2−1: ナブロス星系探査
合意が成立すると、ヴェールコール人はナブロス星系の北へと移動し星系の見取り図の作成に入った。おそらく二日ほどかかるだろう。
その間、テランと私たちは互いの古い記録・記憶を比べていた。
「地球」、あるいは「テラ」と呼ばれたその惑星で私たちは生まれていた。その惑星では今のテランが持つものの基本になるテクノロジーが発達していた。だが、それは同時に惑星のホメオスタシス・システムの破壊にも繋がっていた。
その頃から、ある意味ではテランとエランへの分岐が始まっていた。テランは彼らのテクノロジーで環境の回復を計った。エランも生体改造や人造生物の技術を通しての環境回復を計っていた。
だが、それはどちらも功を奏しなかった。いや、中途半端な理解に基づく環境への介入のため、結果としてホメオスタシス・システムは更に崩壊を進めた。これは私たちが知性化処理を受けておらず、更には母種族による教育を受けていなかった結果なのかもしれない。教育を受ける機会があるとすればだが。モニュメントにはそのような機能もあったと聞いている。内容は段階を踏むごとに消えていくらしいが。
地球上において、テランの一部はエランに攻撃を加え、エランの一部もテランに攻撃を加えた。両者が棲み分けていたわけでもなく、それぞれの施設へのテロとも言えるようなものだったらしい。
環境の悪化、そしてテランとエランの相互の攻撃により、テランは先に地球脱出を試みた。帰ることもできるように星図を作成し、初期のFTLを実現し、そして脱出した。もっとも、その星図が充分なものではなかったことは、地球が今、失なわれていることが示している。
エランはその後も環境の回復を試みた。だが、それは手に負える問題ではなかった。結果として、テランが残した技術を使い、エランも地球を脱出することとなった。
二回の脱出により、星系内の多くの資源は使い尽された。めぼしい小惑星は使い尽され、一つあった月も最終的には資源へと変えられた。巨大ガス惑星もそれなりの量のガスが捕獲された。それらの結果、星系内の重力バランスは崩れ、エランの脱出が終るころには星系規模での惑星の軌道の大変動が始まっていた。
地球に残った者もいたはずだ。だがヴェールコール人が私たちの本当の母星を確認できないということは、生き残った者はいなかったのだろう。いや、それだけではない。エランが脱出した後の大変動は私たちの祖先が想像した以上のものだったのだろう。もしかしたら、地球はもう存在すらしていないのかもしれない。そして、テランの記録にもエランの記憶にも、地球にモニュメントがあったという痕跡はない。地球だけではなく、星系内のどこにもモニュメントがあったという痕跡はない。独自に知性化することがない以上、やはり私たちは見捨てられた鬼子なのだろう。教えを得られなかった以上、こうなるしかなかったのかもしれない。
そのような記録・記憶の照会が終るころ、ヴェールコール人による星系の見取り図の作成が終った。
「奇妙なことがある」
ヴェールコール人の船は星系の北に位置したまま、ンバスは言った。テランとエランの船にも見取り図が送られてきている。
「この星系は惑星、小惑星の数が少なすぎる。君たちが脱出した後で星系が安定したら、こうなるのではないかという状況だ」
「だが、ここは違うのだろう?」
テランのケリーが訊ねた。
「あぁ、違う。星図からの座標がまったく合わない。私たちが最初に接触した場所と、テランの母星コーウェル、エランの母星ゼイヴァンの位置を考えると、むしろ逆の方向だ」
ではモニュメントはあるのだろうか?
「それをこれから調べてみる。ちょっと耳を塞いておいてくれ」
耳をというのは比喩だ。高共振性結晶に量子ゆらぎを与えることで近くにある高共振性結晶を探知できる。
私たちの船にある高共振性結晶にも反応が見られた。
「ますます奇妙だ」
ンバスが言った。
「君たちはハビタブルゾーンにあるから、その惑星に来たのだろう?」
もちろんそうだ。
「その惑星に高共振性結晶がある」
「それはモニュメントに埋め込まれているものではないのか?」
ケリーが訊ねた。
「もちろんそうだろう。だが、反応がおかしい」
おかしいとは?
「そうだな。こちらの結晶に共振してはいるのだが。地上でもその共振をもとに、独自に別の共振を起こしているように見える」
複数のモニュメントがあるという例は聞いたことがない。
「マーグ、確かにその例はない。だが、そう思える反応があるんだ」
地上探査をする必要があるだろう。
「各隊、準備を始めてくれ。降下座標はここだ」
送られてきた地図に印が現われた。
中断していた降下隊が準備を再開し、粘液に塗れたまま降下船が降りて行った。
星系の北について: 星系についてはどうなんだろ? 銀河には回転の方向を基準に北と南が実際に設定されています。