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厄災少女と百代の約束 ―百年後、あなたに出会う―  作者: 陶花ゆうの
Chapter-02 I Absolutely Guide Her To Somewhere Safely Place.
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07 町を逃げ歩く

 町の一般区画まで下りると、高級住宅襲撃の話はまだ伝わっておらず、何の異変もないように見えた。アトルは、ふう、と息を吐き、そろそろ限界の痛みを訴える傷を服の上から押さえた。


「大丈夫?」


 レーシアが心配そうに覗き込んでくる。アトルは頷き、大通りを逸れて脇道に入るようレーシアに指示した。

 大通りを左折して入ると、そこには小さな店が軒を連ねており、大通りほどではないが、黄昏時でもなかなかに賑やかだ。レーシアは怯んだようにアトルの腕を掴む手に力を込め、アトルは呻いた。


「痛、痛いってレーシア」


 レーシアははっとしたように手を緩め、そわそわと目を泳がせた。店を見ているようだ。人が沢山いるのには気後れするが興味はある――というところか。


「ご、ごめんなさい」


 アトルは溜息を零し、迷子になられても困るのでレーシアの手を握った。

 傍から見ると仲睦まじく手を繋いで歩いているようだが、その実情は怪我の痛みのせいで倒れそうになっている青年が、迷子になりそうな少女の手を引いているだけである。

 レーシアは店の軒先を追っていた目をアトルに戻し、彼の手を握り返した。


 二人はゆっくりと歩を進めた。アトルはレーシアの髪が剥き出しになっていることが気になったが、更なる問題もあった。

 レーシアの薄黄色のドレスは、この辺りではまず見掛けない高級品で、なおかつ百年前のもの――著しく時代遅れな意匠なのである。

 これで目立たなければ、周囲は全員盲目ということだ。


「ね、ねえ、なんか見られてない!?」


 レーシアは怯え切った様子でそう言ってきたが、声を大にして返したい。――おまえのせいだと。


「ああ、そうだな」


 アトルはなおざりに返し、胸を押さえて痛みの波をやり過ごした。


 右手からパンの匂いが漂ってくる。店内の棚にずらりと並べたパンの匂いが、開きっ放しにしてある出入口から漂ってくるのだ。

 そのパン屋の隣は花屋で、女主人同士が店から出て、恐らくは先程まで世間話をしていたのだろうが、今はこちらを見ている。

 左手には書店と薬屋が軒を並べ、その店主たちもまた、隠す気もないのだろう、あからさまにこちらを見ていた。

 レーシアはちらちらとパンの方を見ており、そろそろ空腹になったことを暗に示していたが、何も言わなかった。

 言われたところでアトルに現金の持ち合わせはないので買ってやるわけにもいかないのだが、アトルには断言できる。

 レーシアの沈黙は決して、アトルを気遣ったとか、遠慮したとかではない。知らない人が怖い、清々しいまでにただそれだけであると。

 だが、レーシアがいかにびくつこうと、親切は向こうからやってきた。


「ちょっと、あんたたち」


 レーシアは、びっくう、と面白いほどに肩を跳ね上げてアトルの後ろに回ったが、アトルはそういうわけにもいかないので対応した。


「――はい?」


 パン屋の女店主が、花屋の女主人との会話を打ち切ったのだろう、店に戻っていく彼女を尻目に、こちらに向かってせかせかと歩いてくる。

 ふくよかな身体に桃色の前掛けを着けた彼女は、典型的な「地元のおばさん」だったが、レーシアにとっては未知の生物だったようだ。少なくともそんな反応だった。

 怪我人を盾にしてそちらを窺うその態度は、もういっそ敬服に値する。


「どうしたんだい、怪我してるのかい」


 彼女は言いながら、アトルにしがみ付いたまま後退ろうとするという、無茶な挑戦をしているレーシアに微笑んでみせ――ようとして、束の間その美貌に絶句した。

 しかし、怯みまくっているレーシアは「あら綺麗な娘さん」といった程度の感想を抱かせるに留まったようだ。女主人はアトルに視線を向けると、今度は眉を顰めた。


「あんた、歩き方が変だよ。辛いのかい?」


「あーっと……」


 アトルは視線を泳がせた。

 この女性自身が追手である可能性は限りなく低いが、追手が掛かって迷惑を掛けることは十分に有り得る。

 ゆえに、大丈夫です――と答えようとしたアトルの言葉を遮るように。狙い澄ましたかのように。


 ぐうぅ、とレーシアの腹の虫が間の抜けた声で鳴いた。





************





 ほかほかと湯気を立てるスープを前に、アトルは声に精一杯の誠意を籠めた。


「ほんっとうに、ありがとうございます、すいません」


 連れの態度も何のその、幼子のような純粋な期待に溢れる眼差しでスープとパンを見るレーシアは、その頭上に「うきうき」という文字さえ浮かんで見えそうだった。

 ただ、促されるまで手を伸ばそうとしないのは、彼女の一応の礼儀といったところだろうか。


「いいのよぅ、私が好きでやってるんだもの」


 といったパン屋の女主人はエイリというそうだ。


 レーシアの腹の虫が豪快に鳴いた結果、二人は店の二階にあるエイリの自宅に招かれていた。朝食を食べた切りで、空腹になるのも当然ではあったが、〈インケルタ〉にいたアリサたちとの堪え性における差を見せつけられた気分で、アトルはエイリの招きに屈託なく応じるレーシアを見ていた。

 エイリは、隣家のジュディ――花屋の女主人だ――に己の店の店仕舞いをも頼み、こうしてアトルたちに付き合ってくれている。


 ――正直、穴があったら入りたいほどに申し訳ない。


 しかしそう思っているのはアトルだけのようで、エイリはにこにこと笑い皺を深めながら微笑んでいるし、レーシアは言わずもがなの浮かれっぷりだ。どうやら今のこの少女の脳内には「遠慮」の文字はかなり薄いインクで記されているらしい。


「ま、どうぞ」


 エイリが軽く手振りを交えながら勧めるや、レーシアが顔を輝かせた。認めざるを得ない、文句なしの天使の笑みである。


「いただきます!」


 アトルがこれまで聞いた中で最も元気のいい声でそう宣言し、レーシアはスプーンを取った。相変わらず上品な、どこに出しても恥ずかしくない作法である。

 アトルももう一度エイリに会釈してからスプーンを取り、スープを一口含む。その際の姿勢のせいで傷が痛み、若干目に涙が滲んだが、それも全て美味のゆえとばかりににっこりと笑ってみせる。


「美味しいです」


「まあ嬉しいこと」


 エイリはころころと笑い、仕草で「どんどんおあがり」と慈愛に満ちた許可を出した。

 それに甘えるように二口、三口とスープを口に運び、パンを齧りながら、アトルは頭の中でレーシアに関する今までに分かったことを並べてみる。


 まず、臆病である。人見知りでもあり、今のところ警戒なく接することが出来るのはアトルにだけ。

 次に、宝具というものと封具というものを所有しているか、あるいはそれに対する何らかの権利を持っているらしい。封具というものがアトルの命を救ったという事実からも分かるように、これはなかなかとんでもないものであるようだ。ミラレークスも現在掛かっている追手も、恐らくはこれが狙いだろう。

 また、百年以上前、戦争前夜に生きていた人物であり、同じく百年以上前の人物である「サラリス」に会いたがっている。どうやら保護者のような人物だったらしいと思われる。

 この「サラリス」が今もアトルが持っている手紙を書いた本人であり、更にはレーシアを眠らせた張本人だと考えられる。しかしレーシアはそうは思っていない――というか、そう思わないようにしているようだ。

 そして、他人に対する気遣いや遠慮、自発性には欠けるが教養はある。礼儀作法も弁えている。それなりの教育を受けられる環境にいたと推測するのが妥当。

 更には尋常ではない魔力量。属性を付与されていない魔力を爆発させ、その対価である生命力を更に魔力で払えるほどの圧倒的な魔力を持っている。その上、常時念動属性の魔力を垂れ流しているがゆえ、体重が殆ど相殺されてしまっているという非常識さを誇る。


 一通り頭の中にレーシアの情報を並べたアトルは、思わず心中で呟いた――なんて常識外れな生き物なんだ!


 レーシアは無言でひたすら食べている。ぱくつくというよりは、しずしずとした動きながら間断なくスープとパンを口に運んでいるという方が相応しい食べっぷりだ。


「……おまえさー」


 アトルが呆れて口を出した。


「アジャットたちといたときはそんなにがっつかなかったってのに」


 レーシアは顔を上げて視線をアトルに向けると、しっかりと口の中のものを飲み込んでから、きょとんとした顔で言った。


「だってあんな、威圧感満載の人たちと楽しくごはんなんて、出来ないもの」


「…………」


 アトルは瞑目した。そうか、あの程度で威圧感満載だと感じるのか、と己に言い聞かせるようにして頭の中で反復する。

 とするとアトルは、威圧感の全く感じられない――頼りなく見えているということか。

 アトルが唐突に溜息を落としたので、レーシアは少し驚いた様子を見せていたが、やはり空腹が今は最も重要な懸案事項であるらしく、すぐに食事に戻っていった。


「まあま、可愛らしい娘さんだこと」


 エイリがにこにこしながら、アトルに特攻を仕掛けてきた。


「恋人さんだね。可愛らしくていいわね」


「ごふっ!」


 間髪入れず咽たアトルの反応を、エイリは完全に誤解して笑った。


「そう照れなさんな。こんなに美人なんだから、きっと自慢の――」

「違う! 違うんですこいつはそんなんじゃない!」


 全力かつ必死のアトルの叫びに、エイリは軽く目を見開いた。ちらりとレーシアを見遣る。レーシアはぽかんとして二人を見ており、特にどちらの援護をするでもなくぽけっとしていた。


「こいつは――」


 アトルは一旦言い澱んだが、すぐに勢いよく言っていた。


「そう! こいつは俺の命の恩人! 恩人です!」


「――――!」

「まあ、そうなのかい」


 レーシアの驚きに満ちた絶句と、エイリののんびりとした納得が重なった。

 エイリは詳しい事情を訊くなどという野暮なことはせず、ただ微笑んだだけだったが、レーシアは恋人呼ばわりされたときよりも明らかに動揺しており、手に持ったスプーンがぐらぐらと揺れていた。


「あ、あああ、アトル」


 レーシアが過剰にどもりながら呼び、アトルは彼女の方を見てやっと気付いた。


 ――照れている。


 レーシアは頬を染め、視線を彷徨わせ、思い切り照れていた。


「お、おう。なんだ」


 なぜかは分からないがその緊張が伝染し、アトルが詰まりながらも返事をすると、レーシアはアトルを見上げて(座高でもアトルの方が随分と高いのだ)、期待に満ちた表情で訊いてきた。


「――私が恩人なら、アトルは私を売ったりできないよね!?」


 束の間、アトルは瞬きしか出来なかった。だが、やがて訝しげに訊き返す。


「おまえそれ――俺の特別給与のことか?」


 こくんと頷いたレーシアに、アトルは呻く。


 ――方便というものを知れ、レーシア。そして何より……


「あんた――どういうことだい?」


 ……誤解を招く言い方をしてくれるな。





 正義感の強いパン屋の女主人に、「誤解です」「違うのです」「言葉の綾です」「な? レーシア」を十数回ずつ告げ、アトルは何とか冤罪を免れた。

 その頃には食べ掛けだったスープはすっかり冷めてしまっていたが、自らの誤解を詫びて温め直そうとしてくれるエイリの親切を断り、そのまま食べる。

 そして、食べ終わったレーシアに(余談だが、アトルが誤解を解こうとして必死になっていた間にも、同意を求められたとき以外は、レーシアは食べるのを止めていなかった)、もう行くぞと告げる。


「え、もう?」


 レーシアは首を傾げ、しかしそれでも立ち上がった。やはりこの少女、怯えてさえいなければ他人の言うことをほいほい聞くようだ。


「大丈夫なのかい?」


 エイリが案じるように尋ね、アトルはそれに笑顔で答えたが、実際は真逆だった。

 傷の痛みは限界である。ここで倒れることは避けたい――エイリに迷惑を掛けることになるし、何よりも「紺色の髪の少女がこのパン屋に入った」ことは複数人に見られているだろう。追手がいざやって来たとき、追い詰められる可能性が非常に高いのだ。

 倒れるならばせめて、安全な所で引っ繰り返りたいと、それはアトルの切なる願いであった。

 レーシアがエイリにぺこんと頭を下げ、とたとたとアトルの傍にやって来て、「どこ行くの?」と当然の顔で訊く。それを一旦無視しながら、アトルもエイリに礼の言葉を述べるが、エイリは微妙な笑顔で首を振った。アトルのことを危うく人身売買の犯人と思い掛けたことを申し訳なく思っているらしい。


 階段を下り、パン屋の出入り口まで送ってもらう――というか、アトルの足元が危うかったためにエイリが支えてくれた形だ。そうして再度「大丈夫なのか」という問いに頷き、アトルたちは外に出た。


 既に外は真っ暗だ。


「ミルティアたちが見付かればいいんだけどなぁ……」


 アトルの呟きを聞きつけて、レーシアが彼を見上げた。


「どこにいるか、全く分からないの?」


「分かれば苦労しねえよ」


 それはそうだ、とレーシアは屈託のない明るい顔で笑った。


「金もないから宿も取れねえしなー」


 アトルが愚痴のように零した瞬間、まるでその必要はないと断言するかの如く、複数の叫び声が大通りの方で上がった。


 それに追随するかのように、形容し難い音が鳴る。鞭で町を叩くように、はっきりと。


 ――無音の中に広がる波紋の音。

 念動系魔術のぶつかり合う音。


 例によって竦み上がったレーシアが、アトルの傷の存在を綺麗に忘れて腕にしがみ付く。アトルは軽く眩暈を感じた。


「レーシア、だから――」


「やだやだやだやだ!」


 アトルの言葉を押し潰す形で、レーシアが悲鳴なのか駄々なのか、とにかく叫んでますます強くアトルの腕を握った。


「いや、だからな、レーシア……」

「アトル! どうしよう! アトル!」


 逃げたいと全身で訴えているのだが、それと同じくらい全身でアトルが動くのを邪魔している。


「分かったから放せって! そもそもこっちには来ていても、おまえを目指して来てるとは限らねえんだから――」


 アトルが言い終わるよりも早く、周囲の帰宅途中の人々も事の異常さに気付いて騒ぎ始めた。エイリも訝しげな顔で表に顔を出す。


「なんだい、今の――」

「なんだなんだ、どうした? 今の声」

「高級区から誰か下りて来たってよ! 魔術師じゃねえの?」

「これ、魔術の音なの? 何してるの、その人」


 アトルはレーシアを引き剥がし、顔を顰め、傷を押さえながら軽く前屈みになってレーシアと視線を合わせた。


「いいか、レーシア――」

「ね、ねえ、こっちに近付いてない?」


 レーシアが怯え切った目でアトルを見、それに追い打ちを掛けるように誰かが呟き、アトルは内心でその人を罵った。


「落ち着いて聞け」


 強めの口調で言うと、レーシアは唇を固く結んで頷いた。


「この騒ぎの原因が、ここを目指しているとは限らないが、おまえを目指そうとしてるのは間違いないだろうってことは、分かるな?」


 こくこくとレーシアは頷く。素直でよろしい、とアトルは大きく頷き、言った。


「逃げるぞ」

「うんっ」


 レーシアがアトルの腕をぎゅっと握ったが、今度はそれを素気無く振り払われ、心細そうな顔をする。

 刺激される必要のない罪悪感を思い切り刺激されたアトルは、溜息を零して言った。


「痛いんだよ、傷が」

「あっ……」


 レーシアは数瞬絶句し、それからおずおずと微笑んだ。


「ご、ごめんなさい……」

「いいから、急ぐぞ」


 アトルは断固として言った。

 怪我人が急かして、結局は足を引っ張るのは常道だが、この場合それだけはない。

 職業柄もあって身体を鍛えてきたアトルが、怪我をしているとはいえ軟弱を絵に描いたようなレーシアに後れを取ることは有り得ない。


 今度はアトルからレーシアの腕を掴み、大通りとは反対の方向へ進み始めた。怪しまれない程度の速さで、適度に周囲にも目を配りつつ――傍目には宿を探しているように見えるだろう。とはいえ、そんな気配りが出来たのはアトルだけで、レーシアはかなり顔色も悪くなっていた。余程怖いらしい。

 こんななら、こいつを病人ってことにした方が上手くいくのではないか――そんなことをアトルが考え始めたとき、五つの鐘塔が一斉に鐘の音を轟かせた。


 高く、低く、重く、軽やかに、荘厳に。それぞれ違う音色の五重奏。アードがこの魔術師たちの攻防を脅威と捉えたのだ。一日に二度も厄災の鐘が鳴らされるなど、恐らく前例がないだろう。


 一度目はトニトルスのせいだが、この二度目が恐らくレーシアのせいだと考えると、この少女の迷惑さがしみじみと感じられる。


 もっともレーシア本人にその自覚はなく、今も完全な被害者面でアトルの後をとたとたと付いて来ている。

 この怯えようは半端ではないので、こんな状況を前にも経験したことがあるのだろうか、とアトルはぼんやりと思った。


 辺りはすっかり夜になったが、鐘塔が鳴らされたとあって周囲は騒々しい。

 万一のとき、きちんと逃げ出せるようにするためには情報がなければならないのだ。二十代以上の者たちには、百年戦争の記憶がある。十代後半の者も、漠然と覚えている。

 だからこそ、命あっての物種だということがよく分かっているのだ。


「あ、アトル」

 早くも息を弾ませながら、レーシアが訊いてきた。

「どこ行くの?」


「さあな」


 アトルは顔を顰めて答える。想像以上に傷が疼いた。


「逃げられればいいけどな……」

「えっ? 待って、逃げられるか分からないの!?」


 レーシアが目を丸くし、その口調に悪意があったならアトルはぶち切れていただろうが、純粋に驚いた口調だったので堪える。


「いいか、俺だってこの町は初めてだ。土地勘だってないんだぞ。どこでいつ袋小路に迷い込むかと思うと胃が痛いぜ」

「……それを聞いて私もお腹痛くなった……」


 レーシアが呻くように言い、アトルは軽く笑った。


 のほほんとした印象があるレーシアは、どうやらアトルを落ち着かせてくれるらしい。だがその効力は一方通行であるらしく、レーシアは本気で腹痛を覚えているようだった。


 しかも辺りが暗くなり、進むにつれて倉庫が集まる通りに来たらしく、家屋から漏れ出す明かりも少なくなると、レーシアは視界が効かなくなってきたらしい。ますますアトルに身体を寄せ、ぎゅっと掌を握った。

 通常であれば、「役得万歳!」と内心で叫ぶべき状況なのだが、いかんせんレーシアの怯えようが本気過ぎる。よしよしと繋いだ手の親指で彼女の手の甲を撫でてやった。


 アトルは本当にこの町に来たのは初めてだ。オールディ邸からどれくらいの距離にいるのかは把握しているが、ここがどこかは全く分からない。三叉路に差し掛かったが、どれを取ればいいのか全く分からないのだ。これには困った。


 魔術の衝突する音がまた轟く。だが、随分と近い。奇しくも同時、左手の道から影が差した。


「っアトル!」


 レーシアの焦ったような声。しかし声を掛けられるまでもなく、アトルだって気付いている。


「やっべぇ……」


 ずらずらと。それはもう大盤振る舞いで。準シャッハレイに現れたのとは一線を画す、制服こそないものの十分に統制の取れた集団だった。ざっと見て三十人。


 ああ、詰んだな。


 アトルは悟りを開いた心境になった。


 武器らしい武器もなく、どうしろと。

 むしろそこまで武装しなくてもいいですよと言ってやりたい。

 こちらは役立たずの女一人と怪我人だ。







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