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第四章「《落暉(らっき)①》

 次に目覚めた時、アランは士官学校の裏庭にいた。

 しかも、あろうことかアレクシア・クリスタの姿のまま!

 てっきり男に戻るのかと思っていたのに、これでは出歩くこともできない。


「はぁ、まずいな」

 肩を落とし、ため息まじりに空を見上げた。


 時は、すでに真夜中。

 辺りはしんと静まり返っている。

 地下都市にいたのはほんの短時間だと思っていたのに、いったいどれだけの間ルフトたちと一緒にいたのだろう。

 それとも地上と地下都市では、時間の流れ方が違うのだろうか、と思いながら、

「…ファミリア、」

 と、呼んでみた。

 しかし、いくら呼びかけても光は現れない。

 いつもならすぐに飛び出してくるはずのファミリアが、まったく姿を見せないことに眉をひそめた。

 その時。

 近くで人の気配を察し、アランはあわてて木の影に隠れた。


 ──フェルディナンだ。

 やって来たのが従兄だと知るや否や、木陰から声を発した。

「…フェル、」

「アランか?!」

 すぐさま反応したフェルディナンが、蒼白して辺りを見回した。

「どこにいる? 隠れてるのか?」

「フェル1人? ほかには誰もいない?」

「オレだけだよ。いったい何があったんだ?」

 少し怒ったような声色に、アランは嘆息した。

 お説教を覚悟しなきゃならないらしい。

 このまま隠れているわけにもいかず、仕方なくおずおずと庭の真ん中あたりまで足を踏み出した。


 アランの姿を見るなり、フェルディナンが絶句した。

「おい、ウソだろ。なんだよその恰好。オレに内緒で今度は何をやらかしたんだ」

「違うっ。連れ去られたんだ、風配師とかいう人のところに」

「前にルフトが言ってた師匠?!」

「…そ、それより男に変身できないんだが。この姿じゃどこにも行けない」

「はぁぁぁ」

 長いため息と共に、フェルディナンが呆れ果てたのが分かった。

 アランはなおさら落ち込んでしまった。


「まぁいいけどさ」

 そう言ったフェルディナンにすがるようにして、2人は中庭の隅に腰を下ろした。

「消灯前に、先生にお前の居場所を聞かれたけど、適当にごまかしておいた。気分が悪いとか何とか言ったら、すぐに納得してくれたぞ」

「そ、そうか」

「お前が急にいなくなったんで、ヴァン王太子がパニックになってたよ。護衛士のファングにむりやり引きずられて王宮に帰ってったけどな。ほとんど放心状態だったよ」

「そ、そうか」

 アランはすっかり気落ちしている。


 が、それはともかくアレクシアの姿のままでは、いろいろとまずい。

 夜が明ければ、ますます騒ぎは大きくなることだろう。

「とりあえずここから出よう。もうこの士官学校にはいられない」

「っ、」

「せめてお前だけでも連れ出さなきゃな。しばらく時計職人の親父のところにでも隠れててくれ」

「…わ、分かった」

 珍しく物分かりが良いアランが、ますます心配になってくる。

 フェルディナンはどこからか車を調達してくると、アランを連れて外へと向かった。



 

                  ■□■□


 夜中の国道を走りながら、フェルは助手席に座るアランを垣間見た。

 といっても今は女の姿で。

 久しぶりに見るアレクシア・クリスタの恰好で、憔悴しきっている。


「──なにがあったか、聞いてもいいか」

 静かに尋ねられ、アランはわずかに言いよどんだ。

 いったい何から話せばいいのやら。

 しばらく悩んだ末、泣きそうな顔で、

「風配師にさらわれた」

 と、答えた。


「えっ?」

「風配師ばかりが住む町があったんだ…地下都市に」

「はぁ?!」

「ルフトの師匠とかいう風配師は、トランスフィールドとかいう女で。滅亡したダリール公国を復活させろと言われたよ。…風配師にも生きる場所が必要なのだ。彼らは現実に翻弄され、抗っている」

「…これからどうするつもりだ」

「さて、どうしよう」

「復讐はとりやめるか」

 フェルディナンの言葉は、思いのほか胸に突き刺さった。


 ここで国王殺害を諦めたら、どうなるのだろう。

 逆に、本懐を成し遂げたら、国民たちはどう思うだろう…。


「反逆者として潔く死ぬつもりだったけど、もしかしたら英雄として崇め奉られたりするのかな」

「なに言ってんだ、アラン。公女という立場は捨てたんじゃなかったのか?」

「もとより、一個人として、父母のあだ討ちをする覚悟だった」

「その姿で言われても説得力がないけどな。お美しいアレクシア・クリスタ公女殿下?」

「悪いが、今はそういう皮肉に付き合う気分じゃないんだ、フェルディナン」

 軽いジョークを冷たく戒められ、フェルディナンは大人びた表情でくすくすと笑った。



 アランを山のふもとまで送ると、フェルは再び1人で運転席に乗り込んだ。

「オレはここで引き返す。お前1人で父上のところまで行けるか?」

「あぁ、大丈夫だよ。ありがとう、フェルディナン」


 時計職人をしているフェルディナンの父親マリオ・ランティス・ルノー元・公爵は、今は町はずれのぺトラスト山奥でひっそりと暮らしている。

 そこには、まだ幼かったフェルディナンの妹シェノアも同居していて、たしか16歳になっているはずだ。会うのは数年ぶりだった。

 

「お前はこれからどうする、フェル」

「とりあえず風配師について調べてみる。純粋に公国復活を祈願しているならともかく、まつりごとに利用される可能性もあるからな」

「そうだとしたら、さすがに不本意だ」

 と、息をつくと、フェルディナンが疑い深そうにのぞき込んできた。


「そういえば、王太子と王子と友達になったというのは本当か」

「えぇ?!」

「いつの間にそんな親しい仲になったんだ。あいつにはあまり近づくなと言っただろ?!」

「ヴァンとはそんなんじゃないっ。ちょっと、その、…いろいろあって」

「いろいろって?」

「…それ、は」

 まさか王子の出自について秘密を共有しているとは言えるはずがない。

 うまい言い訳が見つからず、本来隠し事が苦手なアランは肩をすくめた。

「ごめん。それは、言えない」

「寂しいな」

 …なんだか裏切られた気分だ。

 アランのことを分かってやれるのは自分だけだと思っていたから、余計に拒絶の言葉が胸に刺さる。

 とてもショックだ。


 すると今度はアランの方が身を乗り出して、声を張り上げた。

「大丈夫! フェルが心配するようなことは一つもないよ。感情に振り回されたら復讐なんかできないからな! 王を殺す決意は変わってない」

「…ほんとかよ。風配師の情にほだされてない?」

「も、もちろん!」

 アレクシア・クリスタの姿で、大きく頷いた。

 細い両腕が、運転席のフェルディナンの首に抱きついてくる。

「共に国王を倒すと誓っただろう? あの約束は忘れていない。私たちはこれからもずっと一緒だ」

「…わかったよ。お前を信じる」

 微笑したフェルディナンを食い入るように見つめ、アランは無言のまま唇を引き結んだ。


「…フェル、あのさ」

「うん?」

「――」


 (…ヴァンの本当の父親は、誰だと思う? 彼が国王の子じゃないなんて、ありえると思う?) 

 そんな言葉が、喉まで出かかって、ようやくの思いで飲み込んだ。


「なんだよ」

「…いや、なんでもない。やっぱいいや」

 ヴァンと約束したんだ。

 誰にも言わないと。

 たとえフェルディナンでも、言うわけにはいかなかった。


「ふーん? まぁいいけどな。しばらく親父のところでのんびりしとけよ。あとのことはオレに任せてさ」

 そう言い捨てて、フェルディナンはエンジンをかけた。

 山道をくだっていく車のライトを、アランはやりきれない思いで見送るしかなかった。






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