表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

第二章「王宮①」

――もしアランが本物のアレクシア・クリスタなら、城内に入れない方がいいのは分かっていた。

その反面、王宮内に引き入れた時のアラン反応を見てみたいとも思う。

 いったいどんな顔をするだろう。それを確かめたい衝動にかられた。

(加えて…)

と、ヴァンは静かに息をついた。


 勝手にあちこち動き回られるよりも安心だ。

 アランの行動はあまりの危なっかしさに、見ていて心配になる。

 もし「自分のいないところで怪我などされるよりはマシだ」などとアランに伝えたら、どんな反応をするだろう。

 また「余計なお世話」と言われて、冷ややかに睨まれるのだろうか。

 …と考えて、ヴァンは一人で苦笑した。


「なにをニヤついているんですか」」

 ファングに妙な顔つきで指摘され、慌てて咳払いでごまかした。

「別に、にやついてない」

 「そうですか。それより、お目当ての方がいらしたようですよ」

「そうか!」 

 ファングの言葉に、ヴァンは弾かれたように顔を上げて部屋から飛び出していく。

「やはり浮かれていらっしゃる」

 ファングは呆れた様子で肩をすくめるしかなかった。




                  ■□■□




「アラン! よく来たな!」

 王太子自らが城門まで迎えに出ると、アランは不愉快そうに顔をしかめた。


「なんだ、その顔。1人でここまで来たのが心細かったのか。やはりフェルディナンが一緒じゃないと不安なのか」

「そんなんじゃない」

 頭を撫でようとしたヴァンの手をはねのけて、心地悪そうに襟元を正した。


 規則だからと、謁見前に厳しく身なりをチェックされ、携帯していた長剣を取られてしまったのが不服らしい。

 王宮には武器の持ち込み禁止という条例を知らなかったアランは、丸腰にされたのが納得いかないようだった。


「剣はあとで返してやる。何かあれば衛兵を呼べ、お前を警護するよう言ってある」

「至れり尽くせりですね」

「客人だからな。それにお前には、先日ずいぶんと世話になった」

「恐れ入ります」

 アランが、おかしそうにふふと笑った。

 ようやく少し機嫌が直ったらしい。

 ヴァンは、ほっと胸をなでおろした。



 ──とはいえ、

 城内でのアランの反応は、ヴァンが想像していたものとは違い、実にあっさりしたものだった。

 内部の様子にも装飾品にもさして興味がないらしく、ひたすら無表情でヴァンの説明を聞いている。

 むしろ、アランの興味は、国王の日常にあるらしかった。

「今日は、国王陛下はいらっしゃるのか。いつもどこにおられるのだ。どんな仕事をしている?」

そんな質問を受けるたびに、複雑な心境になった。


 分かってはいたけど、アランは本気で国王の命を狙っている。

 冗談ではなく、この軍勇至上主義のバフィト国下の警備をすり抜けて、完璧に復讐を遂げる気なのだ。


 大切な家族を殺されるというのは、そんなに人の生き様を狂わせるのだろうか。

 …もちろん、人命を軽んじるつもりはないが、

 それでも、国王に固執しすぎるアランの心情は、ヴァンには測り兼ねた。


(こいつを城に連れてきたのは失敗だったか…?)

 いつか訪れる復讐の機会のため。

 あくまで情報収集に徹する構えのアランに戸惑っていた、その時。

 ふと、

 アランの足が止まった。


「…どうした、アラン?」

 ヴァンの声がまったく耳に入っていないかのように、まっすぐな双眸が演習場へと向けられている。

「あぁ、」

 その時、ヴァンはすべてを察してしまった。


 その演習場は、かつて広いパティオがあったところだ。

 12年前、まだここがダリール公国の宮内であった頃。

 ここには美しい木々や花々が植えられていて、その向こうの庭園にはハーブの柔らかな香りで溢れていた。


 そんな情景を思い出しているかのようなアランの眼差しは、アレクシア・クリスタそのものだ。

 姿形はどうあれ、なぜ生きているのか、どうやって過ごしてきたのか…そんなことを問うまでもなく、目の前にいるのは間違いなく愛すべきダリールの公女殿下なのだと、確信してしまった。


「…興味あるか? ちょっと入ってみるか」

「えっ?」

「少しだけ」

 そう言って、ヴァンはアランの手を引いて演習場に足を踏み入れた。


 アランがアレクシア・クリスタだと分かったとたん、今まで忘れていた記憶がどんどん溢れてくる。


 ──そうだ。

 確か、この庭で、3人でかくれんぼをした記憶がある。

 一緒にいたのは、アレクシアの従兄・プルーデンス殿下。

 いつもアランのそばにいるフェルディナンは、よくよく考えればプルーデンス殿下に生き写しじゃないか。

 あの髪の色と、瞳の色…

 あいつの本名はプルーデンス・ユー・ルノー殿下…大公の妹の息子だ。


 ──この2人が生きているとなると、ほかにもまだダリールの血族が生存しているのだろうか。

 クーデターで殺されたのは、王侯貴族を含めて558名。

 それ以外にも、死体や身元が判明していない者が何名かいる。

 …バフィト国王暗殺を画策しているのは、アランだけではないかもしれない、という憶測に、ヴァンの心がひやりと冷たくなった。


 そんな彼の気持ちも知らず、アランは興味津々で演習場の中を歩き回っている。

 特に気に入ったのが、演武棟の片隅にある小さな植え込みだった。

 今は跡形もなくなっているが、

 そこにはかつて大きな露桟敷つゆさじきの花の木が植わっていて、美しい葉々が陽光を含んで空を仰いでいた。

 もちろん、今はその名残すら残っていない…。


 その場に立ちすくんでしまったアランを見て、ヴァンは改めて、

(――アランに復讐をさせたくない)

 と思った。


 決して、自分が助かりたいわけじゃない。

 ただ、この人のこの手が、誰かの血で汚れるのを見るのがつらい。

 アレクシア・クリスタが人殺しをするなんて、絶対に許されないことだ。


「復讐を終えたら、その後はどうするつもりだ?」

 ヴァンが尋ねると、意外なことを言われたというようにアランの目が大きく見開いた。


「…そのあと? その後って、なんかあるの?」

「え、」

「捕まって処刑されて終わりだろう? 私の人生に続きなんてない」

「!」

「私は、それでもかまわないけど、フェルを巻き添えにするのは少しかわいそうかな。彼のために逃げ道を用意してやらないと」

 そんなことを喋りながら、アランは、

(自分は、なぜ笑いながらこんな事をヴァンに話しているんだろう)

 と、思えて滑稽になった。


 ヴァンは、自分が憎むべきバフィト国王の息子だ。

 こんな王太子なんかに語って聞かせる話じゃないのに、と思いながら、拳を握りしめた直後。


「あだ討ちなんかやめにしないか」

 ふいをついたヴァンの声に、ぴくりと身構えた。


「そんなことをして家族が戻ってくるわけじゃない。それくらいお前だって分かっているだろう?」

「詭弁だな。言ってることが綺麗すぎて、何一つ琴線に触れない」

「…アラン、」

 目の前で、ヴァンのやりきれない嘆息が漏れる。


「では、殿下はこの国に未来があると思うのですか。多くの命を犠牲にして勝ち取った権力の下で、人々が幸せになれるとでも? …私は、今でも考える。…あの時クーデターなど起きずに大公が無血開城していたら、この国はどうなっていただろうと。他国に占領され、植民地になったとして、人々の生き方は変わっただろうか。田畑を耕し、はぐくんだ家族を慈しむサイクルは、大昔から何ひとつ変わってはいないのに。統治者はなにを理想にして、国を整えていくものなのだろう」


 今の自分は、結局、戦うことでしか生きていけない…。

 復讐を遂げることでしか命を繋げられない。

 そのことを後悔していないし、それ相応の覚悟を持って臨んでいるのだと…

 そうアランが決意を新たにした時。


 仕方ないとばかりに、ヴァンが肩をすくめた。

「それなら、むちの使い方を教えてやろうか」

「へ?! なんで?」

「復讐もいいが、お前はもう少し自分の身を守ることも考えたほうがいい。その小柄な体ではボウガンは難しいだろう。長剣は時代錯誤すぎて使い物にならないし、ライフルはもってのほか」

「──なぜ私に?」

 不思議そうに問われて、ヴァンは苦笑した。


「護身用だ。お前は危なっかしくて仕方がない。思い込んだらすぐ突っ込んでいくタイプだから」

「使える武器を増やしたら、国王を暗殺するチャンスも増えるだろうか」

「オレに聞くなよ。阻止するに決まっているだろう」

「確かに」

 アランは、思わず声を上げて笑ってしまった。


 本当に、ヴァンときたら、

 あまりにも唐突すぎて、良いヤツなのか悪いヤツなのか見当がつかない。


「しかし、むちといえど私の体では大きくないか? お前の持っているのはメタルフルドラッド仕様だろう? 私が使いこなすのにムリがないだろうか」


「オレが子供の頃に使ってたものなら、小ぶりだが威力はある。たぶん大丈夫だろう」

「…お前はほんとにバカなのだな、殿下」

「あぁ?!」

「私はお前たち一族を殺すつもりだと伝えたはずだけど、そんな敵に塩を送るような真似をしてどうするつもりなんだ」

「なんども言わせるな、俺は殺しても死なないと教えただろう。オレを殺すことなんて不可能だ。それより、お前がうっかりヘマをして誰かに殺されるほうがよほど悲しい」

「!」

「せっかく知り合いになれたのに。大切な人を失うような事はしたくない」

「お前はほんっと変な男なのだな」

 アランは、やはりクスクスと笑った。


 正直、複雑な気持ちではある。

 これから自分が遂げようとしていることを考えれば、ヴァンとはあまり親しくならない方がいい。

 そうかといって、国王暗殺を目的とする以上、ヴァンから得られる宮内の情報は確実に手に入れたい。

 そんな思いが、アランの心中を交錯した。


 加えて、フェルディナンだ。

 アランがメタルフルドラッドの鞭を使うとなると、おそらく彼は良い顔をしないだろう。


「まぁ鞭のことは、これから考えることにするよ。ありがとう、殿下」

 丁寧に礼を述べ、アランは片手を振って踵を返した。

 そして、ヴァンの視線を受けながら、演習場を後にしようとしたその時。

 アランは、ぎくりと足を止めた。


 演習場から続く出入り口の通路前に、一人の男が立っていた。

 あろうことか、

 バフィト国王・ルクリュピエール・ジマ・バフィト本人だった──




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ