10−3: 大探査 4−3 ν隊 1−3
私は船に研究室の隔離を頼んだ。そしてラバルへの通信も。
すぐに返事が来るとは思っていなかった。他星系に行っているはずだ。転移窓の設置は終っていたとしても、ナブロス星系とそちらの星系を電波が横切るのに数時間は少なくともかかるだろうと思っていた。
だが返答はすぐに返って来た。
「こうなるかもしれないと思っていたよ」
ラバルの声は、これを予想していたのだとしたら、随分気楽なものだった。
「確信があるわけではないが、その汚染はβ-1かτ-1のサンプルに似ていると思う」
船の免疫システムによる分析結果を見ると、確かにそのとおりだった。
「それなら話が早い。β-1とτ-1についての情報はもう船が持っているから、船に抗体を作らせればいい。それと君たちには無害だと思う」
「ラバル、今どこにいるんだ?」
一息ついてやっと訊ねられた。
「さぁ、どこだろうな。私は評議会にあるエランの脳にいる小規模なミメクトームだ」
「無害だという根拠は何なんだ?」
「β-1の住人ともτ-1の住人とも遺伝情報が違うからな。おそらく既にあるナノマシンに似たものが、まずは作られるだろうと予想していただけだ。心配なら、そこで検査も対処もできるだろう」
船に訊ねると、確かに影響する可能性は低いようだ。だが検査はやっておこうと思った。
「アズル、こっちにも回してくれ」
ケナムがこちらの肩をつついた。私はこれまでの通信の記憶を回した後、この船にいるテランとヴェールコール人にも通話を回した。
「ケナム、ンオガ、君たちの組織をくれないか。実際の検査をしておこう」
私は、自分の口の中を拭い、船に与えた。ケナムとンオガにも促した。
「それと、私たちの体内に入っていた場合には除去しておこう。船の対応は少し時間がかかるだろうが」
今後β-1とτ-1に接触する場合、私たちがナノマシンを保有しており、それによる影響が出るようだと困る。
「ラバル、あんたたちもこれに遭遇していたんだな? どこからわいて出たんだ?」
ケナムの声には怒りか、あるいは苛立ちがあった。
「いや、正確にはそれじゃない。おそらくそれの前の段階だ。それにわいて出たわけじゃない。そのあたりのもので合成されたんだ」
「前の段階?」
ンオガが訊ねた。
「おそらく、私たちの遺伝情報を読み出す段階だ。増殖と変化の前に対処したがね。ヴェールコール人もいたのもよかったのかもしれないな。処理に混乱があったのかもしれない」
ンオガはまだ疑問の表情を浮かべている。
「そのあたりのものでと言っても、材料になるようなものは与えていないぞ」
「いや、言葉どおり、そのあたりのものでだ。ブロックを何にも接触させていなかったわけではないだろう?」
まだ幾分納得できないような表情をンオガは浮かべていた。
「なぜこれの警告くらい……」
ラバルがナノマシンと言い出していた理由はわかった。だが知っていたなら警告くらいあっても。
「これは問題ではないからだ」
ラバルは簡単に答えた。
「これが問題ではないのだとしたら何が問題なんだ」
ケナムがまだ怒りが治まらない様子で問い質した。
「簡単なことだろう。合成に必要なエネルギーはどこから来ている? 合成に必要な計算資源は? あるいは命令は?」
研究室にいる者は顔を見合わせた。
「ラバル、それをあなたたちは調べなかったのか?」
それだけ知っているのなら、なぜ記憶にないのだろう。
「理由は二つある。まず状況をおさめる方が先と考えたこと。ハザードだからな」
確かに。私たちが研究室を隔離したのも、その最初の方法だった。
「二つめは…… 再現するのが恐かったからだ。当時は何が起こったのかがまったくわからなかったのだから」
「つまり、私たちで試したということか?」
ケナムの声にはまだ苛立ちがあった。
「そうだな。すまない」
ケナムは、ふうと息を吐いた。
「それで、ν隊はそのために構成されたわけだ。結晶の共振がどこに繋がっているのか、あるいはどう繋がっているのかのために」
「そうだ。頼めるかな?」
私とケナム、ンオガ、そして研究室の面々はまた顔を見合わせた。
「ただ、私のミメクトームはこれで全てだ。君たちが頼りだ」
ラバルはそう言った。そしてラバルの気配は、ラバルのミメクトームの気配は消えた。
ミメクトーム:
ミーム(meme)とコネクトーム(connectome)からの造語。




