第一章「風の声③」
金属製のバケツが、ガチャンガチャンとけたたましい音を響かせて転がっていく。
ビルの裏で息をひそめていたヴァンたちは、現れたのがアラン達だと知り、呆気に取られて脱力した。
「…なんだ、お前たちか。脅かすなよ」
「なんだとはずいぶん失礼な言い草だな。そっちこそ通行の邪魔なんだけど」
売られたケンカは買うとばかりに、アランが言い返すと、
「ずいぶん騒々しい登場の仕方だな、アラン?」
と、ヴァンはどこか嬉しそうに声をかけた。
「悪いけど忙しいんだ。通してくれないかな」
今日のアランはすこぶるご機嫌が悪いらしい。
背後に立つフェルディナンもまた同じような仏頂面で、口を開くのも面倒くさいというように俯いている。
いったい何があったんだか、と思いながらヴァンが道を開けようとした刹那。
傍らにいたファングが、行く手を遮るようにアランの前に立ちはだかった。
「待て。自国の王太子に対してその態度はなんだ。躾がなってない」
ファングにたしなめられ、アランはうんざりした態度で息を吐いた。
仕方なくヴァンの方へと向き直り、右手を心臓に当てて軍事式の敬礼をした後、恭しく頭を垂れてみせた。
「それは大変失礼を申し上げました、王太子殿下。先を急ぐあまり、不敬な振る舞いであった事お許しくださいませ。お咎めは後日改めて甘受する所存でございます。煮るなり焼くなり」
「咎めなどない」
ヴァンは失笑しつつ、アランを見下ろした。
「それより先日は世話になったな。とても助かった」
「…あ、はぁ」
それは皮肉か?とアランは首を捻った。
フィーユの駐屯地に同行したものの、パレードの狙撃犯は見つけられなかった上、乱闘騒ぎを起こして投獄までされたのだ。
はなはだ迷惑と言われれば納得するが、感謝される覚えはない。
「先日のキスがお気に召したのですか。あんなので良ければいつでもお申し付けくださいませ」
「バカ! 誰がそんな話をしている! お前は本当に口が減らないな!」
「生まれが下賤ですので」
「あぁ、見事なまでに卑屈だ」
そう呟いたヴァンが、ちらりとフェルディナンを見た。
その視線に気づき、彼もまた心地悪そうに頭を下げた。
「…ご無沙汰しております、殿下。駐屯地では、うちのアランが多大なご迷惑をおかけしたようで」
「いいや。おかげで収穫の多い一日だったよ」
「それは宜しゅうございました」
不本意という顔で、フェルディナンは慇懃に一礼した。
…正直、なんでこんなヤツに頭を下げなきゃならないのかと思う。
昔と違ってお互いの立場はすっかり逆転していて。今のフェルディナンには侯爵子息を名乗る資格すらない。
自分がヴァンより下等に成り下がったことにぎりっと歯噛みし、それでも顔を上げてヴァンと向き合った。
「しかしながら、殿下は《王太子》という立場上、あまりオレたちと親しくしない方が良いのでは?」
「なに?」
「次からアランが何か言ってきても無視してくださって結構ですから」
「や、でも、それは、」
「そうですよね、護衛士どの?」
――アランやオレたちにはもう関わって欲しくない。
その思いを訴えるようにファングを見つめると、
ふいに話を振られたファングは、ぎょっとして目を開いた。
「…あー、まぁ、…そうですね。確かに、ご友人は選んで頂かないと」
「そんなことはない。オレは身分階級問わず、相手の人となりを考慮してだな」
などと周囲を見回した。
そして、アランへと視線が向かった瞬間。
先を急ぐと言っていたアランが、なぜかルフトと意気投合していることに驚いた。
2人して風配図を広げ、なにやら楽しげに談笑している。
「…なにをしている」
ヴァンが尋ねると、ルフトは緊張した面持ちで、
「この方にダリール公国の風配図をお見せしていました」
と答えた。
周囲の空気が、一気に凍りつく。
だがそんな状況をよそに、アランはすっかり風配図に夢中になり、顔を強張らせているフェルディナンたちを完全に無視して、風配図に目を凝らした。
「街の様子はずいぶん変わったけど、地形はさほど変わってないんだね」
「はい。風の行く道は地形が変わったからと言って、すぐに変化するものではありません」
「でも山をいくつか削っているだろう? あの頃と違って平地が増え、ビルも増えた。もう、まともに風は読めないだろう」
アランの言葉に、ルフトは困ったように笑った。
本来、風配師の仕事は《風の動きを察してファミリアの居場所を突き止めること》
ファミリアが多く密集する場所は、それだけ豊かで天候も安定している。
――風を読み、適材適所に人を配置して、過ごしやすい集落を提供する。
ファミリアが存在する限り、風配師の仕事もなくならないのだと、…そう訴えようとしてルフトは口を閉ざした。
「もっと詳しい地図はないの?」
と、アランが尋ねた。
「僕は見習いなので。…でも、お師匠さまなら素晴らしいコンパスをお持ちです」
「一度見てみたいな」
「ファミリアに興味がおありなのですか?」
そのセリフに焦ったのは、フェルディナンだった。
アランが余計なことを言わなきゃいい、と祈りながら息を飲む。
ヴァンとファングが聞き耳を立てている中、
「まさか! そんな風に聞こえた?」
アランは笑顔でさらりと質問をかわし、風配図をルフトに返した。
指先が触れた瞬間。
アランのメタリックな義手が、ひやりと肌に伝わってくる。
その不思議な感覚に驚き、ルフトは物珍しそうにアランの義手を凝視した。
相変わらずザックリです。ザックリとしか書いてません
(´;ω;`)




