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07 宿屋のかくれんぼ

 レーシアが完全に固まった。アトルもどうしていいか分からず、結果として部屋の中には沈黙が満ちた。


 その沈黙を打ち破ったのは、部屋の外から近付いてきた音だった。

 ――足音。

 恐らくはさっきの衝撃があって、アトルか荷物かを誰かが心配したから、


「誰か来るっ!」


 アトルが切羽詰まって声に出した途端、レーシアに動きが戻った。とはいえ判断力を発揮したわけではなく、おろおろしながらアトルを見上げる。


「ど、どうしよう。私、戻らないといけないと思うんだけど……」

「話は後だ!」


 問答無用でレーシアの頭を押さえ付けたアトルは、そのままレーシアを時計の中に再収納しようとした。しかしレーシアがばたばたと暴れたため簡単にはいかない。


「なにするのっ。非常識! 野蛮! 無礼者!」

「後にしろ!」


 レーシアの筋力や体力、運動能力は平均をかなり下回るらしく、じたばたと暴れる彼女を時計の中に押し込めて蓋を閉めるのは、比較的簡単なことだった。

 ばたんと蓋を閉めてその上に腰掛ける。中でどうやらレーシアが暴れているようだが、それ以上の力で時計部分である蓋を叩いてやると一気に静かになった。

 最早脅しているようなものだが、これは仕方がない。


 アトル以外に誰もいなかったと明言できる室内に、見知らぬ美少女がいれば誰だって怪しむ。最悪、アトルが何らかの犯罪行為に手を出したのではないかと疑われる。〈インケルタ〉は組織として犯罪に手を出すことはあるが、個人の勝手な犯罪行為を認めるほど優しくはない。


 だからこそ、ここは話の分かる誰かに事情を打ち明けてしまうまで、レーシアを隠し通すのが正解だ。

 アトルは乱れに乱れる心拍を押さえ込み、何喰わぬ顔で床に置いた瓶を拾い上げ、開かれる扉の方を見た。

 ぎいい、と軋みながら扉が開かれる。


「アトル、大丈夫だった?」


 顔を覗かせたのはシェラだ。アトルは頷き、座り込んでいるのもおかしいので立ち上がった。


「何があった?」


 シェラは呑気に首を傾げる。


「さあ。食堂にいたんだけど、阿鼻叫喚だよ。食器棚が倒れたらしいの。それで宿の人が下敷きになったらしくてね。で、ここに積み上がってるあれこれは大丈夫かなってことで、見て来いって言われたんだけど……」


 シェラは室内を覗き込んで、苦笑した。


「あちゃー。やっぱり倒れたか」


 アトルは肩を竦めた。


「ああ。けど立派なだけあって頑丈だな、壊れちゃいないよ」


 ――実際にはどうだか知らないが。


「ただ、元に戻すのが俺だけだときついから――」

 閃いた。

「ゼーン親父でも呼んで来てくれ。あの人も、自分で無事を確認したいだろうし」


 シェラは名指しに少し不思議そうにしたが、さほど考えることなく頷いた。


「はいはーい」


 ひらひらと手を振って戻っていく。

 アトルはレーシアを出すかどうか少し悩んだが、出した結果またしても暴れられては面倒だと思い直し、内心で謝りながらもそのままにした。


 数分後、顔を出したゼーンは不機嫌そうだった。


「てめえ、手伝いに俺を呼ぶたぁいい度胸じゃねえか」

「ゼーン親父聞いてくれ、あんただって自分で荷物の無事は確認したいだろうと思って、ってそうじゃなく」


 早口で混乱した口上を述べてしまったアトルは、ゼーンの腕を力を込めて掴んだ。


「なあ、覚えてるか。俺が旧都の王宮で声を聞いたって言っただろう」


 声を低める。恐らくあれは「サラリス」が仕組んだ魔法だったのだろうが、その存在もレーシアには伏せるべきだろう。


「あ? ああ、それがどうした?」

「いたんだって、『この子』」


 かなり分かり難い科白ではあったが、ゼーンは意図を汲み取った。面白そうに目を瞠る。


「へえ。どこに」


 アトルは更に声を潜めた。


「今から会わせる。けど、口裏を合わせてくれ。俺は、偶然、あの子を見付けた。あの部屋で声を聞いたりはしてない。いいか?」


 ゼーンは肩を竦めた。


 レーシアが辿る最悪の運命――オヤジたちに悪い意味で「気に入られる」こと――は回避できたわけではないが、アトル一人でレーシアの今後の世話をすることは、例えば今後の住処を見付けてやることは、はっきり言って出来ない。誰か年長の、頼みに出来る人物の協力が必要だった。


「はいよ。余計なことは言わん。んで? どこにいるんだ?」


 アトルは無言で時計の蓋を押し上げた。


 そして思わず後退ったのは、たとえレーシアに殴られようが仕方ないことをしたからだし、それを予想したからだが、アトルはまたしても絶句することになる。


 レーシアはきちんとそこにいた。

 しかし、押し込まれたままの不自然な姿勢ではなく、最初のような神秘的な仰向けでもない。

 時計の奥行――今は深さだが――を利用して体勢を変えた彼女は、今は俯せで丸くなっていた。そして、震えている。その震え方は怒りに震えているとかそういう感じではなくて――。


 しゃくり上げていた。


「え?」


 間抜けな声を漏らしたアトルに、何かがおかしいと気付いたらしいゼーンが近付き、しくしくと泣くレーシアを見て端的に訊いた。


「てめえ何した」


 アトルはゼーンを見て、レーシアを見て、慌てながらも言い訳を開始しようとしたが、レーシアの方が一瞬早かった。


「……乱暴した……」


「俺はただ――って、えっ!?」


 激しく誤解を招く言葉にアトルは動揺し、ゼーンは明らかに面白がって繰り返した。


「ほう、乱暴。乱暴したと」

「ゼーン親父聞いてくれ、かなりの誤解が……っ」


「誤解じゃないっ! こんなところに押し込めてっ!」


 遮って叫んだレーシアが顔を上げ、ゼーンを見てぽかんと口を開けた。誰この人、とも言わない。

 ゼーンは黒髪黒目、左目を掠めるようにして走る傷痕の目立つ、厳つい顔の体格のいい男である。

 レーシアはその外見に早速竦み上がったようだ。硬直している。


 レーシアが黙ったのをこれ幸いと、アトルは両者の間に立って説明する。


「親父、こいつはレーシア。この中でさっきまで寝てた。レーシア、こっちはゼーン」

「へえ。レーシアっていうのか」


 ゼーンは言い、時計をじろじろと見た。その視線はレーシアから外れてはいたが、レーシアは完全に怯んで、慌てて時計の中から脱出した。そのままなぜかアトルの後ろに隠れ、こそこそとゼーンの様子を窺う。

 薄黄色のドレスはまるで部屋の中に灯を点したかのようで、その仕草も大変愛らしいものであるが、なぜ先程「乱暴した」と責めたアトルの後ろに隠れるのか。

 その様子を見たゼーンがにやにやする。


「仲いいみたいじゃねえか。――じゃ、どうすっかね」


 真顔になって首を捻る。


「その子のことは伏せとくか。荷物の中に入ってたとあっちゃ、仕事の方から言ってもどうしていいか分からんしな。もう一回詰め直して引き渡し――ってのもあるが」


 びくっとレーシアが反応したのを感じて、アトルは溜息交じりに言う。


「冗談にしても笑えねえぞ、親父」


 言いながらレーシアを見ると、どうやら彼女の中ではゼーンは「怖い人」として定着したらしい。ひたすらに怯えた目で彼を見ていた。


 しかし考えてみれば、それは当然かもしれない。


 彼女の最後の記憶がどんなものかは知らないが、その直後に彼女はここで目を開けたことになるのだろう。唐突に過ぎた百年を受け容れることは難しい。

 それよりも、今自分がどんな状況にあるのか分からない状態で「引き渡し」という言葉を聞くこと自体、想像を絶する恐怖だろう。


 彼女から一歩離れて、きちんと顔を見た。


「レーシア」


 初めて面と向かって呼び掛けて、レーシアがこちらを見上げたのを確認して、アトルは慎重に言った。


「事情を説明すると、だな。ここにあるものは全部、宝国から持ち出したものだ」


 宝国の首都が移動になったことも含め、自分たちの仕事のこともざっくりと説明しつつ、今回の仕事の概要を話す。


 神妙な顔でそれを聞いたレーシアは、まず言った。


「あの……私は荷物ではないから……引き渡されると困る……」

「ああ、それは分かる」


 レーシアは更に考えながら言う。


「それと――どうしたらいいんだろう。私――セゼレラに戻ろうにももう誰もいないだろうし……サラリスがどこにいるか分からないし……」

「身の振り方くらい決めろよ」


 思わず突っ込んだアトルの語尾に被せるようにして、またしても宿が揺れた。アトルは体勢を崩し、ゼーンは少し驚いたようだったが堪えた。そしてレーシアは――見事に転んだ。


「おい、これ何だよ!」


 アトルは声を荒げ、ゼーンは不機嫌そうに唸った。


「二回目か。ったく、シャッハレイの警邏隊も出て来ていいだろうに」

「この宿が狙い撃ちされてるのって――」


 アトルが言い差すと、ゼーンは床に引っ繰り返ったレーシアを見下ろした。


「荷物のせいだろ。宝国のってだけで狙われてるのかと思ったが、場合によっちゃあ、この子目当ての連中かもな」


 レーシアはその言葉を聞いているのかいないのか、「いたたたた……」などと呟きながら身を起こしている。


〈インケルタ〉がこの事態に対処するのはまずい。悪い意味で注目を浴びてしまう。今後の業務に差し支える。


「何かでかいことに巻き込まれてるんじゃなけりゃいいけど」


 アトルは言い、上半身を起こした状態で、打ったのだろう腰を擦るレーシアを呆れた目で見た。


「面倒事は契約事項に入ってねえからな……場合によっちゃあ、本当にこの子を引き渡すこともあり得るぞ」


 ゼーンが真顔で言い、弾かれたように顔を上げたレーシアが見る見るうちに怯えた表情になるのを見て、アトルは蟀谷を押さえた。


「親父……言葉を選べよ」


「や、悪い」

 ゼーンは言い、腕を組んだ。

「まぁ、この子のことは他には伏せよう。で、明後日までに何とかすれば万事大丈夫」


「明後日までにって――取り敢えず今はどうすんだよ?」


 アトルが訊くと同時に、一度目と二度目にはかなりの間隔を置いたとは思えないような素早さで、三度目の衝撃が宿を揺らした。座り込んでいたレーシアは、今度は転ばなかった。ただし相当に怯えて見える。


「あー畜生、連中の様子を見てくらあ。誰か来たらその子を隠せよ?」


 ゼーンが言い、アトルはこくんと頷いてから言った。


「誰かが来ようとしたらそっちでも止めてくれ。アリサとか、絶対来そうだし」

「はいよ。――おい、立てるか」


 ゼーンがレーシアに視線を移し、手を伸ばした。なかなか立たない彼女を気遣っての仕草であり、アトルにもそう見えたのだが、何度も「引き渡す」などという言葉を聞いたレーシアにとっては恐怖でしかなかったようだ。


 レーシアは座り込んだまま蒼褪め、固い声で叫んだ。


「触らないで!」


 その瞬間、ばきばきと何か硬いものが砕けるような音がして、レーシアの方へと伸ばされていたゼーンの手が弾かれた。ゼーンの手があった空間が透き通った光の荒波に変じ、一瞬後鎮まるも、室内の二人の男の驚愕は凄まじく、そしてそれには温度差があった。


 ゼーンはいわば「こんなことが出来たのか」という驚きだ。弾かれてしかも赤くなって鈍痛を訴える自分の手を、まじまじと見ている。


 一方のアトルはというと、それこそ驚愕である。なぜならば。


「――魔力爆発!? ありえねえ、三大禁忌の筆頭だぞ……」


 今の反応は魔力だ。そして属性を付与されていない魔力の爆発に他ならない。


 しかし通常は周囲一帯に被害を及ぼすはずの爆発が、なぜか極めて小規模なものになっている。そして何よりも、生命力を喰われて意識を保ってはいられないはずの当事者が、怯え切っているとはいえしゃんとして座っている。


「何なんだこいつ……」


 アトルの尋常ならざる驚きようを見て、たった今ただならぬことが起きたのだと悟ったゼーンが、先程より幾分表情を固くした。


「おいこれ、本当にこの子目当ての追手が掛かってるんじゃないのか」


 アトルもそうだと思えてきた。


「これ……明後日まで待つの危なくねえ?」

「同感だ」


 しかし、だからといって手の打ちようがない。引き継ぎの運送屋が来るのは明後日なのである。


「これ、生き延びられるか危なくね?」


 アトルは強張った声で言い、ゼーンが思わず自棄気味になって笑い出したのだった。





************





 恐ろしく気まずい沈黙が垂れ込めた。


 ゼーンが出て行ってしまえば、必然室内は二人きりだ。しかしながら話題もなければ話せる雰囲気でもない。アトルとてあの魔力爆発を喰らいたいとは思わない。


 レーシアはそこらの箱や櫃を見て首を捻り、手を触れたりしている。少なくとも退屈はしていないらしい。「宝樹玉がない……」などと呟いては、引っ繰り返ってレーシアの力では持ち上げられず、中を確かめられない箱を恨めし気に見ている。


 アトルは耳を澄ませて廊下の様子を窺い、誰かが来そうにないかと警戒している。


 どことなく呑気なその空気を崩すようにして、四度目の衝撃が宿を劈いた。


 アトルは問題なく体勢を保ったが、レーシアはぎゃっという、見た目とは似合わなさ過ぎる悲鳴と共に引っ繰り返った。


「あ、あのなあ……」

 アトルは呆れて言った。

「学習しろよ。すっ転ばないようにしろよ」


 うう、と呻いたレーシアは、今度は後頭部を箱で強打したらしく悶絶している。さすがに哀れに思い、近寄ったアトルは恐る恐る手を伸ばした。先程のように魔力が爆発することを恐れてのことだったが、レーシアの中ではゼーンは「怖い人」、アトルは「気安い人」と位置付けられたらしい。美貌を緩めてへらりと笑ったレーシアは、思いの外上品な仕草で伸ばされたアトルの掌に自分の手を重ねた。


 レーシアの手を握って引っ張り上げたアトルは、先程とは別の意味で驚いた。


 軽いのだ。人ひとりを引っ張り上げたという実感がまるで湧かない。レーシアの外見からしても有り得ないほどの軽さだった。


「おまえ――」


 言い差して、女性の目方という繊細な問題に尻込みし、アトルは口籠る。しかしレーシアは屈託なく笑うと、アトルから手を離して軽やかにくるりと回った。


「私、とっても軽いでしょう? すごい?」


 薄黄色のドレスの裾がふわりと膨らんで、次いで手を後ろで組んで得意げに身体を揺らすレーシアの動きに従ってひらひらと揺れた。


「いや、すごい? って、おまえ……」


 アトルが返答に詰まると、途端にレーシアは表情を曇らせ、動きを止めた。


「……やっぱり、変?」


 いきなり落ち込んだ風を見せるレーシアに、アトルは焦って「あ、いや」と言うものの、レーシアは足元を見て暗澹たる雰囲気を振り撒き始めた。


「うん、変だと思うの……。でもサラリスが、女性は目方が軽い方が好かれるって言ったし……。実際には私の体重が軽いわけじゃないんだけれど、でも軽くはなっているわけでしょう?」


 いっそう肩を落とす。


「やっぱりおかしいことなんだ……」


 焦ったアトルは思わず言い訳の口調で言っていた。


「いや変とかじゃなくて! びっくりしただけだ。――ほんと、どうなってんだ?」


 訊かれたレーシアは、それがアトルの苦し紛れの注意の逸らし方だと気付いた様子もなく、にこりと笑って答えた。


「私から漏れる魔力が、私の重さを相殺しているんですって」


 アトルは強張った顔で頷いた。念動系属性を付与された魔力を常時垂れ流しているなどと、どんな規格外の魔力だと思う反面、ころころと変わる少女の表情に、気を付けてやらないと――とも思う。


 とそのとき、部屋の外からこちらに近づく足音がするのを、アトルの鋭敏な耳が捉えた。


 断りもなく時計に突っ込むと、また泣かれるかも知れないので、アトルは大急ぎでレーシアを時計に放り込みたいのを堪え、早口で言った。


「さっきの親父が言ったことを覚えてるか? しばらくおまえを他の奴らから隠しておくって」


 レーシアはのほほんと頷いた。


「覚えてる」


「今誰かがこっちに来てる。隠れてくれ。時計の中がお勧めだ」


 一瞬きょとんとしたレーシアは、すぐに笑顔になるとたっと駆け出し、時計の縁を跨ぎ越した。


「何か、かくれんぼみたい。ここにいればいいの?」


「ああ。いいというまで出てくるな」


 言いながら、アトルはレーシアの頭を下げさせて蓋を閉めた。ほぼ同時、扉の外から声がし、数瞬と置かずに扉が開かれた。


「アトル、無事?」


 アリサだ。

 部屋に入ったアリサは、中を見て「あちゃー」と声を上げた。積み上げてあった箱は軒並み崩れ、損傷こそないものの散らかっている。声を上げたくもなろう。


「ああ、大丈夫だ。そっちは?」


 アトルは答え、気配に敏感なアリサのこと、どうかレーシアに気付かないようにと祈った。念のため時計の上に腰掛ける。


 アトルとゼーンがレーシアのことを隠すと決めたのは、実際にレーシア狙いの追手が掛かった、あるいは掛けられている場合に、無理なく白を切り通せるようにするためでもある。そしてとっととレーシアをどこかに預けるなりして、無かったことにするためだ。一番の理由は、レーシアの置かれた状況が特殊すぎるということであるが。


「うん、みんな無事。でも私たち以外のお客さんで怪我人も出たみたいだね。今、宿の人が何人か警邏隊を呼びに行ってる。――やっぱり私たちにくっ付いてた連中かなあ」


「明後日の引き継ぎのときには伝えないとな。しつこいお友達が沢山出来たって」

 言いつつ、アトルは訊く。

「怪我人、大丈夫なのか?」


 アリサは鼻で笑った。


「大丈夫じゃなかったらあんたの様子なんて見に来る前に手当を手伝ってるわよ。大丈夫なの、なんかこれまたお客さんの中にかなりの実力の魔術師さんがいたらしくて、ものの三秒で止血して、骨も元通りにしちゃった」


 治癒魔術は念動系に属する。傷を力技で無理やり塞ぐのだ。だからこそ、繊細な魔力操作が必要になるし、完璧な回復などは存在しない。それをそうまで鮮やかにするとは、実力は推して知るべしだ。


「へえ、そりゃすごい」


 アトルが言った直後、五度目の衝撃に冗談抜きに宿が傾いた。


 アトルは座っていたので「おっと」で済んだが、アリサの方はさすがに体勢を崩した。しかし素早く傾いた床に対応し、眉を寄せる。


「なに、これ。さっきからしつこい。さっさと乗り込んで来ればいいのに」


 それはそうだが、それよりも今のアトルはむしろ、時計の中から聞こえた、ごつっという音の方に気を取られていた。


「なあ、アリサ。これって砲撃か? それとも魔術か?」


 アリサは肩を竦めた。


「魔術だと思うわよ。砲撃だったらこんな、宿を揺らすだけなんて出来ないでしょ」


「じゃ、この規模の念動系魔術を延々と打ち込んでるってわけか……ご苦労なことで」


 呟いたアトルは、自分の下から「いったあ……」という声を微かに聞き届け、黙れという念を込めてさり気なく時計を蹴った。


「まあ、とにかく夕飯がお流れになったのよ」


 アリサが言い、悔しそうにした。


「え? ああ、そりゃあな」


 アトルが答えるのと、階下から轟音が響くのが同時だった。


 どおん――という低い轟音。そして、いっそ白々しいほどの沈黙と静寂。


 アトルとアリサは思わず顔を見合わせ、「何だったんだ?」「さあ……」というように首を傾げ合ったのだった。






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