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10 思惑と翻弄

「樹国……!?」


 複数の驚愕の声が重なった。

 アトルとレーシアもそれは同じだったが、アトルは一旦魔力を収めざるを得なかった。


 大陸最高の宗教国家、樹国。百年戦争の折には宝国と単独で唯一互角に渡り合った国であり、宝国とは常に敵対関係にある国だ。リアテードとその東の隣国ルーゼルの間に存在する国だが、そこを実際に訪れたことがある人間は少ない。

 今現在、どのような考えを持ってここにいるのか、それを弁えずに、相手が樹国の人間だと知った上で害を加えることは、余りにも勧められない行為であった。


 ディーンが樹国の者だということは、リリファもそうだろう。ここに出現した蛇から考えても、ベルディとオリアもそうである可能性が高い。


「さあ、ここから出てくれ」


 ディーンは言い、レーシアとアトルを見た。


「俺は彼らに話がある」


 レーシアの手が、不安げにアトルの手を握った。


 市民たちが慌てたように障壁に空いた穴を目指す。ちらちらとアトルたちを窺っていく者もあったが、アトルはそんなことに頓着していられなかった。


「どういう――」


 閉じ込められていた人々が全員広場の外に出、障壁の穴が閉じたところでアトルが言い差したが、それを気にも留めずにディーンが深く頭を下げた。


「セルダでは無礼を働き、申し訳ございません。レーシアさん」


 レーシアはアトルの後ろから顔を出し、それを見て妙な顔になった。


「えーっと……」


 ディーンは頭を下げたまま続けた。


「名乗りすらせずご同行願うなど無礼なことと、恥ずかしながら撤退の後、気付きました。ただ言い分があるとするならば」


 ディーンはちらりと顔を上げ、苦笑した。


「この百年待ち続けたお方を前に、少々気が急いたということがありました」


「百年――」


 レーシアとアトルの呟いた声が重なった。ディーンは頷き、続けた。


「俺とて史実としてしか知らぬことではありますが、あの戦争の折も我々樹国は、何度もあなた方と接触しようとして参りました」


 レーシアは目を細めた。


「樹国は敵だと教わったわ」


「今しばし話を聴いていただきたく」


 ディーンは素早く言い、完全に頭を上げ、膝を突いた。


「我々は、現在のエンデリアルザの居場所を存じ上げております。ですが、ご案内することは出来ません」


 しかし、と続けて、ディーンは今度はアトルにも視線を向けた。


「樹国の国力があれば、ジフィリーアに正面から圧力を掛け、あなたを捜索申し上げることも出来たということ、努々お忘れ召さるな。――我々はあくまでも、あなたの意思でのご同行を願いたいのです」


「宝具が怖いからでしょ」


 レーシアがやや冷たく言い、ディーンは苦笑した。


「否定は致しません。――そして今、あなたのご意思をお尋ねしたい」


 レーシアは訝しげにした。


「私はアトルと――」


「あなたをお守り申し上げたい!」


 ディーンは力を込めて言い切った。アトルが眉を寄せる。


「これを申し上げるために、樹国は戦争中もあなた方とお会いしようとしていました。勿論あなたが目を覚まされてからは、まずはあなたの身柄をお引き取りすることを第一の目的としてきましたが――この度上の者の意向が変わりました。申し上げます」


 アトルは問答無用で場を離れようとしたが、レーシアがそれを引き留めた。好奇心を刺激されたらしい。

 アトルは舌打ちしそうになったが、なんとか堪えた。


「宝国は、あなた方を――特にサラリス・エンデリアルザを利用していました。兵器としてだけではなく」


 レーシアが首を傾げる。


「宝国は――セゼレラは、戦争が終わった後も、あなた方を手放す気などありませんでした。エンデリアルザの協力を得て、更に――」


「――は?」


 レーシアが遮った。


「今なんて?」


 アトルはレーシアを見て、絶句した。


 レーシアは笑ってはいたが、その薄青い目は全く笑ってはいなかった。それどころか狂気に近い激情を宿して相手を見ている。普段の雰囲気とは一変した、別人のような顔でレーシアは言った。


「戦争が終わってからも、私たちを手放す気は無かった? サラリスが――それに協力していた?」


「レーシ――」


 アトルが声を掛けようとしたものの、レーシアはそれを遮って叫んだ。


「そんな訳ないでしょう! サラリスは海に行こうって言ったもの!」


 アトルから離れ、レーシアは一歩一歩を踏みしめるようにしてディーンに近付いた。すぐにアトルはそれを追って止めようとしたが、――足が動かない。


「な――」


 思わず振り返る。そこにあの、ゼティスとその連れの姿を見たような気がした。


 レーシアはディーンを睨み付けると、低く吐き捨てた。


「騙した――」


 レーシアは顔を覆い、呪いの言葉のように言った。


「嘘だとしてもそんな嘘は、サラリスがそんなことをしたなんて、言われてどうして私が許せると思うの……!」


 アトルは血の気が引くのを感じた。


「レーシア、レーシア駄目だ、落ち着け!」


 駆け寄って宥めたいのに、足が動かない。


 ふわりとレーシアの髪が舞い上がる。――魔力爆発。


「駄目だ!」


 今のレーシアに魔力の余裕などないはずだ。


「騙した――裏切った――裏切った!」


 レーシアが叫び、躊躇なくディーンの頬を殴りつけた。それでは留まらず、彼の襟首を掴んで非力な腕で揺らす。


「なんで――どうしてそんなことを言うの!」


 ばきばきと凄まじい音がした。レーシアの周囲の空気が透明な光の漣を得て、耳を劈くような音と共に弾ける。


「許さない……」


 魔術で防御しているらしいディーンが、何か言おうとした。だがそれよりも、顔を上げたレーシアが空の一点を見て押し殺した声で呟いていた。


「絶対に許さない……」


 魔力爆発の光に彩られて、凄絶な気迫が彼女に宿っていた。


 アトルはぞっとした。そちらに宝国があるということを、言われるまでもなく悟ったのだ。


「サラリスは――」


 レーシアがディーンに向かって低く呟いた。


「サラリスはどこなの。どこにいるの。会わせてよ!」


「レーシアさん――」


 ディーンが魔術で魔力爆発を凌ぎながら声を絞り出すが、レーシアは聞きもせずに絶叫した。


「サラリスは私のことを嫌いだったの!? 嫌いになったの!? サラリスまでいなくなったら――!」


 甲高い音を奏でて魔力爆発が収束する、その間合いを計ったかのようにディーンが立ち上がり、立ち上がりながらレーシアの鳩尾を殴りつけた。


「――――ッ!」


 怒りの余り声にならない声を上げ、アトルは闇雲に魔術を撃ち出した。


 意識を失ったレーシアを片腕で支えて、ディーンはそれを他愛なく弾いた。


「過ぎた怒りは魔術を濁らせるぞ」


 言って、ディーンはちらりと振り返り、苦々しげに言った。


「いつもいつも高みの見物ばかり――余計な手ばかり出して――だが今回は礼を言おう」


 その視線の先にゼティスがいることを、アトルは直感した。


「待ててめえっ!」


 アトルが怒鳴った。


「レーシアに何してくれてんだ!」


「まるでおまえのもののように言うんだな、彼女のことを」


 ディーンは嘲笑うように言ったが、アトルは怒りの余りそれを聞いてすらいなかった。


「てめえ、どういうつもりだ! レーシアに誤解までさせて!」


「ほう、誤解と言い切るか」


 ディーンが興味深げな声を作って言い、アトルは激怒して更に声を上げた。


「サラリスって人はレーシアのことが大事だったんだろうが! 自分の命より大事にしたはずだ! それをレーシアにあんな誤解させやがって、許さねえぞ!」


「おまえに許してもらう必要などそもそもない」


 ディーンはレーシアを抱え上げ、歩き出した。アトルは半狂乱で自分の足を固定する力に抗う。



 ――いっそ足ごと捥げてもいい!


 レーシアが遠ざかる。


 ――あいつの後を追わないと!


 ディーンが悠々と歩いて行く。


 ――今追わないと駄目なんだ!


 レーシアが連れて行かれる。


 ――間に合わなくなっちまう!


 会えなくなる。



「ああああああああっ!」


 いっそ小賢しいほどに機転が利き、滅多なことでは他者に縋らないアトルが、このとき本気で自分は狂ったと思った。

 それほどに誰かの助けを望んだ。





************





「アリサ、いけそう?」


 シェラの声を聞き、アリサは首を振った。


「いや、これは無理。どんだけ頑丈な檻なんだか」


 地下の、岩を穿って作られた牢である。

 硝子の汚れた角灯が壁に幾つか吊るされてはいたが、到底満足な視界は得られない。

 湿気のせいで寒さは地上よりも厳しく、実際、捕らわれた四人は身を寄せ合って震えていた。


 アリサは団子状態になっている中から手を伸ばし、牢の錠を弄っていたのだが、解錠は無理であるということを認識させられたばかりだった。


〈インケルタ〉の「餓鬼」たちばかり四人がそこに囚われていた。顔ぶれは、アリサ、シェラ、ラッカー、デリック。


「そもそもなんで私たち襲われたんだろう」


 アリサはぼやくように呟いた。


「さあなあ」


 デリックが答え、身震いする。


「寒ぃなー。オヤジたち心配してっかなー」


「してなかったら縁切るから!」


 シェラが断言した。


「あの戦い、オヤジたちがしっかりしてたら私たち捕まんなかったくない? だよね?」


「過ぎたことを言わない言わない」


 アリサは言い、溜息を吐いた。


「――宝国に行ってからいいことなしだわ」


 そのとき、地下牢に靴音が響いた。四人全員が身構える。この地下牢はそう広くなく、房はこれ一つ切りなのだ。まず間違いなくここに用がある――。


 ぎいい、と錆びた音を立てて房の前にある扉が開かれた。地下通路と牢を隔てるための扉であり、その扉を潜ったところとアリサたちが捉えられているところは、鉄格子で隔てられている。

 姿を見せたのは、十人程の男たちだった。先頭の男が鍵を取り出して鉄格子の扉を開け放つ。無論、捕らわれた四人は逃げ出そうとしたが、無駄である。念動系の魔術がしっかりと四人の身体を押さえ込んでいた。


 それから、大き目の鉢が運び込まれる。そこに木炭が仕込まれ、火が入れられるのを見て四人の顔は輝いた。少しでも空気が温まるならば大歓迎である。


 そして大量の毛布が入れられる。そこに湯たんぽまで入れられるのを見て、四人は一斉に瞬きした。


「ここに」


 男の一人が押し殺した声で言い、また一人が戸惑ったように言う。


「こんなところでいいのか……?」

「仕方あるまい……ディーンさまの話では相当な怒り様だったというし、感情に任せて宝具でも起動されたら堪らんからな……」

「しかしそれではどうせ――」

「――黙れ、命が惜しければ近付かぬのが賢明だろう」


 その遣り取りを耳にし、一体どんな危険人物が運び込まれるのかと四人は固唾を呑んだが、最後尾の男が丁寧な手付きで抱き上げていたその人物を毛布の上に下ろし、更にその上から毛布を掛けてやるのを見て、怪訝な表情になった。


 灯りの乏しい地下でも分かる、それはほっそりとした身体つきの少女だった。


 そしてアリサは息を呑んだ。


「この子――」


 十人の男たちが次々に立ち去り、扉が閉められる。

 そうしてやっと自由になった身体を労わりつつ木炭の入った鉢ににじり寄りながら、アリサは呟いた。


「この子、アトルといた子だわ……」


 もう半年以上も会っていない、生死も不明な仲間の名前に、他の三人も一斉に運ばれてきた五人目の虜囚を見た。


「そうだ。俺も見たことある……」


 デリックが呟き、その濃紺の髪の美貌の少女を、目を丸くして見た。





************





 アジャットにとっては悪夢のような時間だった。


 アトルとレーシアを広場に残して立ち去ったこと自体、今考えると信じられない失態である。

 いくらアトルが特等指定を受ける程の実力の魔術師になったとはいえ、高等指定魔術師である自分がレーシアの傍に残るのが、最も合理的な選択肢だったはずだ。


 なぜ自分がレーシアの傍を離れたのかも分からなければ、広場を出た自分が何をしていたのかもよく分からない。

 もっと言うならば、なぜ馬車に三人を残して来たのかも分からない。一人が残れば良かったはずだ。


 アジャットは今、広場に戻ろうとしている最中だった。距離にすればそれ程のものではないはずなのに、なぜか同じ所を何度も通り、一向に広場に近付けない。


 ふう、と息を吐き、アジャットはフードを深く下ろした。


 何らかの魔術が働いているに違いない、と思う。だが問題は、それが「いつから働いていたか」ということだ。


 言い訳のようだが、個人の判断に干渉するような強い精神系の魔術が働いていたのならば、アジャットの相次ぐ失態にも納得がいくのだ。


 更に言えば、馬車が検問に引っ掛かったこと、あれもまた不自然だ。どこかからこの町の行政に圧力が掛かったのか、それとも偶然か――。


 そんなことを考えながらも足を速めたアジャットと、銀灰色の髪の男を従えた黒髪の男が、何か気の利いた冗談でも聞いたかのように軽く笑い声を上げながら擦れ違った。


 ふわりと人と擦れ違うときのあの風の流れを感じて、一瞬後、アジャットは驚愕の余り立ち止まった。


「――な」


 同じ所を何度も繰り返して通り、広場に近付くことの出来なかったあの感覚、あれが失せていた。迷路から抜け出したかのように明確に分かった。あの理不尽かつ不可解な魔術から抜け出したのだと。

 思わず振り返り、今し方擦れ違った二人を目で捜す。ゆっくりとした歩調で遠ざかる二人が確かに見えた――と思った次の瞬間、視界にミルティアが出現した。


 銀灰色の髪の男がふと足を止め、ミルティアを見て何かを囁いた。ミルティアがぱっと顔を上げる。落ち着きなく周囲を見渡した彼女は、食って掛かるように銀灰色の髪の男に向かって怒鳴り声を上げた。


「――あんたたちぃ、何ぃしたのヨ!」


「ミルティア!」


 アジャットが声を上げると、ミルティアの視線がこちらに流れ、その目が見開かれた。


「うっそぉ、アジャットぉ、いつからぁそこにいたのぉ?」


「先程からだが――」


 アジャットが呟くと、ミルティアがとことこと駆け寄ってきた。


「ミルティアこそ、なぜここに?」


 ミルティアは小首を傾げた。


「よく分かんないんだけどぉ、馬車の検問がさっさと終わってぇ、アジャットたちにぃ合流しようとしたんだけどぉ、進めど進めどぉ大通りが終わんなくてぇ」


「ふむ」


 アジャットは顎に手を遣った。


「あの二人組が何か関わっていると見て――」


 そう言って二人をもう一度目で捜そうとした瞬間、奇妙なことが起こった。


 大通りが広場の方へとずれたのだ。いや、実際には二人の身体が広場から遠ざけられたという方が正しいのだろうが、二人からすれば、静止している自分たちを残して大通りそのものが前に進んだように見えたのだ。

 先程まで二人よりも広場から遠ざかっていたあの二人組も、今は当然の如く二人に先んじて広場へと折り返そうとしている。黒髪の男が銀灰色の髪の男をからかうように笑顔を向けているのが、はっきりと見えた。


 周囲の人々も、アジャットとミルティアが常識では考えられないような移動をしたことに全く気付いていない様子だ。


「あ、アジャット……」


 ミルティアが珍しく不安そうにアジャットに寄り添った。


「何ぃ、これ……。空間転移なんてぇ、時間停止とぉ同じくらい難しい――最高位魔術じゃない」


 アジャットは自身の脈が速くなるのを感じながら、それに答えた。


「ああ。――レーシアさんを百年眠らせたのは、案外あの二人の関係者ではないのか?」


 レーシアが百年の眠りに就いていたのは、彼女に時間停止――時を操り、対象をその流れから切り離す、最高位の元素系魔術が掛けられていたからだ。

 そしてこうして対象を空間から切り離し、他の空間に転移させる空間転移の魔術もまた、それに比肩する難易度と消費魔力を要する最高位の念動系魔術である。


 アジャットが広場に向かって進もうとしたときだった。


 腹に響く音と共に、広場を囲うように障壁が張られた。仄かに輝く障壁が、広場の縁から立ち上がって天を衝く。


「まずい……」


 アジャットは呟いた。


「レーシアさんとアトル青年が危ない」





************





 リーゼガルトとグラッドにとっては、訳が分からない時間だった。


 そもそもなぜミルティアを含む自分たち三人が馬車に残る判断をしたのか、そこがまず不明瞭である。

 理由となった検問はやけにあっさりと終わり、そこからアジャットたちと合流しようにも、行けども行けども終わらない大通り。

 異常事態を悟り、ミルティアが馬車から離れてアジャットたちを捜し始めた。残った二人は眉を顰める。


「これどう考えてもおかしいだろ」


「はい……。何かの魔術、なのでしょうが、発動させるのにどれだけの魔力が要るのか……」


 リーゼガルトは口元だけで笑った。


「レーシアとか、エンデリアルザとか、そんなくらいの魔力を持ってる術師が、この辺にいるのかね?」


 グラッドは強張った顔で笑おうとしたようだったが、そもそもがおどおどしている顔だったため、どうしても不気味に見える表情を作ったに留まった。


「ア、アトルさんが心配です……」


 リーゼガルトは掌で顔を擦った。


「あの過保護っぷりからしても、命懸けでレーシアは守りそうだけどな……」


 グラッドは不安げに目を伏せた。


「守り切れる範囲の危険であれば……いいのですが……」


 そのとき、広場を囲う障壁が出現した。リーゼガルトとグラッドは息を呑み、それを振り仰いだ。


「何が起こってんだ――?」





************





「主上」


 些か責めるようなレナードの声に、ゼティスは低く笑いながら振り返った。


「少しばかり、お戯れが過ぎますよ」


 予想通り、眉間に深い皺を刻むレナードに、ゼティスは肩を竦めた。


「すまないな。だが、分かるだろう? このままではレーシアは死んでしまうよ」


 先程大通りで後方へと転移させ、置き去りにした二人の魔術師の顔を思い浮かべ、レナードは険しい表情を作った。


「それはそうですが。――主上、そもそもレーシアをあんな者どもに預けておく意味があるのですか。早急に我々の手で――」


「レナード、言っただろう?」


 彼の主は穏やかに遮った。


「私も宝具の正確な在処は知らない。それにね、私たちがあの子を引き取ることは都合が悪いんだよ。

 私はレーシアに、『諦めてもらわなくてはならない』のだから。

 あの子は少々人懐っこいようだからね、引き取ったらきっと私のために『受け容れて』しまうよ」


 レナードは顔を伏せた。


「……差し出がましい口を効きました無礼、お許しを」


「気にするな」


 そう言って、ゼティスは己の手で身動きを封じた青年の背中をちらりと見遣る。

 必死になって拘束の魔術に抗っているようだが、今の彼に掛けられている術は、最高指定魔術師でも解除は難しいものだ。どうにかなるはずがない。


「悪いね、きみにはしばらくここにいてもらわないと」


 ゼティスはひっそりと呟いた。


「でないとレーシアが死んでしまうからね」


 微笑んで、ゼティスはレナードに向き直った。


「――今日は我が侭で手を取らせたな。複数の人間の判断に干渉するなど、皆も疲れたろう。今日はしっかりと休んでもらうようにしてくれ。おまえにもこの町と交渉させてしまったね」


 レナードは仄かに嬉しげな様子を見せた。


「主上のお言葉とあらば」


「もう皆には術を解除してもらって大丈夫だ。飛翔船に戻ってもらってくれ。残りは私が済ませるよ」


 レナードは確認するように訊き返した。


「私はお側に付いていてもよろしいでしょうか?」


 ゼティスは苦笑した。


「したいようにしなさい。――さて」


 表情を改め、ゼティスは右腕の腕輪に嵌められた水晶を撫でた。


「あの青年を、レーシアの下へ案内しなければね」






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