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厄災少女と百代の約束 ―百年後、あなたに出会う―  作者: 陶花ゆうの
Chapter-02 I Absolutely Guide Her To Somewhere Safely Place.
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03 人と違う五感

 翌日の朝から馬車は動き始めた。

 念動系の魔法で補助すれば、木々を薙ぎ倒すようなことにはならないらしい。

 一応御者台はあり、道行く人に怪しまれないようグラッドがそこに座っているのだが、見事に何もしていない。馬たちにも何の負担も掛かっていないらしく、元気に進んで行っている。

 だがさすがに、速度を出すときには、馬にも馬車を牽いてもらわねばならないらしい。つまりこの馬車の御者が仕事をするのは、この巨大馬車が爆走するときのみであるということだ。


 馬は、最前列の右が白毛、左が黒鹿毛、二列目の右が栗毛、左が尾花栗毛、最後列の右が河原毛、左が月毛という色合い。ミルティアが嬉々として語ったところによると、

「月毛の子がリューク、河原毛の子がシャル、尾花栗毛の子がアーザ、栗毛の子がエリ、黒鹿毛の子がアンデュー、白毛の子がニレッタ」

 らしい。

 それはそれは嬉しそうに干し草をやっている。ちなみに、馬のための食事やブラシはミルティアの手で厳重に管理され、この散らかった室内とは一線を画した雰囲気と共に保管されている。


 更にミルティア曰く、

「アトルってぇ、シャルの毛色と髪の色が似てるぅ。良かったわねぇ」

 とのこと。

 何が良かったのかアトルにはさっぱりだったが、ミルティアは機嫌よさげに笑っていた。


 レーシアは馬に余り近寄らない。さすがは臆病の王道である。


 馬車が動き始めてから半日、無事にアゼンタ街道に乗った彼らは、街道を南下しつつ、いつレーシア目当ての追手が掛かるかは分からないという心構えだけは整えていた。

 しかしそのレーシア本人は、至ってのほほんとした態度で、アトルが横になっている寝台の傍で、昨日椅子替わりにした木箱の上に腰掛けていた。それ以外の木箱は重ねられ、隅に追いやられている。


 特別給与が欲しいアトルとしては、レーシアに四人と仲良くなってほしいのであの手この手でレーシアを追い払おうとしたのだが、レーシアは頑として動かない。

 終いには真顔で、「そんなに邪魔?」と言われてしまい、最早打つ手がなくなったのだった。


 街道には人通りもある。


 行商人の集団が駄馬に荷馬車を引かせてゆっくりと通りながら、自分たちを追い越して行った豪奢かつ巨大すぎる馬車に目を瞠る。

 四、五人で馬を駆り、仕事に向かうのかこれから拠点に戻るのか、何かを楽しそうに話している若い冒険者たちが、軍馬にも匹敵するような馬を六頭も繋いだ存在感のあり過ぎる馬車をぽかんとして見る。

 小さな馬車に乗った、それなりの資産家の子息だろう男が、大枚を叩いても追い着かないだろう馬車に憧憬の眼差しを送る。


 次から次へと集まる注目に、御者台のグラッドはびくびくしていた。意味もなく何度も頭を下げている。哀れだ。一方の馬車の中は、窓を避けさえすれば視線に晒されることもないため、五人がのんびりと座っていた。


 進行方向左の寝台にはアトル。その傍に、アトルを防波堤とするようにしてレーシア。もう一方の寝台にリーゼガルトとミルティア。そして、二つの寝台の中間地点に、進行方向に背を向けるようにしてアジャットが、重ねた本の上に座っている。


 がたがたと馬車が揺れる度に、積み上げられた荷物が危なっかしく揺れ、時折崩落している。始めのうちはアトルもレーシアも「いいのか?」と思いつつどうすればいいのか悩んだのだが、他の者にとっては日常茶飯事のようで、平然としている。時折思い出したように誰かが山を積み直す程度の行動しか起こさない。


 が、ここで問題となったのがレーシアだった。彼女も始めは本の山の上に座っていたのだが、彼女には殆ど重さがない――というか、彼女の魔力が体重を相殺してしまっている。ゆえに、レーシアが重石にならない。結論として、レーシアごと本の山が崩れたのだ。

 これにはアトルも驚いたし、周囲も同じだった。そして木箱が持ち出されたのである。

 更には、レーシアに殆ど感じられる体重がないことが分かって、馬車の中にいるミラレークスの三人――特にアジャットがわくわくした声音でレーシアに質問を始め、レーシアがおろおろとそれに答えようとし、結果としてレーシアですら自分の魔力や体質のことが今一つ分かっていないということが分かった。

 彼女から溢れ出している魔力に属性を付与したのすら、レーシア本人ではないようだった。


 街道沿いにはいくつも町がある。街道に面しているという地の利もあって、どれも三大都市には及ばないものの活気のある町である。


 今日のうちには、シャッハレイから直近の町、アードに着くはずだった。


 ガタゴトと馬車が進む。


 リーゼガルトが旅路は暇だと言っていたが、どうやらそれは本当のようだった。アジャットは適当な本を読み始め、ミルティアは一旦髪を解いて梳かし、結い直し始め、リーゼガルトは大刀の手入れを始めている。


 それもそのはずで、一年も一緒にいれば話題も尽きるだろうし、アトルたちもまだそれほど親しくないので積極的に話題を振りにくい。


 アトルはただひたすら寝転んで傷の治癒と体力の回復に努め、レーシアはぼんやりとした目で馬車の後方に設けられた窓を見ている。


 アトルの胸の傷は、傷口がしっかりと縫われており、封具のお蔭で傷の悪化も進行も有り得ないため、治るのを待つだけで良くなっていた。


 がたん、と馬車が揺れ、レーシアの身体が弾んだ。


「わっ!」


 レーシアは慌ててアトルが寝ている寝台に掴まり、事なきを得たが、アジャットが本を閉じて思案するようにフードの奥の顎に手をやった。


「む。この問題に関しては解決せねばならんな」


 念動系の魔術で簡単に解決する問題だが、いくら指定魔術師と言えども、長時間の魔力の行使は厳しい。

 アトルは知らないことだが、戦闘時など長時間の魔力の行使を強いられたときには、魔術師には突然の失神が多発することもあるのだ。

 木箱は蓋がない型のものなので、中に何か入れるということもやり辛い。中に本を詰めてその上に座るということも考えられるが、箱と本との大きさの関係上、隙間もなくぴたりと本を詰めることは不可能。馬車が揺れる度に微妙に動くものの上に座るのは居心地が悪いだろう。


「おまえ、羽毛かよ」


 アトルが呆れて言い、ふと思い付いて提案した。


「なんかすげえ重い物持たせればいいんじゃねえの?」


 アジャットが頷いた。


「ふむ。別の物の重さを借りる、ということだな」


 彼女は周囲を見渡し、立ち上がった。同時に、ミルティアとリーゼガルトも立ち上がった。そして、手当たり次第に本を抱えていく。

 アジャットがそれを、どん、とばかりにレーシアに渡せば、若干びくついていたレーシアが重さに呻いた。更に、どん。

 リーゼガルトがアジャットの分の本の上に自分が拾い上げた本を乗せた。


「うっ」


 どん、と最後の山が乗る。ミルティアの分だ。


「うう……」


 座ったまま、膝に重石を乗せられたレーシアは呻いた。しかし実際、これで揺れに対処はできている――ただし、本を支えるように抱えたレーシアは苦悶の表情である。


「お、重い……」


「重くしてもらったんだろうが」

 アトルは言い、まだ力なく呻いているレーシアに呆れた眼差しを向けた。

「おまえ、自分の体重くらい何とかしろよ」


「しょうがないんだってば……意識している訳でもないし……」


 レーシアがしょげて言えば、リーゼガルトが助け舟を出した。


「ああ。レーシアさんはひっきりなしに魔力を溢れさせてるからな」


「垂れ流しか……」


 アトルは言い、今度はリーゼガルトに目を向けた。


「あんた、魔力に敏感なんだ?」


 リーゼガルトは頷いた。


「ああ、まあな。魔術師の中には、他とは違う感覚を持ってる奴も結構いるんだよ」


 アトルが興味を示したように首を傾げたため、リーゼガルトは説明を始めた。


「魔術的な五感と言えば分かるか? 第二の視覚、第二の聴覚、第二の触覚、第二の味覚、第二の嗅覚ってやつだ。俺の場合は第二の触覚を持ってる。座標展開された魔術とか、魔力とかが感じられるんだよ」


「へえ、珍しいのか?」


 アトルが尋ね、リーゼガルトは曖昧な顔をした。


「どうだろうなあ。これって生まれつきのものだから、指摘されるまで意識したりしねえんだよ。俺の知ってる限りで五人、こんな感覚を持ってる奴がいるぜ」


「グレイシャットのこともぉ、入れてる?」


 ミルティアが首を傾げ、レーシアがきょとんとしてそちらを見た。


「グレイシャット?」


「ああ、あいつな。没落貴族のお坊っちゃんだろ。――あいつは味覚を持ってる。俺と同じで座標から感じる型だな」


「座標って――魔術が展開される場所のことか?」


 アトルがまた訊き、リーゼガルトが頷いた。


「そうそう。座標から感じる型の他には、起点から感じる型があるな。起点ってのはつまり、魔術を使ってる本人のことだが」


 リーゼガルトは自分の胸を示す。


「俺みたいに、魔術と魔力の両方を感じる奴と、グラッドみたいに魔術しか感じねえ奴がいる。魔力しか感じねえ奴ってのにはお目に掛かったことがねえな」


「グラッドさんは、どの感覚を持ってるんだ?」


 アトルが御者台の方に視線を流しながら尋ね、アジャットが答えた。


「彼は聴覚だ」


 ミルティアが痛ましげに言った。


「うん……グラッド、近くで魔術を連発されたらぁ、すっごい辛そうな顔するしぃ、広域戦がぁ得意なのも、間近で魔術使われたくないかららしいわー」


「彼は起点感知と座標感知、どちらも兼ねているからな」


 アジャットがうんうんと頷いた。


「ねえ腕が疲れた」


 レーシアが泣き言を言った。





************





 途中で一度馬車を停め、人々からの視線で精神を擦り減らしたグラッドに代わり、リーゼガルトが御者台に登った。こちらは堂々としたものである。


「お疲れ様」


 アジャットが声を掛けると、グラッドは「いえ……」というように首を振ったが、仕草が疲れ切っている。


 彼はレーシアが両腕で抱えるようにして膝の上に本の山を乗せているのを見て目を瞠り、アジャットをがばと振り返ったが、「これはどういうことか」という言葉が出てこないらしく、ひたすらレーシアとアジャットを見比べている。


「グラッド、これには非常にどうしようもない事情があって――」


 アジャットが説明を開始し、グラッドはレーシアの垂れ流しの魔力に驚きを露わにしていた。



 アードが近付いて来て、グラッドが何やら懐から小さな手帳を取り出した。


「グラッドさん、それ何?」


 アトルが尋ねると、グラッドはへこへこしながら答えた。


「そっ、その自分――この四人の中で資金繰りを及ばずながら務めておりまして……。アードで何を調達するか、それを考えていまして……」


 レーシアが手帳を見てこてんと首を傾げた。


「本は分かるけど、手帳にまで紙を使っているの? お金持ちね」


「レーシア、今じゃ紙は日用品だぞ」


 アトルが言い、レーシアはぎょっとしたように目を見開いた。


「え、そうなの?」


 頷いたアトルは、はっと気付いてレーシアを見た。


「おまえ、アルナー水晶も知らねえんじゃねえの……?」


 レーシアはあっけらかんと言い放った。


「うん、何か便利なものだってことは分かってる」

 首を傾げて言うことには。

「アルナー山脈と関係があったりするの?」


 アトルが説明してやろうと起き上がろうとし、傷の痛みに思わず呻いた。レーシアは本を抱えたまま、

「大丈夫!?」と立ち上がろうとし、勿論立ち上がれずにわたわたしていた。


「アルナー水晶ってのはさ」


 起き上がったアトルが話し始め、レーシアがうんうんと頷いて聞いていることを示す。


「アルナー山脈産の水晶のことだよ。術式を仕込んでおける、魔術師じゃなくても使える便利なもんだ。――ただし、高価い」


 アトルは思わず口調に力を込めた。


「精神系の術式が仕込まれたやつなんか、その辺の家と同じくらいの値段なんだぜ? 信じられるか? こんな大きさの水晶が、家とタメ張れる値段なんだぜ」


 レーシアがアトルの口調の迫力に押されてこくんと頷き、何か言おうとしたとき、唐突に馬車が停まった。

 中の人間たちが怪訝な顔を見合わせると、その中でグラッドがはっとした様子で口を開いた。


「待ってください――何か聞こえる」


 全員が黙ってグラッドを見る。グラッドはしばらく耳を澄ました後、断言した。


「元素系の魔術の音です。――まだ距離がある……」


「鐘の音だ」

 不意にリーゼガルトの声がした。見るといつの間にか馬車の扉を開け、顔を覗かせていた。

「アードの鐘塔の鐘が鳴ってる。厄災の方の鳴り方だ。何かあったんだ」


 アジャットが舌打ちした。


「このまま街道を逸れてアードを迂回するぞ。レーシアさんのことを露見させずに対処できそうだったら手を出そう」


「了解」


 リーゼガルトが御者台に戻る。馬車が動いているのに御者台が空であれば、怪しさ全開だ。


 馬車がゆっくりと動き出した。左に逸れて街道を外れ、そのままアードを右手に見るようにして進路を逸らす。

 街道を離れ、馬車の揺れが一気に激しくなった。レーシアが苦悶の呻きを上げている。本の角が腕に食い込んで痛いらしい。ただし、本の山がなくなれば別の意味で怪我をすることに間違いない。


「いたい……おもい……」


 十数分は耐えたレーシアが呟いた瞬間、窓の外で閃光が炸裂した。馬が怯えて嘶く声が聞こえ、ミルティアが血相を変えた。


「アンデューはみんなより怖がりなのにっ!」


 アトルは咄嗟にレーシアを見た。自信を持って馬よりも臆病だと断言できるからだが、レーシアは怪訝そうな顔をして窓の外を見ている。立ち上がろうとして、膝に抱えた重石と揺れに阻まれている。重量のせいで投げ出すことすら出来ないらしい。


 またしても閃光が炸裂し、耳を劈く轟音が耳の中で暴れ狂った。


「やべえ! トニトルスだ!」


 アトルとミラレークスの三人が絶句した。


 雷兵トニトルス。彼らは最早自然災害に等しい。叫んだリーゼガルトも臨戦態勢を整えつつ、アルナー水晶の術式に指示を与え、馬車の向きを変えようとしている。



 硬いものが割れるようなばりばりという音と共に、馬車の周囲に七本の雷が突き刺さった。

 ――トニトルスの攻撃が向けられているのだ。




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