まあいいや、と思う。


(サラリスに会えれば、それからまたずっと二人で――)


 あれ? とレーシアは思考を止めた。心臓がどくりと脈打った。


(このまま死んだら……?)





************





「レーシア? 起きないのか?」


 翌朝、アトルが声を掛けると、レーシアのくぐもった声が布団の中から聞こえた。


「……寒いから起きない」


「アジャット、どっかに保温のアルナー水晶なかったっけ」


 アトルがそう言い、馬車の中を漁り始める。その音を聞きつけたのか、レーシアの声が続けて言った。


「いいよ、そこまでしなくても……」


 レーシアの傍に戻ったアトルは腕を組んだ。


「飯は食えよ。いいな?」


「うん……、食べる……」


 レーシアはひょこりと顔を出し、窓を仰いで外の様子を窺った。


 低い雲が垂れ込め、今にも雪が降り出しそうな天気だった。レーシアはそれを再確認して更に寒くなったのか、「うわ」と呟くとますます毛布に潜り込むようにした。


 アリサたちは居心地悪そうに馬車の隅に固まっている。


「――何をしている?」


 アジャットがフードの奥から訝しげに声を掛けた。

 その怪しい風体と昨日見せ付けた魔術の腕前とが相まって、アリサたちは心なしかびくりとしたようだったが、アジャットが続けた言葉に肩の力を抜いた。


「朝食なのだが――?」


〈インケルタ〉では、仕事で犯した過失やオヤジたちの機嫌によって、食事抜きになることはままあったため、見ず知らずの人間に食事を用意してもらえるという経験は、アリサたちの中の誰もしたことがないものだった。


「メシあるんだ」


 デリックが純粋に嬉しさを滲ませた声で言い、ミルティアが首を傾げた。


「なんでぇ? あんたたちぃアトルの仲間でしょぉ? ご飯くらいぃ奢ってあげるわヨ」


 扉が開き、馬車の外からリーゼガルトが戻って来た。


「追手の姿はまだ見えないぜ」


 言いながら、馬車の中央に置かれた保温のアルナー水晶の前に手を翳す。

 保温のアルナー水晶とレーシアの間で、火炎の術式を仕込まれたアルナー水晶の上に鍋が乗っていた。

 レーシアが封具と〈糸〉を繋いでからというもの、熱系の術式を仕込まれたアルナー水晶の消費速度は上がる一方だった。


「ただ、昼前くらいには雪になりそうだ」


 リーゼガルトの言葉に、あからさまにアトルは顔を顰めた。


「マジかよ」


「あのディーンとかいう男も、引き下がりそうにはなかったからな」


 アジャットは言って、指を組んで物思わしげな格好を取った。


「樹国を相手にするとなると――厳しいな。出来ればミラレークスの方へ応援を頼みたいが――」


「見知らぬ人間と行動してレーシアが緊張したらどうする。元も子もないぞ」


 アトルがすかさず言い、リーゼガルトとグラッドも一理あるなと頷いた。尤もグラッドの頷き方は随分と遠慮がちだったが。


「経由する町の各支部に連絡して協力体制を整えてもらうか――そこに指定魔術師も派遣させて――」


 アジャットが考え考え言い、アトルは肩を竦めた。


「ケルティの支部で連絡すりゃいいだろ」


 グラッドが甲斐甲斐しく全員分の皿を用意し、鍋の中のごった煮をよそっていく。最近まではレーシアがしていた仕事だ。

 アトルは自分の分とレーシアの分を受け取り、自分の分を取り敢えず脇に置いてレーシアの枕元に立った。


「レーシア、朝飯だ」


 レーシアの細い指先が毛布を退けて、彼女がのろのろと上体を起こした。レーシアが皿を受け取ると、アトルが彼女にゼティスから譲られたあの外套を掛けてやる。

 アトルは注意深く彼女を観察したが、顔色が若干悪いものの食欲はあるようで、無言で黙々とごった煮を口に運んでいる。

 我知らず安堵の息を漏らし、アトルは自分の皿を引き寄せた。〈インケルタ〉の四人の傍に座り込んで食べ始めると、ラッカーが声を低め、気遣うように言った。


「あの子――病気か何かか?」


 アトルはしばし考え、頷いた。


「まあ、そんなもん」


「大丈夫なの? アトルがあんなに過保護にするなんて、相当具合悪いの?」


 シェラが囁き、首を傾げる。


「私たちも何かしようか?」


「いや、何もするな」


 アトルは即答した。


「具合は相当悪いけど、おまえらは近付くな。あいつを刺激するな」


 アリサが目を丸くする。


「なにそれ、感染症?」


「……違うけど。取り敢えずあいつに寄るな」


 アトルがちらりとレーシアを窺うと、レーシアは食べながらもまた窓の外をぼんやりと見ていた。

 しばらくすると、雪がちらつき始めた。


 馬車は全ての町を通過してケルティに近付きつつあった。アトルにすれば念願の帰郷だが、今はレーシアのことで頭がいっぱいでそれどころではない。



「朝には 久方の光 露に映え

 風に吹かるるその様は 

 貫き留めぬ 玉散るが如

 茜さす 昼の目庇 木の葉揺れるは

 さやさや音す 其は水音の如――」



 レーシアは雪が降り始めた辺りからぽつぽつと歌い始めた。呟くような歌い方なのだが、それだけで十分に聞き惚れるに足りた。


「素人じゃねえよな、上手過ぎるよな」


 ラッカーが他の三人と馬車の隅で寛ぎながらぼそりと呟き、それを聞き付けたのかレーシアが彼の方を向いた。

 今朝アトルに言われたことを思い出し、ラッカーはばつが悪そうな顔をしたが、レーシアは頓着せず、それこそ花が咲くような微笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 間違いなく絶世という形容が付くに足る美貌で微笑まれ、ラッカーはやや赤面して視線を外す。レーシアの傍からそれを見たアトルは思わず割って入った。


「――サラリスって人より上手いんだっけ」


「そうよ、これだけはね」


 レーシアはアトルを見上げ、得意げに笑った。


「この外套をくれたゼティスって人、すごく素敵に誉めてくれた」


 そりゃ良かったな、とアトルは口の中で呟いた。レーシアは首を傾げ、試すように言う。


「サラリスに会ったら――二人で歌ってあげるわ。どっちが上手いかアトルも分かるよ。合唱もする。サラリスのお気に入りの歌は、やっぱりサラリスの方が上手いと思うけど」


 アトルは瞬きし、満面の笑みを浮かべた。


「おう。楽しみにしてる」


 レーシアは花も恥じらう笑みを浮かべたが、その顔は少しだけ強張っていた。そのまま、レーシアはアトルの手を握る。


「じゃあアトルは、私を宝具の所に連れて行ってくれて――サラリスを捜す手伝いをしてくれて――その後は私たちの歌を聴くのね」


 アトルは頷いた。レーシアの様子が少しおかしいことを察知して、同じ寝台に腰掛ける。


「ああ」


「サラリスには海に連れて行ってもらわないといけないし、二人であのディーンって人をこてんぱんにしてやらないといけないし――やることがいっぱいね」


 レーシアは邪気のない笑顔でそれらを数え上げ、自分を納得させるように頷いた。


「おちおち死んでられないわね」


 アトルは思わずレーシアの手を握り直し、頷いた。


「まったくだ」


 それからふと思い付いて、言った。


「海に行くなら夏がいいぞ」


 レーシアは薄青い目を、涙ぐむまいとするように少しだけ細めた。


「……うん」


 アトルはレーシアの顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」


 レーシアの目に涙が膨らみ、それが頬を滑るのを追い掛けるように彼女は顔を伏せた。

 アトルが周囲に障壁を張るより早く、様子に気付いたアジャットがひょいと指先を振り、アトルとレーシアを馬車内の他の者から隔離した。簡単な障壁を張って姿と声を遮断したのだ。


「――アトル」


 レーシアは呟いた。その声が震えていた。


「死んだらどうしよう」


 アトルは言葉に詰まった。


 今更のように、命の危機に瀕しているレーシアが、そのことで一度も取り乱さなかったことに気付いた。


「サラリスに会いたくて、こんなことしたけど……」


 レーシアは啜り上げるように息を吸った。


「会えなかったら、どうしよう」


「死なないよ」


 アトルは咄嗟に言った。言った傍から語調が強くなっていく。


「おまえは死なない。絶対に助けてやる。何があろうと宝具の所まで送り届けてみせる」


 レーシアの二の腕を擦ってやりながら、アトルは言葉を重ねた。


「ごめんな、おまえのこと考えてるつもりで全然考えてなかったな」


 右手で頭を撫でてやる。


「――怖いよな」


 レーシアは両手で顔を覆った。


「……このまま死んだらどうしようって……昨日初めて思ったの」


「そんなこと考えるな」

 アトルは言って、右手に少しだけ力を込めた。

「――大丈夫だ。信じろよ」


「こんな風にしたのは私なのに。私が封具と〈糸〉を繋いだのに」


 レーシアがしゃくり上げ、アトルは首を振った。


「死ぬのが怖いのは当たり前だ。おまえはもっと騒いでいいんだ。――まあ」


 少しだけ考えるように間を空けて、アトルは断言した。


「死なせるつもりはないけどな」


 レーシアは顔を上げた。涙はまだ零れていたが、彼女は表情を崩して笑った。


「……アトル、今の、格好よかったよ」


 アトルは瞬きし、にやりと笑った。


「何回でも言ってやるよ」


 アトルは口調に力を込めた。


「俺は――俺たちは、おまえを死なせるつもりはない」








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― 新着の感想 ―
[良い点] なんかもう完全に二人の世界ですね
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