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第三章「《風配師②》 

アランが目を覚ましたのは、間もなくだった。

ほんの少しウトウトしただけのつもりだったのに。

 太陽が真上近くまで登っていることに驚いていると、茂みからヴァンが呆れた顔で近づいてきた。


「やっと起きたか。食うか?」

 敷地内の売店で買ってきたらしい菓子パンを差し出されて、ぼかんと目を開いた。

「あれ、私、寝てたのか」

「爆睡だった」

「うわ、そうなのか、ごめん!」

 ボサボサの髪や身なりを慌てて整え、気まずそうにストールを羽織リ直した。


「ずいぶん大切にしているんだな、そのストール」

「うん、プレゼントなんてもらったことないから、嬉しかったんだ。気に入っている」

「へぇ、」

「にしても、なんで王子がここに?」

「今後の教育方針について学長と話してた。もう帰るけど」

「あ、…そ、そうなのか」

 不器用な手つきでパンの袋を破ってかぶりつく。

 とたんに腹の中が満たされて、気持ちが冷静になれた。


 …もしかして、面倒をかけてしまったんだろうか。

 仕事を忘れて寝入っている職員など、放っておいてくれても良かったのに。

 しかし、そんなことを言えばまた「友人だから」などと切り返されてしまうんだろう。

 傍らで同じようにパンをかじるヴァンの横顔は、いつもと変わらない空気を醸している。

 そんな彼を、アランは物珍しそうに凝視した。


「──元気そうで安心した」

「うん?」

「もしかして殿下が落ち込んでいるのではないかと心配していたから」

「オレが?」

「母君にずいぶんとひどいことを言われていたろう?」

「あー」

 と呟き、ヴァンはどうでもいいとばかりにパック入りのジュースを差し出してきた。


「お前が気にすることじゃない」

「そうはいかないよ。あんなことになったのは、私が一人で城内を歩き回ったせいだから」

「関係ない」

「でも、殿下はいつも私を気にしてくれているだろう? 私にだけ心配するなというのはムリだ」「オレはそんなに頼りないかな」

「違うよ。友達として…あっ、」

 

 友人じゃないと否定しておきながら、自ら「友達」などと発言してしまった失態に、アランが赤面すると、隣でヴァンがおかしそうに声を上げて笑った。


「…オレと母はあまり似ていないから。そういう噂があるのは知っている。本当に気にしていないから、さっさと忘れてくれ」

「うん、」

「それより問題はお前のことだ。『国王の隠し子だ』などと母にひどい中傷を受けたと侍女から聞いたぞ。謝っておいてくれと言われた」

「それこそ気にしてない。ありえない話だ」

「そう言い切るってことは、確信があるのか」

「…そりゃね」

 と、アランは苦笑した。


 ──アランはファミリアを使える。つまり間違いなくダリールの直系だ。

 なのに、なぜあんな根も葉もない話が浮上するのか。

 いくらアランの素性を知らないとはいえ、ヴァンの母が勘違いした理由が分からなかった。


「オレは、ダメだな」

 ため息まじりの声音が、溶けるように耳に届いた。

「父は昔からオレに厳しくて、子供の頃はよく心が揺らいだ。拾い子だと言われれば、真偽がどこにあるにせよ、すとんと納得できた」

 だからこそ、役立たずと言われないよう今日まで努力してきた。

 しかし、母にまで『産んでない』と言い切られると、自分は一生誰にも認められないのかもしれないと思えて。

 アランの前で放った強がりさえ、その意味を失う。


「あなたがバフィト国王の子でないという所以が、まったくもって見つかりませんけどね」

「はは。お前は優しいな」

「殿下は父母のことが好きではないのか」

「母はともかく、最近の父はますます冷淡だからな。子供の頃から素っ気ない人ではあったが、クーデターの後は、オレに関心すらないらしい」

いよいよ嫌われたかな、などと冗談めかして自嘲するヴァンに哀れみを感じ、思わずぽんと彼の頭を撫でた。

「おいおい、やめてくれ。子ども扱いか?」

「あなたにファミリアのご御加護を。常に健やかで平和でありますように」

「!」

「私と違って、殿下には輝かしい未来が待っている。いつか岐路に立つ日が来れば、おのずと扉は開かれる。思い悩んでも仕方のないことは考えないことだ」

「――はは。まさかお前に慰められるとはな」

 強くありたいという信念は、アランの前ではもろく崩れる。

 彼の正体がアレクシア・クリスタ公女だと知った今は、なおさら守るべき立場に立たなければならないのに。結局ヴァンは、昔からアレクシアに厳しくなれないのだ。


 その時。

 がさりと葉ずれの音が鳴り、垣根の向こうから風配師見習いのルフトが姿を現した。

 どこか気まずそうな表情に、アランたちの顔が驚きに変わる。

 「ルフト? まさかこんなところで会うなんて」

「…すいません。お2人があまりにも良い雰囲気だったので、声を掛けづらくて」

「どうやって入った? ここは国立の士官学校だぞ」

「警備の者に『関係者以外立ち入り禁止』と言われて追い払われたので、こっそり侵入しました。どうしても渡したいものがあって」

 ルフトは腰に下げていたバッグから布の包みを取り出すと、アランの胸元へと差し出した。



「以前お伝えした近代バフィト王国の風配図です。興味がおありのようでしたので、お師匠様に頼んでお持ちしました」

「私に?!」

 ずしりと重い羅針盤だ。

 前にルフトに見せてもらったものより格段に精密で大きい。

 国内の地形図が詳細に描かれた盤上に灯る小さな光が、ぽつぽつと揺れながら移動しているのが見て取れる。

「これは現存するファミリアの生息地です」

「現存だと?!」

 驚いたヴァンが声を上げた。

 なぜそんな意外そうな反応されるのかと、風配師見習いのルフトは首を傾げてしまった。


「僕はアランさまに会いに来たのですが。なぜ王太子殿下までおられるのですか」

「む。お前に関係ないだろう。なんだその言い草は」

「先日の僕のアドバイスは、役に立ちませんでしたか?」

「うっ。いや、そんなことはないが…」

 なんのことかと首を捻るアランから目をそらし、困惑ぎみに口ごもった。


 ──『アランがアレクシアだという証拠を見つけたいのであれば良い方法があります』


 その言葉通りアランを王宮に誘い込んだ経過を思い出して、ヴァンはルフトに弱みを握られた気分になった。

 とたんにルフトの表情が、花開いたように明るくなった。


「まさか、うまくいったのですか?! へえ、へぇ、本当に?! へぇ、そうなのですか、へぇ」

ルフトは、まじまじとアランを見つめた。

「なんでそんなに私を見るんだ?」

「僕はあなたに興味はあるのですよ、アランさま」

 そう言うと、ルフトは自分が羽織っていたマントを脱いで、アランにかぶせた。

「?!?! いきなり何をするっ」


「そういう状況なら、話は変わってきます。アランさま、僕のお師匠様に会っていただけますか?」

「え、今?!」

「そうです、今すぐ。…さぁこちらへ」

ぐいっと手を引き、戸惑うことなくどんどん走り出していく。

「おい、待て。どこに行くつもりだ!」

 ヴァンの制止も聞かずアランを引き寄せたルフトは、ばさりと音を響かせてマントを翻した。

 その直後。

 ふいに視界が陰り、思わず目を閉じたヴァンが顔をそむけてしまうと、耳をつんざくような風音が足元から響いた。

「えっ、なに、なんだ?」


 ほんの一瞬の出来事だった。

 わずかに目を離した隙に2人の姿が眼前から消え失せてしまい、ヴァンはあんぐりと棒立ちになった。

「消えた?! まさか!」

 声がひどく震えた。

「どこにいったんだ、あいつら。アランをどこにやった?」

 顔面蒼白のまま、彼は突っ立っていることしか出来なかった。



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