表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

第一章「風の声②」

「まったく、お前ときたら」

 ヴァンは2人を路地裏に引き入れると、信じられない思いで護衛士を睨みつけた。


「さっきから自分のことは棚に上げて、よく人を責められるな。よほどダリール公国に個人的な恨みでもあるのか」

 ヴァンに叱責されて、ファングは驚いた顔で目を開いた。


「そういうワケではありません。ただ殿下の立場上、ダリール公国に好意的な意見を持つのは、周囲から反感を買うのではないかと

心配しているのです。ダリール公国に傾倒していると知れたら、あなたの将来にも関わるのですよ?!」


「好意的で当然だろう? オレの一族は、かつて大公の臣下だったんだ。今はどうあろうと、大公に忠誠を誓った事実を否めるつもりはない。あまり目くじらを立てるな」

 怜悧に見据えられ、ファングは仕方なく頭を下げた。


 傍らで呆然としていた少年が、2人の会話を聞いて落胆した声を放った。

「…それでは、あなた方はダリール所縁の方ではないのですね。…てっきり…僕は…」


 ファングは、そら見たことかと顔をしかめた。

 やはり場所を選ぶべきだったのだ。

 いくらこの国が穏健な軍事主義を貫いているとはいえ、豊穣で平和的だったダリール公国を懐かしむ者もいるのだから。

 そういう輩を助長する態度は避けるべきだったと、後悔が溢れた。


 そんなファングの気も知らず。

 ヴァンは前かがみになって、少年と視線を同じくした。

「坊主、どこから来た。名前は? 何を知りたいんだ?」


「僕はルフト。風配師見習いです。ファミリアを探しています。《風を読む》のが仕事なのです」

「…風を、読む?」

「はい」

 ルフトは、大きな布カバンから風配図の書かれたコンパスを取り出した。


 子供が持ち歩くには少し大きいサイズだ。

 艶のある表面にはバフィト王国の地図が描かれていて、幾通りもの風向きと風速が、数分おき単位でめまぐるしく表示されている。


「このこチカチカと点滅しているのはなんだ?」

 ヴァンが尋ねると、ルフトは即座に、

「ファミリアです」

 と答えた。


「は?! ファミリアはとうの昔に絶滅したはずだろう?」

「ファミリアはわずかな風の動きに反応して、どこへでも飛んでいきます。クーデターの業火に焼かれたとしても、うまく逃げ延びることができたでしょう。…不思議な光を見たという目撃情報は、今でも時々耳にしますし」


「――ファミリアが、今も存在していると…?」

「ファミリアはダリール公国を守るもの。大公家の血縁が生きている証でもあります」

 そう言うと、ルフトは少し落ち込んだ面持ちで微笑した。


「でも僕はまだ見習いなので。このコンパスをうまく使いこなせなくて、地図どおりに歩いてもファミリアを見つけられないのです。…このコンパスが、あなた方2人からファミリアの匂いがすると教えてくれたのですが…」


 ヴァンとファングは、互いに顔を見合わせた。

「なるほど。匂い、ね」

「それでオレたちがダリールの人間だと勘違いしたのか」

 苦笑するヴァンの横で、ファングは呆れ果てたように肩をすくめた。


 ルフトが追ってきた《風の読み》は、あながち間違ってはいない。

 ファミリアと接触した記憶があるか、と聞かれれば、迷わず『イエス』と答えただろう。

 だが…


「残念ながら、オレは公家の血縁じゃない。…先日、駐屯地でファミリアに守られて腐敗を免れた体の一部を見たから…。匂いの気配が移ったのなら、おそらくそれが原因だろう」

「体の、一部…?」

 ルフトは、理解できないというように怪訝な顔をした。


 例の女軍人リディナ・カーマイトの左腕は、発見されるまで長らくファミリアに守られていたと聞く。

 その匂いが守神のように染み付いていたとしても不思議はない。

 とはいえリディナ本人ではなく、

ヴァンたちを追いかけてくるところを見ると、ルフトの風配図もたいした嗅覚力ではないらしい。


 それよりヴァンは、さきほど少年が言っていた言葉の方が気になった。

「なぁルフト。…お前さっき『ファミリアは、公家の血縁が生きている証』と言ったか?」


 直後。

 ルフトの顔色がはっと変化した。

 罪に問われて投獄されるとでも思ったのだろうか。

「ぼ、僕はっ、別に、ファミリア信奉者というわけでは、…ただ、風配師は、仕事のひとつなので…っ」

 瞬く間に青ざめた少年を見て、ヴァンは慌てて首を振った。


「違う違う、そうじゃない。お前はファミリアの生態には詳しいんだろ?」

「はぁ、まぁ」

「ひとつ聞きたいのだが…たとえばダリール公家の人間が生きていたとして、性別を変えることは可能だろうか」

「え!」

「ファミリアの力を使えば、性別を偽ることは容易いだろうか」


 とたんに横からファングの罵声が飛んできた。

「殿下! いい加減にしてください! その話はもう終わりと言ったでしょう?!」

 しかしヴァンはそんな訴えを無視して、乞うようにルフトの前にしゃがみこんだ。

「どうだろうか、ルフト。教えてくれないか」

「…えーと、」

 神妙な眼差しを注がれ、ルフトは困惑して言葉に詰まった。


「それは、さっき話してた『腐敗を免れた体』の話と繋がっているのですか」

「オレにもよく分からない」

「……」

 ふむ、とルフトは拳を口元にあてて考え込んだ。

「端的に言うと、ファミリアの力で性別を変えることは可能です」

「本当に?!」

「ただ、そんなすごい能力があるのなら、離れた体を引っ付けるぐらい簡単だと思うのですが…。もしくはその体の一部を使って、体をまるごと再生するとか…できそうなものですが」


「あー、」

 それはどうだろう、とヴァンは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

 アランにそんな力があるとは、とても思えない。

 でなきゃ今ごろ、義手や義足に頼るような生活はしていないはずだ。


 すると2人の様子を傍観していたファングが、思い立ったように会話に入ってきた。

「ファミリアの加護というのは、そんなにすごいものなのか? 幼い頃にもぎ取られた腕が、まるで生きているかのように成長して、他人の体に引っ付いたりするのか?」

 その言葉に、ルフトはきょとんと目をまるくした。


「確かに、ファミリアの加護力は素晴らしいものですが、ダリールの血縁者すべてに優れた能力が備わるわけではありません。たいていの人間は、ファミリアを見たり呼び寄せたりする程度でしょう。…なにか《別の力》が働いているのかもしれませんよ」


「ほう!別の力とは!それはおもしろいな!たとえば?」

「…殿下」

 興味津々で身を乗り出したヴァンに呆れ、ファングはたしなめるように彼の名を呼んだ。


 くすくすと笑ったルフトが、おかしそうに2人の様子を見つめている。

「僕のお師匠さまなら詳しく知っているかもしれませんが。僕はうまく答えられません。…ひとつ言えることは《本来ファミリアは公家とその国を守るもの。しかし、そうじゃない場合もある》ってことです」


 ルフトの口から吐き出された言葉に、今度はヴァンが目をまるくする番だった。

「まったく意味が分からない…」

「ですよね」

 ルフトは、ようやく少年のような笑みを見せた。

 そして戸惑いぎみに、ヴァンたちを見つめた。

「ところで、あの、さっきから《殿下》とおっしゃっているのは、もしかして、その、あなたは…」


 その時だった。

 ルフトの声を遮るように、路地裏にけたたましい音が響いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ