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第三章「《風配師①》 

「それでは殿下は、あのアランがアレクシア公女だとおっしゃるのですか」

「ああ、間違いない」

きっぱりと言い切った物言いに、ファングは呆れた。


運転席でハンドルを右に切ったファングは、バックミラー越しに映るヴァンを垣間見た。

「あれは男ですよ。あなたは彼の裸を見たんですよね。ついてるものが付いてたとおっしゃってたじゃないですか」

「ダリール公家の血筋ならファミリアが使える。男に変身するのはたやすい」

「しかしですね」

 信号の先に王立プラスコリア士官学校の看板を見つけたファングは、慣れた手つきで車を敷地内へと止めた。

そして来客用の駐車場に軍用車を止めると、後部座席から降りてくるヴァンに眉をひそめた。


「ルフトも言っていたでしょう? 『変身能力があるのなら、腕や足の1本2本、簡単に再生できるはずだ』と…。なぜあの子の手足はメタルのままなんです?」

「それは…だから、…《別の力》が働いているとルフトが」

「別の力とは?」

「知らないけど」

 ヴァンのあやふやな憶測に、思わずはぁと息をもらした。


「憶測の域を出ませんね。仮にアレクシア公女が生きていたとして、その正体を暴いてどうするつもりなのです」

「復讐をとめる。アランは国王の命を狙っている」

 そう言い捨てたヴァンが、背後から追いかけてくる護衛士を振り切るようにして進んでいく。


 2人して建物の中に入り、中庭を通って執務棟へと向かおうとした、その時。

 たまたまダン箱を抱えたフェルディナンと遭遇して、

「あ、」

 という声音と共に、互いに顔を見合わせた。


「やぁ、フェル? 久しぶり」

「…どうも」

 にこやかに片手を上げたヴァンとは反対に、フェルディナンは警戒心をあらわにしている。

「何なんだ、その不機嫌な態度は」

「別に。何しに来たんですか」

「監察だ。オレは士官学校の監督も兼任していると話しただろ」

「そうですか。じゃあ、仕事中ですので」

「こらこら、待て」

 ぷいと顔をそむけて立ち去ろうとしたフェルディナンに、慌てて声をかけた。


「お前は本当に無愛想だなぁ」

「元からです」

「…なにを怒っている?」

「別に怒ってませんよ。あなたがた王家の人間と馴れ合うつもりがないだけです」

「復讐相手だから?」

「っ、」

 不意打ちのような切り返しを受けて、ぎょっとした。

 抱えていた段ボール箱を落としそうになり、慌てふためいて両手に力を込めた。

 珍しくうろたえる彼の様子を見て、ヴァンが肩をすくめた。


「幼かったお前たちは、先のクーデターで家族を失ったんだっけ? 首謀者であるオレの父・バフィト国王を恨んでいるだっけな」

「だったら何です。やられる前に、ここでオレとアランを殺してしまいますか? 受けて立ちますよ」

「物騒なこと言うなよ。まったくお前たちは復讐のためだけに日々を生きてるんだな」

「分かっているなら、もうアランに近づかないでください」

「――」

「あなたとオレたちとでは、住む世界が違う」

「なんだ知らないのか。アランとオレは友達になったんだぞ」

「はぁぁぁぁ?!」

 にこにこと嬉しそうなヴァンを凝視し、フェルディナンは信じられないというように首を振った。


「ウソだろ」

「ウソじゃない、本人に聞いてみるといい」

「まさか。…なに考えてんだアイツ」

 唖然とした表情が、瞬く間に歪む。

 納得いかないという顔でぎりっと歯噛みしたフェルディナンを見つめ、

「…プルーデンス」

 ヴァンがささやくような声でそう呼んだ。

 ふいに本名を呼ばれて、フェルディナンが愕然とする。

 顔を上げたその面立ちが、挑むようにヴァンへと向けられた。


 ──あぁ、やはり。

 こいつは間違いなくアレクシア・クリスタの従兄弟・プルーデンスじゃないか。

 なぜ今まで気がつかなかったんだろう。

 幼い頃の面影が、そのまま残っている。

 侮蔑を含んだようなまなざしも、昔のまま。

 加えて、

 金魚の糞のようにアレクシア・クリスタに付きまとっていた様子も、まったく変わっていない。

 あの生意気なプルーデンスが、12年でここまで大きく成長したことが感慨深かった。


 忌々しそうにしかめっ面になったフェルが、その声を震わせた。

「…オレは、そんな名前じゃない」

「あぁ、悪かった。昔、そういう名前の知り合いがいたんだ。お前にそっくりだったから、つい。…先のクーデターに巻き込まれたと聞いていたが、もしかしたら生きているような気がして」

「ふはは!」

 とたんにフェルディナンが大声で笑いだした。


「ぶっ飛んだ推測だな。そりゃ願望以外のなにものでもない」

「…そうか」

「仮に生きていたとしても、あの渦中じゃ生き長らえるのは無理だろう。戦火の巻き添えを食らうか、のたれ死ぬかして、とっくに息絶えてるはずだ。くだらない夢を見るのはよせ」

「夢、か…」

 身分は違えど、かつては同じ庭で過ごした幼馴染だ。

 それなのに、今の自分たちに出来た隔たりは、あまりにも大きい。

 こんなに近くにいるのに、

 …とてつもなく寂しく感じる。


 王子は嫌がるフェルディナンの頭を両手で鷲掴みにすると、ぐしゃぐしゃとかき回した。

「わぁ、何すんだ、離せ!」

「お前とも友人になれたら良いのだけど」

「ありえねーから! お気楽な平和思想には付き合いきれねーよ!」

「分かった分かった。ちょっと学長に挨拶してくる。…あぁ、お前はそこで待っていろ、ファング」

 2人を敷地の中に残し、ヴァンは足早に踵を返して校舎の中に入っていった。


 ぽつんと取り残されたファングとフェルディナンが、気まずそうに顔を見合わせる。

 やれやれとため息をつく護衛士を見て、なおさら疑問が浮かび上がった。

「…お前、よくあんなノンキな王太子に付き合ってられるな。バカだろ、あいつ」

「ああ見えて実はかなり明達な軍人なんですよ。彼を侮らないほうがいい」

「ふーん」


 さっきプルーデンスと呼ばれた時は、心臓が止まるほど驚いた。

 アランとフェルの正体は、とっくに暴かれていると考えた方がよさそうだ。

 …悔しいことだけど、王子の権力をもってすれば、調べることなどたやすい。

 なのに彼は、そんなことどうでも良いというように、笑っていた。

 それがとても不思議だった。


「完全に見抜かれてるんだろうな。オレたち、手のひらで転がされてるのかな? 野放しにさせておいて、いきなり背後から無言で撃たれそうな気がしないでもないんだが」

「その方がどれだけ良いか」

「え?」

 フェルディナンが首をかしげると、ファングは胸元にしまってある拳銃を制服の上から指さした。

「始末するのは簡単。…でも殿下は、あなた達を殺せない。それが問題なのです」

「!」

 困ったように笑うファングを見て、そろそろ潮時かもしれないと思った。


 ──状況は、刻々と変化している。

 そして、アランの心も…。


「ヴァン王太子と友達になったって? 冗談じゃない」

 と、フェルディナンは、ぼそりと吐き捨てた。

 もう一刻の猶予も許されない気がして、身が震えた。




                  ■□■□



 学長室に向かう途中、ヴァンはアランの姿を探した。

 この時間なら庭で洗濯をしているか、食料庫で夕食の食材を確認している頃だ。

 もしかしたら近くにいるのかもしれないと、森に続く茂みを通り抜けた瞬間。

 ヴァンは、芝生に寝転んで昼寝を決め込んでいるアランを見つけて唖然とした。


「おやおや、これは、」

 仰向けのまま、大の字になって熟睡している。

 思わず覗き込んで頬に触ると、アランはかすかに呻き声を上げ、顔をしかめて寝返りをうった。

 少し肌寒いのか、王妃にもらった空色のストールを毛布のように体に巻きつけている。

「まったく、子供みたいだなぁ」

 華奢で、小柄で、手足も細い。

 メタル製の左手と左足だけが、違和感まるだしでにょきりと伸びていることが異質に見える。


 …あれから12年。

 今のアランの姿に、当時のアレクシアの面影は欠片もない。

 それでも、時々垣間見るしぐさや表情、言葉の一つ一つ。

 ふとした時に、天使のように愛らしいアレクシアの姿が蘇ってくる。


 王子は両膝をつくと、アランの傍らにしゃがみ込んで頭を垂れた。

「…ファミリア」

 無意識に、その名前を呟いていた。

 ファミリアを操れるのは、ダリール公家の直系だけ。

 決して自分の声に反応するはずがないと分かっていながら、それでも呼ばずにはいられなかった。


「ファミリア。…もしそこにいるのなら、今ここで午睡を貪る人に、わずがなりの安らかな眠りと、休息を乞う」

 すると何かの気配が、ふわりと周囲に舞い上がった。

 小さな妖精らしき光が、眠っているアランの周りを飛び交い、まるで包み込むように透明なベールを張り巡らせていく。

「…っ、あ!」


 ヴァンが声を上げた直後。

 結界を張られたベールの中で、アランの姿が徐々変貌していくのが見えた。

 髪の色も、長さも、

 すらりと伸びた長い手足も、

 少年の体から瞬く間に見慣れない女性の姿へと変わっていく。


「アレクシア・クリスタ公女…」

 だが周囲は結界のベールに守られていて、近づくことができない。

「…しまった。もったいないことをした」

 小さな光が、無数に辺りを飛び回っている。

 まどろみの中の公女を守るようにチカチカと点滅する光の浮遊を眺めて、ヴァンは脱力する思いがした。


 ──初めて見た、18歳のアレクシア・クリスタ公女。

 眠っているのが惜しいくらいだ。

 こうなったからには、一刻も早く目を覚まして欲しい気持ちになるのだけど…。


 さやさやと風が鳴る。

 王子は空を見上げて、口元に人差し指をあてがった。

 そして見えない妖精たちに向かって静かに微笑み、ささやいた。

「分かっている。眠りの邪魔はしない。…ただし、目が覚める頃には元に戻してやってくれよ。俺に見られたと知れたら、とんでもなく怒りだすだろうから」


 返事をするように、

 緩やかな風が、優しく王子の頬をかすめていった。




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