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第四章「《落暉(らっき)③》

 ──バフィト国王の暗殺に手を貸していただきたい。


 フェルディナンの依頼を受けたヴァンがまずしたことは、ルフトを探すことだった。

 軍部の規律を無視して情報局に頭を下げ、どうにかこうにかルフトとトランスフィールドを見つけたヴァンは、すぐにフェルディナンに連絡を取って、町はずれの宿場に呼び出した。


 宿場といっても出入りするのは宿泊客ばかりではなく、1階のレストラン目当てで来客する者も多い。

 建物の上階を貸し切り、密閉された会議室に招かれたフェルディナンは、思いがけない顔ぶれに唖然とした。

(なるほどね。これが王太子の答えってわけか)

 納得して着席したフェルディナンの横に、ヴァンと護衛士のファング。

 その正面には、風配師トランスフィールドとルフトが座っている。


 何事かという面持ちで唇を尖らせているトランスフィールドたちを横目に、ヴァンは自己紹介が終わったところで、

「さて」

 と話を切り出した。


「実は、父・バフィト国王の暗殺を考えている」

 とたんに室内が騒然とした。

 まぁ当然の反応だ。

 ここで堂々と父親殺しを予告するヴァンに、ファングは心底呆れてしまった。

「オレが頼んだんだ。王太子に協力してくれと、そう言った。君たちにも手を貸してほしい」

 身を乗り出したフェルディナンが、追随するように声を発した。


 トランスフィールドたちが少しばかり嬉しそうな顔をしたのは、気のせいではないだろう。

 理由は違えど、彼らの目的と、フェルディナンの目的は一致している。

 風配師とは初対面だが、ルフトとは一度顔を合わせているだけに緊張することなく話せそうだと、フェルディナンは胸をなでおろした。


「君たち風配師が望むような、ファミリアが満ちる国を取り戻すためには、それなりの長い年月が必要だ。国王が死んだからといって、すぐにバフィト王国が滅ぶわけじゃないのは分かっているだろうが。布石の一つにはなるだろう。国王を殺すことは、風配師の権利奪還のよいチャンスでもあると考えている」

 フェルディナンの言葉に、トランスフィールドはこくりと頷いた。

「それは、心得ております」


「そうか。しかし国王を暗殺するには、力が足りない。オレも公家の端くれで、大公の血族だ。鍛えればファミリアを使いこなすことができるかもしれないが、今は到底むりだ。…ファミリアを味方にして、自在に操るにはどうすればよいだろう。君たちの考察を聞かせてくれないか」

 トランスフィールドとルフトは、無言で顔を見合わせた。

 言いよどんだルフトに苦笑し、美貌の風配師が整った唇をかすかに動かした。


「ファミリアを使いこなす能力は持って生まれたものであり、どうこう出来るものではありません。しかし過去には、力を持たない、あるいは力の弱い大公も実在したと聞いております。その後押しのために、われら風配師がいるのです」

「心強いな。…正直、アランの手を血で汚したくはない。その辺りは、オレと王太子で意見が一致している。…国王を殺害するのはオレであっても構わないだろうな?」

「同意。それがアレクシア公女のためになるなら、我々も命を捨てることなど厭わないつもりです」


「それはいいですけど!」

 と、ふいにルフトが声を上げた。

 ヴァンとファングを指さして、気に入らないとばかりに声を震わせる。

「なぜこの2人がいるのですか。完全に敵陣営ですよね。王太子とファングの協力はどうしても必要なのですか?!」

「…そうだと言っている」

「どうだか! とても信用できません。寝返る可能性は大いにあるのですよ!」

 まだ少年のルフトに、道理を説明するのは骨が折れる。

 彼の説得は、師匠であるトランスフィールドに丸投げする心づもりで、フェルディナンは片手を上げた。


「ルフト。国王を殺すのはオレだ。王太子はただ城内に手引きしてくれるだけだ。王子が父殺しをするわけじゃない」

「…あなたはそれで良いのですか、ファング。ご自分の主人が父王殺害に加担しようとしているのですよ」

「オレは、」

 と、ちらりと王太子を一瞥したファングは、心なしか不安そうに映った。


 正直、ファング自身、あまり良い気分ではない。

 しかし、王太子の意思は固い。

 それならば、かれについて行くしかないと思う。

 見つかれば罪に問われるのは避けられないが、それが王子の希望なら仕方がない。


「オレの忠誠は、常に王子と共にある。ここでオレの意見を求める必要はない」

「よく分かりました」

 むーっと唇を尖らせたルフトが、着席する。そんな彼の背中をなだめるように撫でて、

「では、綿密な計画を立てましょう」

 トランスフィールドは、にこりと笑顔を振りまいた。





                  ■□■□




 バフィト王宮の執務室で。

 国王は、ふと妙な気配を察して、窓の向こうを見つめた。

 さっきまで熱心に目を通していた書類を置き、その視線が空へと向けられる。


「空模様がおかしいな」

 国王は、静かに呟いた。

「今日は、雲の流れが早い。上空はずいぶんと風が強いのだな。こういう日は穏やかになれない。何かいやなことが起こりそうな気がするよ。…そう思わないかジェスター」

 国王が尋ねると、部屋の隅にいた長身の男が、ふっと口の端を曲げた。


 全身に黒ずくめのマントをまとい、大きなフードで顔すらも隠している。

 男がわずかに身じろいだ拍子に、フードの下からピエロのような模様が見えた。

 目の下に、涙のような文様が描かれている。

 ジェスターと呼ばれた男は、すんと鼻で息を吸った。


「城内に不穏な輩が侵入したようでございます」

「なんと!」

「いや、ご心配には及びませぬ。ただの子ネズミでしょうから。すぐに捕まえてまいります」

 にやりと下卑た笑いを浮かべ、男はすぐさまドアに向かった。

「不穏な動きをするようなら、始末しても構わぬ」

「御意。…もとより、そのつもりでございます」

 うやうやしく一礼して、ジェスターは足音も立てずに執務室から出て行った。





                  ■□■□




 夜20時を超えたのを見計らい、フェルディナンとルフト、トランスフィールドは、ファングの手引きで王宮内に侵入した。


「王太子の話によると、この時間、バフィト国王は別館の祭壇室で祈りを捧げているはずです」

「よし。では予定通り、ここからは別々に動こう。風配師は裏から、オレは正面から祭壇室に行く。ルフトは別館の門扉で待機してくれ」

「待って」

 トランスフィールドが、ふいに手を伸ばしてフェルディナンの二の腕を掴んだ。


「どうした?」

「ファミリアの様子がおかしい。ここはとても空気が淀んでいて、力をうまくコントロールできない。…ファミリアが風の流れに逆らっているのです」

「でも、ここにきて今さら中止にはできないぞ。もともとファミリアの力など当てにしていない。国王を殺すのはこのオレ自身なんだからな」

「…あなたがそう言うのなら、仕方がありません」

 少し不安そうなトランスフィールドのまなざしが、暗く陰る。

 アレクシア・クリスタと違い、フェルディナンにはファミリアが見えない。

 なにかの拍子にチカチカ点滅するだけの光の力を、彼に信じろというのは難しかった。

 これがアレクシア・クリスタなら…という思いを振り切った刹那。


 長い廊下の向こうから、ヴァンが走り寄ってきた。

 もし誰かに見つかった時に仲間だと疑われないように、今日は銃は携えていない。

 丸腰であることに心地悪さを感じているのか、ヴァンは心もとない顔で小さく笑った。

「首尾は?」

「大丈夫だ」

「…健闘を祈るぞ、フェル」

 ヴァンの妙な励ましに、思わず苦笑した。


 今から自分の父親が殺されるのだから、内心は複雑であるに違いないのに。

 ヴァンはその思考を放棄したように、平静を装っている。

「おかしなものだな。オレは今からお前の父を殺しに行くんだぞ。分かっているのか」

「もともと父とはそんなに親密ではないから。…実父よりアランの方が大事と言ったら、お前は信じるか?」

「!」

「オレは最低な人間だな」

「…あんたには感謝している。オレになにかあったらアランを頼むよ、王太子」

 フェルディナンは、敬意を表すように本音を伝えた。

「はは。そんなことにならないように祈っている。神のご加護を、フェル」

 そう言って踵を返すと、ヴァンは案内役としてトランスフィールドに付き添った。

 彼女を祭壇室の裏口まで連れて行かなければならない。

 いざとなればファミリアが味方をするだろうと思ったが、この計画が完遂するまでは油断が出来なかった。


 ヴァンたちと別れて廊下を走りだしたフェルディナンを、ルフトが追いかけた。

「待ってください」

「なんだよ。お前は向こうで待ってろって言ったろ」

「一つだけ伺いたいのですが、あなたはアランをどう思っているんですか」

「どういうことだ」

「今からやろうとしていることについて、アランがどう思うか」

「――あぁ。もちろん、よく理解しているさ」

 小さく息をついたフェルディナンは、胸の前で腕を組んで壁にもたれた。


「あのクーデターの後、オレとアランがどんな思いで、この12年を生きてきたか。お前には分からないだろう。目的は変わらない。やるぺきことをやるだけだ」

「アランのために? 自分がのけ者にされたと分かったら、さぞかしショックでしょうね」

「オレのためでもあるからな」

 迷いのない発言に、ルフトは感心した。


「好きなのですね、アランが」

「お前が思う《好き》と同じかどうかは分からないがな」

「同じですよ」

「そうかな。オレは家族愛だと思っているけど」

 と、フェルディナンはおかしそうに笑った。

「あいつのために、できるだけの事をしてやりたいんだ。いつも笑っていてほしいし、心から幸せであって欲しい。国王殺害も、その一つに過ぎない。だからお前にも協力して欲しい」

 そう言って、フェルディナンは、よろしくというように、ぽんとルフトの肩先を叩いて立ち去った。


「それを、世間では恋愛感情と呼ぶのですよ、フェル」

 もっとも、本人は気づいていないようだけど。

 フェルディナンの背中を見送って、ルフトはぼそりとそんなことを呟いた。






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