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第二章「王宮②」

思いがけず国王と鉢合わせしたことで、アランはその場に立ち尽くした。

だがすぐに気を取り直して腰に手をかけ、

「あ、」

と小さく呻いた。

長剣を携帯していなかった。

さっき城門の守衛に没収されたのをすっかり忘れていたアランは、自分の迂闊さを呪って舌打ちした。


バフィト国王と対峙するのは、12年ぷりだ。

もっとも、あの頃はまだ国王ですらなかったが、昔と変わらず異様な圧力を感じる。

ざわりとアランの心が揺れ、負けるとも劣らず憎しみの目を注いだ。


 先に口を開いたのは、国王の方だ。

 威圧的に見下ろした双眸で、

「…城の衛兵か?」

 と尋ねてきた。


 もちろんアランの正体がアレクシア・クリスタだとは露ほども気づいていない。

 ヴァンは、慌てて二人の前に割って入った。


「父上、違います。こいつは、オレの友人です」

「…友人だと?」

「違うっ、誰が友人だ!」

「お前は黙ってろ、アラン」

 目くじらを立てるアランを横に押しのけ、ヴァンは父親の前に立った。


「違わない。彼はオレの大切な人です。…えぇと、仲間です」

「――仲間」

不審げな視線を注ぐ国王から逃れるように、ヴァンはアランの腕を引いた。

そのまま会釈して立ち去ろうとしたとたん。

背後から国王の声が飛ぶ。


「待て。名前を聞こう」

「…アラン・エル・ノジエ」

 低い声で問われてアランが戸惑ったように答えると、すぐさま失笑されてしまった。

 

「ふ。…エル・ノジエ(オモチャの翼)か。覚えておこう」

 そう言うと、2人が立ち去る前にバフィト国王の方が踵を返して、アランたちから背を向けた。

 ほうっと息をついたヴァンが、アランの手を握りしめる。

その指先がかすかに震えていた。


「…大丈夫か、アラン?」

「あぁ。驚いたさ。…友達だと言われたことに」

「うっ、」

 痛いところを突かれ、ヴァンは気まずそうに髪をかき上げた。


「父は昔、ダリール公国で軍事保持を任されていたんだ。といっても形だけのものだったから《オモチャの兵隊長》などと噂されて…」

「なるほど。それで私の名前に敏感な反応をしたんだな」


 オモチャといえば、役立たずの総称だ。

 良い意味でないことぐらい、すぐに察したことだろう。


「この際だから、いっそのこと今からオレと友人になるか?」

 ヴァンが、からかうように覗き込んできた。

「まさか。とんでもありません、殿下。そんなこと恐れ多くて…」

「ものすごく棒読みなのは何だろな」

「お断りします」

 ぼやけた返答に効果がないと知ると、アランは即座に首を振った。


 友人だなんて…、そんなの無理に決まっている。

 この男は、アランの立場をまったく分かっていない。

 今、自分がやらなければならないことは──と、脳裏に先刻の国王の姿を浮かべて、アランは奥歯をかんだ。


「…どうした、アラン」

「いや、さすがというか…その、さっきの国王。…ものすごいオーラを感じて驚いた」

「怖気づいたか」

「まさか」

 と、アランは否定した。


 まっすぐに王子を見上げた揺るがない意思を持つ瞳の光。

 それがなおさら強くヴァンをとらえる。

「乗り越える壁は、高いほどいい」

「やれやれ。お前の言っていることは支離滅裂だな。クーデターを批判し、無血開城を推奨するなら、お前のほうこそ復讐など諦めて、新しい自分の家族を作るべきではないのか。オレは、お前に無駄な死に方をして欲しくないのだがな」

「理屈は分かる。けど、私が家族を作ったところで、こんな体で、何ができるだろう」

「──」

「この足と腕は、父母の無念を晴らすために組み込まれたものだ。今さら普通の生活には戻れない」

 そう言って背中を向けたアランが、ヴァンを置き去りにして歩いていく。


「こら、どこに行く」

「帰る」

「え、」

「王宮内を見学させてくれてありがとう。とても役に立った。感謝している」

「待て。まだお茶を出していない」

「…は?」

 アランはきょとんとした顔で、足を止めた。


「客人は、お茶とスイーツでもてなすものだと相場が決まっている。甘いものは好きか」

「…あ、大丈夫」

「そうか。では少し待っていろ。厨司官に用意させる」

「…」

 ヴァンが足早に、渡殿を抜けていく。

 あっという間に見えなくなった彼の姿を見つめて。

 1人取り残されたアランは、なす術もなくぼんやりと天井を見上げた。


 ──とても美しい城だと思った。

 天井がとても高い。

 豪華なシャンデリアも昔のまま。

 …懐かしさが溢れて切なくなったが、涙は出なかった。


 この場所に立っているだけで、感慨に浸ってしまう。

 母と、父と、フェルと、フェルの両親と…楽しかった記憶を思い出して悲しくなる。

 と同時に、先刻の国王との対面が浮かび、顔をしかめてしまった。


「くそっ」

 さっきの国王との対面がショックすぎた。

 まさかあんな形で対峙するとは思わなかったし、名前を聞かれたのも意外だった。

 もっともこんな姿じゃ、アレクシア公女だと気づかないのも当然だ。

 きょろりと辺りを見回し、

「やはり国王の寝室と、執務室ぐらいは偵察しとくか」

 と思って、歩き出そうとした矢先。


「…まぁ。そこのあなた」

 ふいに車椅子の中年女性に呼び止められ、アランは不思議そうに振り返った。

 高貴な身なりだが、周りに侍女が一人もいない。

「私ですか」

「そうですよ」

 じろじろと見られ、近づいてきた車椅子に困惑した。


「こんなところで何をしているの。早くこちらへいらっしゃい」

「へ?」

「ちょうど良かった! あなたのために良いものを用意したのよ」

「私に、ですか?」

「もちろんよ。ほら、屈んでみて」

「はぁ」

 言われたとおり、アランは仕方なく車椅子の前に膝をついた。

 とたんにふわりと、温かいものが首に巻き付いた。

 女性が取り出したのは、空色のストールだ。

「これ、あなたに差し上げるわ。あなたの青い瞳によく似合うもの。ほら、ぴったりでしょう?」

 肩をくるりと包み込むストールを見て、アランは戸惑いぎみに瞳を揺らした。


「あの、ご婦人。…これは女性物に見えますが」

「当然でしょう。あなたは女の子だもの」

「!」

 意表を突かれて、ぎょっとした。


 今、自分はファミリアの力で間違いなく男の姿をしているはずだ。

 彼女の発言が信じられず、思わず自分の胸を鷲掴みにして、ふくらみを確かめてしまった。

「私が、女に見えるのですか」

 だとしたら、とんでもない誤算だ。

 この女性は物事の表皮でなく、深層まで見抜く能力でもあるのかと感嘆してしまう。

「気に入らない?」

「いいえ、とても素敵な色です。素晴らしい贈り物です。ありがたく頂戴します」

「良かった」

 アランが礼を言うと、彼女はまるで乙女のように無邪気な笑顔になった。


 その時だ。

 通路から走ってきた数人の侍女が、慌てた様子でこちらに走り寄ってきた。


「王妃さま! ここにいらしたのですか。ずいぶん探しましたよ。あまり心配させないでください。…あの、そちらの方は?」

「お客様よ。私がお茶に誘ったの」

 王妃の言葉に、侍女とアランは声をそろえて

「えぇっ?!」

 と声を上げてしまった。


「早く早く」

 と、まるで少女のような笑顔で手招きをする。

「今日は女の子ばかりのティー・パーティね。とても楽しくなりそうね」

 嬉しそうにはしゃぐ王妃の姿に、アランと侍女は困惑して顔を見合わせた。


 1人の侍女が、まるで嘗め回すようにアランを上から下まで見つめてくる。

「あなたは、男性、ですよね?」

「無論です」

 と、即答した。

「申し訳ありません。王妃さまはご病気で、思考が少し混濁しておられるのです。今しばらく話に合わせていただけますか」

「はぁ、」

「すみません、助かります」

 ぺこりと頭を下げる侍女を見つめ、アランはもらったばかりのストールを握りしめた。


 …王妃だったのか。

 ということはヴァンの母上。

 ──あれが?

 自分の記憶にあるバフィト夫人とはすいぶん形相が変わっている上に、車椅子とは。

 それに…病気とはいったい……


 すっかり考え込んでしまっていると、

「さぁ、早くこちらにいらっしゃい」

 車椅子の王妃にぐいっと手を引かれて、

 むりやり部屋に連れ込まれたアランは、逃げるに逃げられずに観念するはめになった。







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